タイ衝突 民主主義の原則に戻れ

朝日新聞 2010年05月20日

タイの集会鎮圧 政治危機は終わらない

内戦と見まがう銃撃戦と首都バンコクの空に立ちのぼる黒煙。タイ軍によって、数千人のタクシン元首相派が占拠していた地域は制圧された。だがその後、放送局などへの放火が相次ぎ、銃撃戦で多くの死傷者も出た。タイの国際的信用は深く傷ついた。

タクシン派の人々による集会と占拠は約2カ月に及んだ。アピシット政権は一時、11月の総選挙実施を打ち出したものの協議はまとまらず、強硬路線に突き進んだ。その結果がこれだ。

この政治危機の根は深い。

タイは経済発展を続ける新興国の一つである。社会には新たな矛盾も生じている。しかし、今回の占拠とそれに対する武力鎮圧が示したのは、タイの政治が新しい対立を解決できる自律的な力を欠いているということだ。

政権は2年前、議会多数派の支持で発足した。しかし、タクシン元首相派は、軍と司法当局の力を後ろ盾にした政権だと批判している。

この対立の背景には、社会の深い亀裂がある。タクシン元首相は、グローバル化の中での経済発展に置き去りにされてきた地方農民や都市貧困層に手を差し伸べ、権力基盤を強めた。そのことが、経済発展の受益者だった都市中間層や官僚の反発を招き、現政権とタクシン元首相を支持する住民との対立を招いた。

これまで、社会の最終的な調停役は王室に期待されていた。1992年に軍とバンコク市民が衝突し、流血の事態となった際にはプミポン国王が仲介し、実際に事態を沈静化させた。議会制民主主義を骨格としながら、問題に行き詰まると、王室の威光に頼って解決しようとする。「タイ式民主主義」とも呼ばれる政治スタイルだ。

しかし、これも限界だ。実際、今回は、対立する二つの勢力が互いに街頭行動をエスカレートさせ続けても、82歳になった国王が仲介に登場することはついになかった。

当面、政権はどのようにして、タクシン派との和解を達成し、政治の安定を取り戻そうとするのか注目したい。まず、その道筋を描き出し、社会の亀裂を修復するには、総選挙の早期実施しかあるまい。

だが、それでこの国の政治危機が終わるとは思えない。

人々の民意を議会が吸い上げ、国王に頼らずに政府が対立を収束させる。この国が必要とするのは、そんな自立した議会制民主主義である。

日本にとって、タイは外交でも経済でも重要なパートナーである。現地に進出している日本企業は約7千社に及ぶ。政治の不安定が続けば、日本への影響はさらに深刻になる。

発展する東南アジア諸国連合(ASEAN)の中核国の混迷は、地域全体にも不安定をもたらしかねない。

毎日新聞 2010年05月18日

タイ衝突 民主主義の原則に戻れ

バンコクで続く流血は終わりが全く見えない。反政府デモ隊と軍の衝突による死傷者は、ここ数日だけで約300人に達している。

先月、何者かの銃弾に倒れた日本人テレビカメラマン、村本博之さんの悲劇の真相も明らかにならないまま、市街戦さながらの衝突が続いてきた。事態は流動的だが、希望を持てる要素が少なすぎる。

国連の潘基文(バンキムン)事務総長は最近の声明で、流血の事態に深まる懸念を表明し、デモ隊とタイ当局の双方に対して、速やかに対話を再開し平和的解決を図るよう強く促した。国際社会の一致した要求として深刻に受け止めてもらいたい。

衝突発生で日本大使館が危険になり、仮事務所に移転したほか、日本からの進出企業の業務にも支障が出ている。外国人が多く居住する区域に危険が及べば、一時帰国といった動きも出てくる。これらは国家の信用にかかわる問題だという点を、特にタイ政府は忘れないでほしい。

タクシン元首相派のデモ隊は2カ月前から、アピシット首相に対する今回の抗議行動を始め、国会の即時解散と総選挙実施を要求してきた。村本さんも巻き添えになった大規模衝突で政府がひるみ、デモ隊はバンコク都心部の繁華街を占拠して揺さぶりをかけ続けた。今月初めには首相から「11月に総選挙」など政治的解決策の提案を引き出した。

これでいったんデモ隊の占拠解除が固まったかに見えたが、タクシン派内部の強硬派が反対し、和解案は白紙に戻った。この強硬派の代表格とされる人物は後日、アピシット首相が軍によるデモ隊圧迫を強める中で、何者かに銃撃され死亡した。

これだけこじれると平和的解決が困難なのは当然だ。しかし流血を続けてはならない。軍が実弾の使用を宣言し、現実に発砲しているのは問題だ。いくら実態が権力闘争であり、相手方の一部が武器を所持しているとしても「国軍がデモ隊を実弾で撃つ」ことは正当化しにくく、将来の国民統合を困難にする。

タイは国民の崇敬を集める王室の権威と民主主義が共存する「タイ式民主主義」を守ってきた。政治危機の際にはプミポン国王が仲裁に入って問題を解決するケースが実際にあった。しかし今回、国王は高齢に加えて体調の問題もあり、その役割を果たすのは難しそうだ。

すると結局、一般的な民主主義の原則に戻って対処するしかないのではないか。アピシット首相が総選挙を嫌うのは、タクシン派に勝つ自信がないからだと言われてきた。いつかは選挙をしなければ、民主主義の原則に反する。国家的危機にある今こそ、決断の時ではないか。

読売新聞 2010年05月20日

タイ騒乱 最終決着にはなお火種が残る

バンコク市内を占拠していた数千人規模のタクシン元首相支持派が、治安部隊の強制排除作戦の開始を受け、抗議行動の終了を宣言した。

だが、一部の反政府指導者は逃走し、市内では放火などが続いている。2か月余り続いたタイの騒乱が、最終的に決着するかどうかは予断を許さない。

占拠グループの指導者は、「これ以上、犠牲者を出したくない」と説明した。参加者には女性や子供が多かった。遅きに失したとは言え、妥当な判断と言える。

タクシン支持の反政府派は、アピシット首相の退陣と総選挙の即時実施を求め続けてきた。

首相は今月初め、膠着(こうちゃく)状態を打開するため、総選挙を11月に繰り上げ実施し、9月下旬に議会を解散するなどの譲歩案を示した。しかし、反政府側は要求を一層強め、合意には至らなかった。

この間、事態を重く見た潘基文・国連事務総長が仲介役を申し出たり、上院議長ら与党関係者が仲介に乗り出したりしたが、政権側は応じなかった。

病弱のプミポン国王は、最後まで姿を見せなかった。

混乱が長引いている背景には、首相の指導力不足があることは否めない。政権側も野党時代に空港を不法占拠した経緯があり、対応は後手後手に回った。軍も当初は武力行使に消極的だった。

反政府側は、ビジネス街を不法占拠し続け、武器を持ち込むなどしたため、一時は内戦の様相を呈した。度を越す強硬戦術は、法治国家では許されまい。

亡命先からインターネットTVなどを通じ、支持者を(あお)り続けたタクシン元首相の責任も重い。反政府側は今後、戦術を転換する必要があろう。

現場は、企業のオフィスや各国大使館などが集中している。都市機能のマヒにより、日本をはじめ外国企業も、避難や営業停止を余儀なくされた。

1か月以上も休業を強いられた商業施設や観光業を中心に、巨額の損失が出ている。

世界金融危機から回復し始めたタイ経済は、再び打撃を受ける可能性もある。これ以上の混乱は、タイの国際的評価をさらに低下させることになろう。

アピシット首相が、政権の求心力を回復するには、議会の早期解散、総選挙の繰り上げ実施は避けられない、との見方が強まっている。首相は、反政府側との話し合いを通じ、一刻も早い解決を目指さなければならない。

たけ - 2010/06/01 23:09
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