朝日新聞 2010年05月28日
郵政攻防 与党の拙速は目に余る
「言論の府」という言葉は、はなから頭にないのだろうか。そう首をかしげたくなる。郵政改革法案をめぐる与党の対応がひどい。
衆院総務委員会で、先に審議していた放送法改正案の修正協議を打ち切って可決させ、改革法案の審議入りを急いだ。その委員会審議をたった1日で切り上げ、衆院を通過させる構えだ。
小泉政権下で成立した郵政民営化法は衆院で100時間以上審議し、参院で否決された末に衆院解散・総選挙を経て産み落とされた。その路線を百八十度転換する内容である。あまりにも拙速と言わざるを得ない。
日本の金融システムに禍根を残しかねない、問題だらけの法案である。
巨大なゆうちょ銀行とかんぽ生命に政府の間接出資を残し、「暗黙の政府保証」を後ろ盾にして、さらに大きくする。新規事業への制約も大幅に緩和する。また、貯金と保険の限度額をざっと2倍に引き上げる。いずれも郵便事業と郵便局ネットワークの維持のためだが、これらの事業の収益性を高める具体的手だてが含まれていない。
法案の内容以外にも問題点は多い。
原口一博総務相は、郵貯資金10兆円を海外インフラ事業などに投資する案を示している。これは、資金を特殊法人経由で公共事業にあてた財政投融資の事実上の復活ではないのか。
亀井静香郵政改革相は郵政グループ内の取引にかかる消費税を減免する特別扱いを打ち出しているが、金融界の公正な競争に差し障りが出ないか。
こうした点も含めた郵政改革の全容を、慎重な国会審議を通じ解明しなければならないはずである。
与党の強硬姿勢は郵政だけではない。労働者派遣法改正案の成立も急ぎ、強行採決も辞さない構えだ。
民主党の小沢一郎幹事長は全国郵便局長会で、郵政改革法案の今国会成立を約束した。改革法案は国民新党が、派遣法改正案は社民党が強くこだわっている。何のことはない。参院選を前に選挙対策や選挙協力に役立つ法案の成立を急いでいるということだ。
一方で、国家戦略室を局に格上げする政治主導確立法案や、副大臣や政務官の増員を含む国会改革関連法案は断念する方針だ。政権の金看板である「政治主導」の体制づくりが、またしても先送りされることになる。
重要法案の審議時間が足りないなら会期を延長すればいい。しかし、延長すれば「政治とカネ」で追及を受ける。早く参院選の準備に専念したい。そんな底意から延長を避けるのなら、職務放棄というべきだ。
国会は多数派による機械的な法律製造工場ではない。少数派の異論にも耳を傾けながら、法案や政策を議論し、内容をよりよくしていく場だ。その基本を思い出すべきである。
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毎日新聞 2010年06月02日
郵政改革法案 成立を急ぐ必要はない
郵政民営化路線の大転換となる法案が31日、6時間足らずの審議で衆院を通過し、参院に送られた。国民の金融資産に大きな影響を及ぼす重要法案であるにもかかわらず、政府・与党は数の力で押し切った形だ。昨年夏、有権者が民主党に託した308議席は、このような暴挙を助けるためのものではなかったはずだ。
なぜそれほど急ぐ必要があるのだろう。来る参院選で、郵便局関連の票を得るため、との理由しか考えられない。先月開かれた全国郵便局長会通常総会で、民主党の小沢一郎幹事長が「今国会での法案成立」を約束したことからも明らかである。会期末が迫る中、審議を尽くしていては時間切れになるからだ。
強行突破の手法に加え、中身も問題だらけの法案である。国営っぽいが民間のようでもある。かといって完全な国営でなければ完全な民間でもない--。そんな金融事業のあいまいな素性が問題の根源といえる。
郵政民営化では、ゆうちょ銀行とかんぽ生命保険の株が完全売却され、100%民間保有の会社になる予定だった。改正案では、それをやめ、政府は株を間接的に持ち続ける。国家の顔が残る一方で、貯金や保険の限度額が政令で約2倍に引き上げられる。「国がバックに付いている金融機関にたくさん預けられたら安心」との声もあろう。だが、その「安心」こそがくせものなのだ。
民間にない安心に引かれて資金が流入すれば、すでに約300兆円に上る郵政マネーはさらに肥大化しよう。これをどう効率的に運用するのだろうか。
「増え続ける国債の受け皿」との批判を意識してか、原口一博総務相は、「海外ファンドとの協調融資やベンチャー企業への融資」を挙げている。だが、高リスク高リターンの投資は、貯金の運用になじまない。損失が出たときの負担は結局、国民に回されることになろう。直嶋正行経済産業相は、「地域活性化のための中小企業への融資」を考えているようだが、地銀や信用金庫などの業務を圧迫する恐れがあるほか、審査が甘くなり不良債権を築くことにもなりかねない。
鳩山政権の売り物となった、独立行政法人などの事業仕分けは、「なぜ国が関与しなければいけないのか」を繰り返し問うた。「非効率」「無駄遣い」との理由で多くの事業を廃止・縮小した。その政権が、仕分けの対象事業とけた違いの規模を持った官営のような金融を残し、もっと太らせようというのは、自己矛盾である。
会期内の時間が限られているうえ、じっくり審議できる環境にない。参院選で有権者の判断を仰いだうえで、仕切り直すべきだ。
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産経新聞 2010年06月02日
郵政法案 参院で徹底的に審議せよ
郵政民営化に逆行する郵政法案が31日夜、衆院を通過した。
極めて問題の多い法案を民主、国民新の与党は衆院総務委員会と同様、衆院本会議でも採決を強行した。「数の論理」で強引に進める手法は民主党がうたってきた議会制民主主義を踏みにじるものであり、情けない。
法案審議は参院に移るが、徹底審議を行うべきだ。法案の全面的修正や出し直しが必要である。
与党が採決を急ぐ背景には、参院選での郵政票への期待があるとされる。党利党略を優先させ、国民をないがしろにするのであれば国を誤りかねない。
「郵政解散」で国民の信を問うた郵政民営化を根本から見直す以上、政府・与党は審議を通じてその内容や意義を国民に丁寧に説明する責務がある。委員会審議を約6時間という異例の短さで打ち切ったのは説明責任の放棄だ。小泉政権時代、郵政民営化法案が衆院だけで約110時間の審議を尽くしたこととあまりにも違う。
民主党出身の横路孝弘衆院議長の対応も問題が多い。与野党協議を積極的に斡旋(あっせん)しようとしなかったばかりか、慎重審議を求める野党側が本会議の延期を申し入れに来た、その目の前で開会のベルを鳴らした。国会ルール以前の礼儀を欠いた行為といえよう。議事進行の公平性を保つことが議長の最低限の使命のはずだ。
そもそも、この法案は「非効率な官業を見直し、資金の流れを官から民に変える」という郵政改革の根幹理念を見失っている。衆院本会議で、自民党の小泉進次郎議員が「行政の肥大化につながる本法案は国民に対して無責任」と指摘したのも当然だ。
特に問題なのが民業圧迫だ。郵貯と簡保の株を政府が3分の1超保有し続ける上、預入限度額を約2倍に引き上げる。これには民間金融機関が「政府の関与を残したままでは預金が郵貯に流れ、公平な競争条件が確保されていない」とそろって反対しているが、政府は明快な説明をしていない。
亀井静香郵政改革・金融相は1日の会見で「5年前に可決された無謀な法律(郵政民営化法)をひっくり返す状況になった。日本が良識を取り戻しつつある」と語ったが、全く認識が逆であろう。
政府は参院でこうした疑問にしっかり答える必要がある。このまま強引に成立させれば、将来に大きな禍根を残す。
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