菅内閣 きょう発足 「脱小沢」で新しい政治を

朝日新聞 2010年06月09日

菅内閣発足 「選択と説得」の政治を

「20年間にわたる日本の閉塞(へいそく)感を打ち破る」。そんな目標を掲げて菅直人内閣が発足した。

経済は低迷し、暮らしは厳しさを増し、人々をつなぐきずなはほころぶ。年金や医療の安全網が先々まで持つのか不安が募る。この閉塞感から抜け出すことは国民共通の願いに違いない。

少子高齢化に経済のグローバル化、そしてデフレ。日本を取り巻く環境の激変に、政治は適切な手を打てず、あるいは後手に回ってきた。それが、閉塞感を深めたことは否めない。

時代の変化に対応できない古い政治のモデルを新しい政治に切り替える。歴史的な政権交代はその絶好機だったはずだが、鳩山政権は古さと新しさを「仕分け」できないまま沈んだ。

菅政権にはぜひそれを成し遂げてもらいたい。でなければ政権交代の値打ちが暴落し、日本の民主政治は取り返しのつかない痛手を負う。

「強い経済、強い財政、強い社会保障」を唱える菅首相は、まず政治を鍛え直し、「強い政治」をつくることから始めなければならない。

古い政治モデルとは「分配の政治」である。右肩上がりの経済成長時代、自民党は成長の「果実」を全国津々浦々にばらまき、見返りに「票」を得て長期一党支配を固めた。透明で公正な「再分配」とは似て非なる利益誘導政治である。

バブル経済が崩壊してすでに20年近く。果実の配分から負担という「痛み」の配分に、政治の役割が移ったと言われて久しい。当否はともあれ、「小泉改革」が試みられもした。

しかし、長く続いた古い政治モデルの惰性は強い。昨年の総選挙での民主党の政権公約(マニフェスト)には、その名残が色濃く残った。その後の小沢一郎・前幹事長主導の政策遂行は、あからさまな選挙至上主義と大衆迎合の罠(わな)にはまった格好だった。

新たな時代の政治とは、「選択と説得」の政治というべきものである。

財源が細るなか、「あれもこれも」ではなく、「あれかこれか」を選び、重点投資する。足りない分は負担を求める。負担増となる人々にはその理由を説明し、納得を得る努力を重ねる。

経済財政、社会保障だけではない。「国外・県外か県内か」をめぐり迷走した米海兵隊普天間飛行場の移設問題は、まさに政治指導者の選択と説得を対米外交と国内調整に動員することなしには解決のおぼつかない難題だ。

鳩山由紀夫前首相は辞意表明にあたり、「米国に依存し続ける安全保障」に疑義を呈し、「日本人自身が作り上げる日本の平和」の必要性を訴えた。持論だったのだろう。だが、いかんせん遠大な問題意識と眼前の政策構想力、実行力との落差が大きすぎた。

政治家にとって選択と説得は、苦しく厳しい作業になる。人気取りに逃げ込めれば、よほど楽である。しかし、もはや時代は待ってくれない。

今回の組閣や党役員人事で求められたのは、新たな政治の厳しい試練に耐えうる布陣である。

菅首相は官房長官や、党の幹事長、政調会長といった中枢に、マニフェストの見直しに前向きで、説明能力も高い顔ぶれを据えた。この人たちの力量が本物なのか。与党内の異論を抑え、政治モデルを切り替えることができるかが、勝負になるだろう。

マニフェスト見直しは死活的に重要だ。歳出削減だけで財源を捻出(ねんしゅつ)できないのはこの9カ月弱ではっきりした。財政負担の大きい施策を見直し、優先順位をつける。約束通りできないことを有権者に率直に謝罪し、これからどうするか説明し、参院選で信を問う。それで信認を得られれば、政策は格段に遂行しやすくなる。

子ども手当は、当面は満額支給を見送るとはっきり書くべきだろう。財源がないのに満額にこだわり、保育所の整備などが遅れてはならない。

とりわけ重要なのは消費税だ。自民党は、当面10%に引き上げることを公約に盛り込む方針だ。民主党も本気で取り組むのなら、手をこまぬいているわけにはいくまい。この点の書きぶりを全国民が注視するはずである。

有権者に負担を求める政策では2大政党が話し合い、接点を探ることがあっていい。自民党がかじを切ったいまが実現の道筋をつける好機といえる。

「選択と説得」の政治を定着させるには、国会での意思決定について新たな手法を開発し、与野党がそれに習熟していくことが不可欠である。

政権交代が現実的でなかった55年体制では与野党が表面では対立しつつ水面下の取引で妥協も図られた。政治改革を経て民主党が成長すると、政権交代を賭けた与野党関係は先鋭化する。しかし、対立のための対立は不毛だ。

必要なことは、対決すべき争点と話し合える争点を仕分けることである。後者では、与野党が水面下でなく公式の場で議論を重ね、歩み寄りを図る。それは憲法改正国民投票法をめぐる与野党協議などで兆しの見えた対話の流儀であり、決して夢物語ではない。

こんな意味での「選択と説得」の政治は、連立か対決かという極端な二者択一の緊張も緩和するだろう。大政党が小政党に振り回され、政策決定が迷走する事態も減るに違いない。

毎日新聞 2010年06月13日

論調観測 菅新内閣発足 「財政重視」各紙そろう

菅内閣の発足で政権の主役を去った鳩山由紀夫前首相は退陣の際「国民の皆さんが聞く耳を持たなくなった」と語り、批判を浴びた。為政者に欠かせぬ国民との信頼関係が壊れてしまったことを言いたかったのだろうが、やはり違和感のある言い回しだ。最後まで「言葉」に振り回された政権だった。

さて、菅内閣発足を受けた毎日新聞の世論調査で支持率は66%と鳩山内閣末期に比べ46ポイントも跳ね上がった。政治への信頼を回復する足がかりを得た原動力は46歳、枝野幸男氏の幹事長起用にみられるように、小沢一郎前幹事長と一線を画した人事の徹底とみられる。

毎日は8日「『脱小沢』で新しい政治を」と題した大型社説を掲載した。今回の人事を菅直人首相が「『脱小沢』に明確なかじを切った証し」と評価、旧来型政治との決別を促した。いつも民主党に厳しい産経ですら枝野氏起用を「小沢氏の影響力排除を印象づけたい姿勢の表れといえ、評価したい」と論じた。新布陣を単なる小沢氏隠しとみた論調は各紙にみられない。

もうひとつ、足並みがそろったのは危機的な財政の再建に取り組むよう促す論調である。

菅首相は「強い経済、強い財政、強い社会保障」を掲げる。毎日は「まず『強い財政』に着手すべきだ」(9日)と具体的な財政再建計画の提示を促し、朝日は「財政再建が歴史的使命」と題した大型社説を掲載した。

一方、読売は「景気と財政再建の両立を図れ」、日経は「責任ある成長戦略と財政再建策をぜひ」と景気対策や経済成長との両立を求めたが、財政再建への理解は共通だ。産経も含め5紙が財政再建重視で足並みをそろえる構図となっている。

ここ数代の政権で鬼門として放置された消費税問題だが、首相は11日の所信表明演説で税制の抜本改革に向け、超党派議員による会議の設置を提言した。毎日は「参院選後をにらんだ動きとして、注目に値しよう」と評価した。

今回の首相交代劇で思い浮かぶのは、やはり小沢氏の影響力を排除した94年の村山富市首相による自社さ政権の樹立だ。村山氏擁立に当時動いた一人である鳩山氏が16年後、また小沢氏排除の道を開いた。ダブル辞任を宣言した両院議員総会の演説は失い続けた「言葉の力」を使い切った瞬間でもあったのだ。

結局、その村山内閣は「反小沢」を超す目標を示せなかったようにも思える。「脱小沢」の菅内閣はどうだろうか。【論説委員・人羅格】

読売新聞 2010年06月09日

菅内閣発足 国家戦略を明確に示す時だ

迷走と失政を重ね、国民の期待を失望に変えた前内閣の(てつ)を踏んではなるまい。その政策と政治手法を大胆に転換する決断が求められる。

菅内閣が8日、発足した。

菅直人首相は記者会見で、経済運営について「経済、財政、社会保障を一体で強くしていく」と改めて強調した。外交面では「日米同盟を基軸とする原則は、しっかりと続ける」と明言した。

ただ、こうした説明だけでは、菅首相がどういう日本を目指し、そのためにどんな具体策を講じるのかは明確でない。まず、骨太の国家戦略を明示してほしい。

◆首相官邸を機能させよ◆

菅首相が閣僚・党役員人事を通じて、「小沢支配」排除の姿勢を打ち出したことは、民主党への支持を回復させ、「新しい政治」への期待を高めている。

菅首相は野党時代、政府を追及する能力に定評があったが、鳩山内閣の国家戦略相や財務相としての実績は今ひとつだった。今後は首相として、着実に成果を上げなければ、世論の支持も長続きしないだろう。

2007年以降、首相が毎年交代している。こんな不安定な状況では、財政再建や社会保障制度見直し、地方分権などの抜本改革は望めない。他国の首脳との信頼関係も築けず、国際社会における日本の存在感は一層低下しかねない。

内閣の要の官房長官には、仙谷由人国家戦略相が起用された。

前内閣は、「政治主導」を標榜(ひょうぼう)しながら、肝心の首相官邸が機能しなかった。鳩山前首相は指導力を発揮せず、平野前官房長官も総合調整役を果たせなかった。

官僚も、「政治家から指示を受けるまで、自分からは動かない」という守りの姿勢に陥った。

菅・仙谷コンビは、この反省を踏まえ、官僚機構を使いこなし、節目では首相官邸が決断を下す体制を構築する必要がある。

与党との連携も重要だ。前政権では、内閣の方針が小沢一郎前幹事長に覆され、「政策決定の内閣一元化」は有名無実化した。

それを改めるには、首相や仙谷長官と、枝野幹事長や、公務員制度改革相兼務の玄葉政調会長らとの緊密な調整が不可欠だ。

当面なすべきは、参院選に向けて、昨年の衆院選の政権公約を大幅に修正することだ。政権公約は子ども手当、高速道路の無料化などバラマキ政策に満ちている。

◆税制で与野党協議を◆

野党の自民党が消費税率の10%への引き上げを参院選公約に盛り込む方向なのに、政権党が次期衆院選まで税率を据え置くという無責任な対応で良いのか。

菅首相は記者会見で、財政再建について「党派を超えた議論をする必要がある」と述べた。そう主張するなら、消費税率引き上げなど税制改革について、自民党との本格的な協議を目指すべきだ。

岡田克也外相と北沢俊美防衛相は再任された。前首相の未熟な外交で傷ついた日米関係を立て直すには、米軍普天間飛行場問題を前進させることが欠かせない。

地元・沖縄と地道に接触を重ね、基地負担軽減の早道は名護市辺野古に代替施設を建設する日米合意であることを、粘り強く説得しなければならない。

前内閣では、与党・社民党の存在が外交・安全保障政策の足かせとなった。社民党の離脱を機に、新内閣は、日米同盟の強化や自衛隊の海外活動の拡充に取り組むべきだ。この分野では自民党との連携もあり得よう。

財務相には野田佳彦副大臣が昇格し、直嶋正行経済産業相は再任された。日本の財政に対する市場の視線は厳しさを増し、国際競争力には陰りが見える。両経済閣僚には、危機を乗り切る明確な処方(せん)作りが期待される。

疑問なのは、荒井聰国家戦略相が経済財政、消費者、食品安全担当を兼務することだ。民主党の目玉であるはずの国家指針の策定を軽視しているのではないか。

行政刷新相への蓮舫参院議員の起用は参院選対策の色彩が濃い。事業仕分けの政治パフォーマンスの感覚では、独立行政法人や公益法人の改革は進むまい。

◆小沢氏には説明責任◆

国民新党の亀井静香金融相は再任された。参院の与党議席は過半数ぎりぎりで、菅首相は、郵政改革法案の扱いなどで、国民新党の意向を無視できない状況にある。

だが、前政権のように、少数政党に政府・民主党が振り回され続ける事態は避けるべきだろう。

新政権が「政治とカネ」の問題にどうけじめをつけるかも注目される。菅首相と枝野幹事長は、小沢氏の幹事長辞任で「一定のけじめ」をつけたと語ったが、一般国民の認識とは乖離(かいり)がある。

小沢氏は、少なくとも衆院政治倫理審査会に出席し、自らの疑惑について説明する責任がある。

産経新聞 2010年06月09日

菅内閣発足 まず国家の基軸を示せ 言葉よりも具体的な成果を

菅直人首相が国民新党との連立政権を発足させた。

首相は内閣や民主党の人事を通じて小沢一郎前幹事長の影響力排除を印象づけ、党の政策調査会を復活させるなど、党運営や政策決定を変える姿勢を示した。言葉だけでなく具体的な中身を明らかにし、成果を出すことが求められる。たとえば、政治とカネの問題で小沢氏の証人喚問などが実現できなければ、クリーンな政治も口先だけとみなされよう。

首相は会見で、政治の役割を「最小不幸の社会をつくること」と述べた。そのためにばらまき政策を続けようというのだろうか。米軍普天間飛行場移設問題で日米関係を危うくすることが国民や国全体の利益を損ない、不幸をもたらすことを忘れてはなるまい。

◆増税時期を明らかに

鳩山前政権が国政を迷走させ、国民の信を失ったのは、日本の安全や繁栄に向けて国家の基軸が欠落していたことが大きい。首相は日本丸の舵(かじ)取りを誤りなく行うため大きな国家戦略を描き、国民に提示することを最優先すべきである。

菅内閣がまず取り組まねばならないのは、月内に策定する財政健全化目標を説得力あるものにすることだろう。破綻(はたん)寸前に陥った財政に明確な中長期の目標ができれば、国民の将来不安が和らぎ市場も歓迎するからで、経済成長にもつながる。

ついに国債発行が税収を上回った財政はあまりに異常だ。財務省の試算だと、政権公約の今年度実施分を継続した場合、来年度の歳出と税収の差額は51・3兆円に上る。このままでは首相のいうように国債を今年度並みの44・3兆円に抑えるのは困難だし、将来はさらに発行規模が膨らもう。

破綻の道を回避するには、どうしても説得力ある健全化目標が必要なのだ。そのためには中期と長期の数値を示すと同時に、それを裏付ける歳出と歳入の具体的道筋を示さねばならない。つまり、ばらまき政権公約の撤回と消費税を中心とした増税の時期、規模の明示である。

問題は参院選を前に、こうした痛みを伴う政策を、首相と党内きっての財政規律派の野田佳彦財務相がどこまで示せるかだ。それは財政健全化に向けた菅内閣の本気度を占う試金石となるだろう。

首相が掲げる「第三の道」と称する手法にも疑問符が付く。増税による収入を医療・介護・環境分野に投入し、成長と税収増を同時に実現するというものだが、下手をすると大きな政府と膨大な債務だけを残しかねないからだ。

成長戦略は規制改革を中心に据え、増税分は財政健全化に直接的に役立てるべきだ。新政権には、こうした真っ当で責任ある経済財政運営を求めたい。

◆労組との癒着を正せ

菅内閣では玄葉光一郎政調会長が閣僚を兼務し、政府と党の政策決定一元化を図る。党側の政策部門をどこまで細分化するかなどが課題だ。利権を求める新たな「族議員」を生んではならない。

「政治主導」について、首相は「官僚排除ではない」と指摘し、「政と官の力強い関係性をつくっていきたい」と語った。ごく少数の政治家が十分な知識を持たないまま、迷走と混乱をもたらした。政策決定システムに官僚をどう位置付けるかを再考すべきだ。

小沢氏への権力集中で、独裁的な党運営をもたらしていた執行部体制の交代は「選挙至上主義」や露骨な利益誘導の政治を見直す機会となろう。だが、民主党の主要な支持団体は労働組合であり、選挙で支援を求める関係は続く。

北海道教組からの違法献金で小林千代美衆院議員の陣営幹部が起訴された事件は、教職員団体による丸抱え選挙などの実態を浮き彫りにした。特定団体との癒着をなくし、公正な政治を進めていくことができるのか。党運営の透明化を具体的な形にすべきだ。

普天間問題に関係した岡田克也外相や北沢俊美防衛相らは再任された。日米合意に基づき、8月末までに「辺野古」移設案の位置や工法を決着させる作業が残っている。首相は普天間問題に取り組む枠組みを仙谷由人官房長官を中心に考えるとしているが、自ら指導力を発揮すべきである。

郵政法案について、首相は亀井静香金融・郵政改革担当相と早期成立を重ねて確認した。菅内閣でも、民営化に逆行する問題の多い法案への対応が変わらないのは極めて残念だ。徹底的に審議して廃案にすることが、内閣の清新さをアピールすることになる。

毎日新聞 2010年06月10日

政治とカネ 「透明性」掲げたからには

新政権の出足を左右しかねない。船出した菅内閣に「政治とカネ」の火の粉が早くも降りかかっている。荒井聡国家戦略担当相の事務所費をめぐる問題が浮上、小沢一郎・民主党前幹事長の資金管理団体の問題に関する国会での説明責任も改めて問われている。

鳩山内閣の退陣を教訓に透明性を掲げ菅内閣が発進した直後だ。荒井氏は「問題ない」と語り、政府・民主党も同じ認識を示しているが、野党側は国会で追及する構えだ。事実関係の解明から逃げていては自浄能力を発揮したとは言えまい。菅直人首相の姿勢が早くも問われる。

問題となったのは荒井氏が東京都内の知人宅を「主たる事務所」として届けていた政治団体だ。収支報告書によると03~08年に合計約4222万円の経常経費が計上され、事務所費約1013万円も含まれる。ところが知人は毎日新聞の取材に「家賃は受け取っていない」と話すなど、活動実態に疑問が持たれている。

事務所費をめぐる疑惑や不祥事は07年以降、自民党政権時代に閣僚を相次ぎ辞任に追い込み、内閣に痛撃を与えた。家賃や電話代、光熱費などが不要な場所に事務所が置かれたのに高額な費用が計上され、不明朗会計と批判されたためだ。

荒井氏は菅首相の側近として知られ、国家戦略担当相は政治主導を実現するエンジンだ。政府は「党の調査結果として(事務所費の)内訳の積算合算額が合致しており、問題はない」(仙谷由人官房長官)と説明するが、不十分だ。新政権の出足に支障を来さぬためにも本人がさらに説明し、活動実態を裏づける領収書など、十分な資料を示すべきだ。

「政治とカネ」をめぐり同様に気がかりなのが小沢前幹事長の国会での説明責任だ。菅氏は小沢氏の証人喚問や政治倫理審査会への出席について「幹事長を辞任したことは一定のけじめだ」と述べ、慎重な姿勢を示している。

鳩山内閣がそもそも政策の推進力を失ったのは、鳩山由紀夫前首相と小沢氏のツートップが政治とカネをめぐる渦中に置かれてしまったことだ。首相は代表選出馬にあたり「政治とカネにけじめをつけたい」と語ったはずだ。ぜひとも言行一致でのぞんでほしい。

毎日新聞の世論調査では、菅内閣の支持率は66%に達し、「脱小沢」の体制を敷いた新政権への期待の高さを裏づけた。焦点となっている国会の会期延長問題では延長せず参院選に突入する意見が党内に広がっているが、小沢氏の国会での説明を棚上げする思惑も働いているのではないか。そんな守勢では、せっかくの期待もしぼみかねない。

毎日新聞 2010年06月08日

菅内閣 きょう発足 「脱小沢」で新しい政治を

今度こそは期待を裏切らないでほしい。菅新内閣が8日発足するが、多くの国民の気持ちはそんなところにあるのではなかろうか。

人事には幹と枝があるという。ほぼ出そろった閣僚、党役員の顔触れを見ると、二つの大きな幹がある。第一に、小沢一郎前幹事長の影響力排除、すなわち「脱小沢」の徹底を図った。枝野幸男前行政刷新担当相を幹事長に、仙谷由人前国家戦略担当相を官房長官に起用したことに端的に表れている。

幹事長は国会対策、選挙の全権を握り、官房長官は内閣の政策調整、スポークスマン役として、政権の両輪となるポストである。その政権の命運を握る要の座に反小沢色の最も強い2人を充てた。反小沢「七奉行」と呼ばれる次世代政治家が政府、党の要職にすべて納まったことも、菅直人首相が「脱小沢」に明確なかじを切った証しだろう。

鳩山由紀夫前首相が刺し違えで小沢氏をもダブル退陣に持ち込んだ意図を考えてみれば、次を引き継ぐものとして当然の措置だろう。何よりも、小沢氏を党のトップに抱いた構図は、袋小路化した「政治とカネ」、党と内閣の権力二重構造、選挙至上主義的な政策的行き詰まりなど、このまま継続するには相当な無理がきていた。この際、重しのようにのしかかっていた小沢カラーを一掃して、透明性と熟議を売りにする本来の民主党らしい布陣で新しい政治を展開すべきである。

特徴の第二は、党政調会の復活と政調会長の国務大臣兼務だ。政治は生き物である。マニフェストで信任を受けた政策を実施するのは当然だが、それだけでは政治家は要らない。常にマニフェストを進化させつつ、選挙後に発生する予期せざる諸課題に政府与党がどう政策を煮詰め、機動的かつ柔軟、一体的に実行できるのかが真の政治力だ。現在の財政危機、安全保障問題はまさに選挙後に一段と顕在化したものである。

もちろん、発足前の鳩山政権にこの問題意識はあった。党の政調部会が政策を事前承認しなければ政府の身動きが取れなかった自民党政権時代の悪習を改め、党政調会長に閣僚を兼務させ常に政府与党が一体的に政策決定する、という仕組みを導入しようとして、これまた小沢氏にけられた経緯があった。

今回は、玄葉光一郎衆院財務金融委員長が党政調会長と公務員制度改革担当の国務大臣を兼務する。最も国民に近い立場にある国会議員たちが時代の変化を敏感に感じ取り、それぞれの問題意識をボトムアップで政策に高め上げていく過程を期待したい。陳情の一元化や公共事業個所付け、道路問題で見られた旧来型「政官業癒着」の政治手法ともおさらばするチャンスでもある。

人事の枝ぶりはどうか。ざっとみて顔触れが若い。固まった閣僚では最も若い蓮舫行政刷新担当相(42)ら40代が4人、野田佳彦財務相(53)ら50代が4人。党も枝野幹事長(46)、玄葉政調会長(同)となる。英国など国際標準からすればまだまだだが、世代交代が進んだともいえる。また、輿石東参院議員会長ら参院全役員を留任させ、小沢氏の補佐役だった細野豪志前副幹事長を幹事長代理に昇格させたのは、リアリズム政治を掲げる菅首相らしい采配(さいはい)だ。

さて、問題はこの「脱小沢」シフトで何をなすか、である。

まず指摘すべきは、「政治とカネ」のけじめであろう。小沢氏は最低でも政治倫理審査会で自らの問題について釈明すべきだ。昨年の政権交代以降、この問題でどれだけ国政の円滑な遂行が妨げられたのか。進んで出席し、チルドレンたちに大政治家の懐の深さを見せてほしい。鳩山前首相も「とことんクリーンに」と言うからには、国会のしかるべき場でけじめをつけたらいかがか。代表選に立候補した樽床伸二・新国対委員長の腕の見せどころになる。問題の根底にある企業・団体献金の禁止に踏み込む好機にもなろう。

実現すべき理念、政策の再整理、見直しも必要となる。衆院選のマニフェストにうたったもののうち、何を優先的に実現し、何を先送りし、何を取りやめるのか。そして、何を新しく付け加えるのか。菅首相が打ち出した「強い経済、強い財政、強い社会保障」は、どのような政策体系として結実するのか。やるべきことはあまりにも多く時間は少ない。陣容を固めた以上は、この終盤国会の閉じ方をはじめとした参院選までの工程表を速やかに決め、わかりやすい政治を心がけてほしい。

毎日新聞の緊急世論調査(4、5日実施)によると、菅首相に「期待する」との回答は63%で、「期待しない」の37%を大きく上回った。国民は民主党政権に2度目のチャンスを与えるかどうか、菅政権の一挙手一投足を注視している。忘れてはならないのは政権の政策実行力である。鳩山政権にはこれが欠けていた。政治主導といいながらなぜ官僚を使い切れなかったのか。連立を組んだ小党になぜ振り回され続けたのか。二つの太い幹をどう生かすのか。選挙目当ての半端なお飾りでは、たやすく見抜かれるだろう。

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