国民投票法 拙速が生んだ「違法状態」

朝日新聞 2010年05月16日

国民投票法 拙速が生んだ「違法状態」

異常な事態である。新しい法律が、「違法状態」のなかで施行されようとしている。

憲法改正の手続きを定めた国民投票法が18日施行される。公布から3年とされた準備期間が終わるからだが、法で義務づけられていた準備が一向に進んでいない。いまのままでは国民投票はできない。「国民投票のできない国民投票法」という、わけのわからないものが世に出ることになる。

片付けておかなければならなかった宿題は数多い。憲法改正原案を審議する場として憲法審査会が設けられたが、参院ではその規程ができていない。規程のある衆院でも委員は選ばれていない。原案が出てきても審議する場はないのが現状である。

国民投票法が18歳以上に投票権を与えたのに合わせ、20歳以上に選挙権を与える公職選挙法や20歳を成年とする民法を改める。これは、準備期間のうちに終えるよう国民投票法の付則に明記された大きな宿題だったが、実現のめどは立っていない。

投票率が低すぎる場合に無効とする最低投票率を導入するかどうかも、放置されたままの課題だ。

多くを積み残しての施行は、無責任な見切り発車と言わざるを得ない。

この背景には、法成立のいきさつが影を落としている。

審議の過程で、自民、民主をはじめ与野党の実務者は互いに納得できる内容にしようと歩み寄りを重ねていた。だが、当時の安倍晋三首相は改憲を参院選の争点にしようと成立を急いだ。与野党協調は崩れ、民主党は最終的に採決で反対に回った。同法は2007年の参院選を前に成立したが、憲法をめぐる議論の機運は冷え込み、いまも空気は変わっていない。

民主党政権の対応にも疑問はある。

国民投票法は議員立法でできたが、公選法や民法の改正には内閣が責任を負う。定められた通り法改正を進めるか、間に合いそうにないというなら、投票法そのものの施行を延期するか。なんらかの形で違法状態を避けるのが筋ではなかったか。

憲法改正のハードルはとても高い。国会の中でも国民との間でも、時間をかけて対話を重ね、幅広い合意を探っていく丁寧なプロセスが欠かせない。

夏の参院選を前に、自民党は憲法改正原案を国会に出すことを検討している。選挙の争点にする狙いなのだろうが、改正論議を本気で進めようとするならむしろ逆効果だろう。

議論を動かしたいのなら、まずは話し合える環境を整えることである。

例えば、国民投票の制度設計だけを協議するため憲法審査会を始動させる。必要なら与野党合意で投票法を改正する。そこから始めるのも一案かもしれない。

毎日新聞 2010年05月18日

国民投票法施行 成熟した論憲の好機に

憲法改正手続きを定めた国民投票法が18日施行される。一度も改正されなかった現憲法だが、初めて改憲の法的仕組みが整う。政界も世論も改憲論議が盛り上がる状況にはないが、こういう時にこそ時間をかけ奥行きの深い論憲を展開してほしい。

国民投票法は、18歳以上に投票権を付与、両院への憲法審査会の設置、個別発議の原則などを定めたもの。改憲を掲げた安倍晋三首相(当時)のもと、施行まで3年間準備期間を置くことで自民、公明両党が採決を強行、07年5月に成立したが、法改正を境目に与野党間の憲法論議はストップ、衆参両院に設置された憲法審査会(07年8月に部分施行)は開かれることなく、18歳以上への引き下げも公選法、民法の関連法との調整が進まず実現していない。

何よりも政界の改憲熱が冷めている。自民党内では改憲作業の中核にいた「憲法族」たちが09年の衆院選で相次いで落選、自民改憲草案作成の事務局役をつとめた与謝野馨、舛添要一両氏が新党結党で自民離党、過去の積み重ねが断ち切られた形だ。参院選マニフェストでの改憲の位置付けも甲論乙駁(おつばく)でまだ定まっていない。もちろん、民主党も目の前の課題を追うのが精いっぱいでとても憲法までには手が回らない。

世論の関心も高まっていない。毎日新聞が4月中旬に実施した全国世論調査では、国民投票法の施行によって憲法改正の動きが進むことに「期待する」との回答が50%、「期待しない」が48%と二分された。

だからといって、憲法をどうするかについての政治論議が必要とされていないわけではない。憲法9条と集団的自衛権の関係、9条と日米安保条約の整合性に関する議論は、北朝鮮情勢や普天間飛行場移設問題といった現在進行形の政治課題に取り組む上でも欠かすことのできないものである。実は、「国柄」や「国の形」の議論はかつて以上に求められている。もちろん、環境権、憲法裁判所の創設、2院制見直しといった従来的テーマも無視できない。

憲法をめぐる論の材料はむしろ増え、その必要性も高くなっている。しかも、その法的環境整備は大きな山を越えた。とするならば、これを機に国会の場で論憲の輪を広げ、各党がその実を競い合うのは当然だ。まずは、議論の場として設置済みの憲法審査会を活用したい。衆院は委員を早く選任し、参院はその前段階である委員数などを定める規程を早く策定することだ。議論の手始めとして、本格論戦するためにテーマを整理してみたらどうだろうか。熱に浮かされるような短期的な論争ではなく、5年、10年先を見据えた成熟した論議をする好機ともいえる。

読売新聞 2010年05月18日

国民投票法施行 憲法改正に正面から向き合え

憲法改正の手続きを定めた国民投票法が、きょう18日施行される。

これにより、同法成立後3年間凍結されてきた憲法改正原案の国会提出が可能になる。戦後の憲政史上、画期的なことだ。

原案が衆参両院で可決されると、国民に改正案が発議され、国民投票で賛否が問われる。

国民の手による最高法規の改正手順が整備された今こそ、各政党は、憲法改正に正面から向き合わねばならない。

憲法改正原案は、衆参両院に設けられた憲法審査会が審査する仕組みだ。だが、両院ともに現在、憲法審査会は委員すら選任されていない。このため過去3年近く、憲法改正の論点整理などに取り組むこともなかった。

審査会が、こうして開店休業状態にあるのは、民主党がその始動に極めて消極的なためだ。

自民党内には、憲法改正原案を今国会に提出する動きがあるが、仮に提出しても、これではたなざらしにされるだけだろう。

鳩山首相は、かつて憲法9条に「陸海空軍その他の戦力は保持する」と明記するよう唱えるなど、れっきとした改憲論者だ。

小沢民主党幹事長は以前、「改正試案」を公表し、「『護憲』の実態は思考停止」と批判したりもしていた。菅副総理・財務相も党代表の時、「幅広い憲法制定運動が必要」と訴えていた。

これらの発言と、憲法審査会での改憲論議に背を向ける、いまの民主党の姿勢は、あまりに落差が大きすぎる。

国民投票法は、当時の与党・自民党案と、野党・民主党案をあわせて作成されたものだ。先鋭な対立点はなく、強引な採決が行われたわけでもない。参院の付帯決議には民主党も賛成していた。

民主党は、与党第1党として、審査会をめぐる「違法状態」を解消する責任がある。

国民投票法は、「18歳以上」に投票権を認めた。

これに伴い、法施行までに、公職選挙法の選挙権年齢「20歳以上」や民法の成年年齢「20歳」を、18歳に引き下げることを検討するよう付則で定めた。だが、これらの「宿題」も手つかずの状態だ。

参院はまず、憲法審査会を運営していくための規程を速やかに制定し、委員を選ぶべきだ。すでに規程のある衆院は、委員の選任を急がねばならない。

衆参両院ともに、いつ改正原案が提出されても審査に臨めるよう態勢を整えることが大事だ。

産経新聞 2010年05月18日

国民投票法施行 憲法審査会で国を論じよ

憲法改正手続きのための国民投票法が18日施行された。公布から3年間、凍結されていた憲法改正原案の発議が可能となった。

画期となるべき日だが、現状を見れば大きな進展への一歩とは言い難い。衆参両院の憲法審査会は設置から2年9カ月が経過しても始動していない。選挙権や成人の年齢を18歳に引き下げる公職選挙法、民法などの関連法も未整備だ。政権与党である民主党が違法状態を放置しているため、改正論議の土俵すら整っていない。

それでなくとも中国や北朝鮮の脅威が増大し、日本の安全保障環境は悪化する一方だ。憲法9条の改正や集団的自衛権の行使容認問題など、日本の安全をいかに確保するかを論じる必要性が格段に高まっている。にもかかわらず、政権政党が国家の基本的課題に向き合おうとしないことは問題だ。

参院では、審査会の委員数などを決める審査会規程も制定されていない。両院の審査会で、まずは関連法整備に着手することが急務である。

鳩山由紀夫首相は、憲法審査会が動いていない現状について「暮らしに直結する経済、景気、雇用の問題を議論してもらいたい国民の気持ちの表れ」だと分析した。ばらまき政策が重要で、国のかたちについての憲法論議は必要ないとでも言うのだろうか。憲法論議を避けたまま、外国人参政権など主権にかかわる政策を実現しようとしている点にも問題がある。

過去を振り返れば、民主党は国民投票法の制定に向け自民党と協議していたが、3年前に安倍晋三首相(当時)が憲法改正への積極姿勢を示したのに反発、反対に回った。その後は「与野党が議論する環境にない」と、憲法審査会の活動を阻害し続けている。

政権を担う立場になっても制定時の手続き論にこだわり、なぜ憲法改正が必要かの本質論に入ろうとしない姿勢が問われている。

「新憲法試案」の著書もある首相は、昨年暮れに改正論議を活発化させると述べた。言葉だけに終わらせないことが先決だ。小沢一郎幹事長もかつて月刊誌に「憲法改正試案」の論文を発表した。与党の最高責任者として、憲法審査会の始動を指示してほしい。

自民党は憲法改正原案の提出を検討している。核心となる9条改正や集団的自衛権の行使容認への姿勢を打ち出す必要がある。

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