朝日新聞 2010年05月08日
英国総選挙 2大政党が負った疑問符
英国総選挙で有権者の出した結論は、2大政党のどちらも下院(定数650)の過半数を取れない「ハング・パーラメント(中ぶらりん議会)」だった。有権者の政権選択の悩みが、いかに深かったか。その表れだろう。
英国の選挙制度は、各選挙区で一番多い票を得た候補者1人に議席を与える単純小選挙区制だ。死票が多いという欠点がある一方、第1党が過半数の議席を得やすく、政権交代や政治の活性化を促すという長所がある。
英国の再生を目指した保守のサッチャー政権、「第3の道」を掲げた労働党のブレア政権の登場のように、時代を画する政権交代を起こす原動力のひとつでもあった。
2大政党に議席を集中させるこの制度の下でさえも、明確な多数派が形成されなかった。1974年以来だ。
今回は、労働党から保守党への13年ぶりの政権交代の是非が焦点だった。確かに保守党は、ブラウン首相率いる労働党を退けて第1党になり、政権を担おうとしている。しかし、単独では少数与党を余儀なくされる。他方、第3極として人気の高かった自由民主党は、得票率を伸ばしながら議席を減らしている。
2大政党への不満と第3極への不安の間で有権者の心は揺れたようだ。
2大政党に対する有権者の不信は大きい。昨年、国民が経済危機で失業などの憂き目にあっているとき、国会議員たちによる経費乱用の実態が暴露された。また、イラク戦争で労働党政権は、多くの国民の反対にもかかわらず参戦に踏み出し、保守党はそれを支持した。長引く経済不況についても両党の解決策に大きな違いはない。
だが、人々の不信感は両党に対してだけではなさそうだ。二大政党制そのものにも向いている。過半数の議席を得て思い通りに政権運営をする大政党は、しばしば国民の負託を忘れ去り、いつしか支配層意識に染まる。経費問題やイラク戦争での両党のふるまいがその証拠と人々は感じていた。
また、グローバル化による格差の拡大や価値観の多様化に伴い、2大政党とそれを支えてきた小選挙区制だけではもはや民意を吸い上げきれない現実がある。自民党は以前からそうした問題点を指摘して、比例代表制の導入を求めている。
英国の民主主義は、曲がり角にさしかかっている。
英国の政治制度をお手本にしてきた日本は昨年、自民党から民主党への政権交代を実現したが、2大政党がともに政治不信を招き、有権者の離反を招いている構図は英国と重なる。
英国で、2大政党に向けられた不信と小選挙区制が示した限界。日本の各政党も自らへの問いとして受けとめるべきだろう。
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毎日新聞 2010年05月13日
英連立政権 財政危機が背中押した
英国で70年ぶりに連立政権が誕生した。1940年から45年までの前回はチャーチル首相率いる戦時下の挙国内閣だった。保守党と自由民主党による今回は平時の枠組みである。とはいえ、国家の危機が緊急体制を迫った点は似ている。保守党のキャメロン党首を連立へと突き動かした2010年の危機とは、戦後最悪となった英国の財政だ。
総選挙で13年ぶりに第1党となった保守党だが、単独過半数は確保できず、5日間にわたり自民党と連立協議を行った。支持層も理念も大きく違う政党と妥協点を見いだす作業は困難だったはずだが、早期の財政再建には、強い政権基盤が不可欠と判断した模様だ。選挙制度改革など自民党の主張を大幅に受け入れた。経済・通貨の安定という国益優先で協議を主導したキャメロン氏の柔軟かつ現実的対応を評価したい。
第1党が第3党の力を借りて政権交代にこぎつけたことで、2大政党が政権を交互に独占してきた英国政治は歴史的転換点に来た。自民党のクレッグ党首が「多様な価値観の人々が共同作業で国家全体のためによい政府を作る新しい政治の始まり」と述べたように、現実の世の中が多様化した以上、政治も形を変えて当然なのかもしれない。
もちろん前途は多難だ。キャメロン新首相は、初年度から歳出削減などに取り組む構えだが、ギリシャ並みに悪化した財政の大幅改善は、連立政権でなくても簡単ではない。
大枠で合意したとはいえ、歳出削減や増税の具体的議論になると、低所得者への支援に力を入れたい自民党との調整は難航しそうだ。首相就任後初のスピーチで、財政の危機を強調したキャメロン氏に対し、クレッグ党首の第一声が財政問題に直接触れなかったことからも、優先課題への温度差がうかがえる。
ただ、今後5年間、総選挙を行わないとの合意は、新しい政治を本気で育てようという覚悟の表れだ。英国政治の実験が成功裏に進むよう、両党首の指導力に期待したい。
キャメロン氏はラモント蔵相のアドバイザーだった1992年、英ポンドが投機筋に売りたたかれ暴落する様を目の当たりにした。市場の渦にのまれてからでは手遅れだということを経験している。ギリシャ危機はそれを再認識させたはずだ。
強い危機感から歴史的決断をした英国の若い指導者に対し、公的借金の残高で英国をはるかにしのぐ日本はどうだろう。菅直人財務相は、来年度予算の新規国債発行額を今年度以下に抑えたいというが、過去最悪となった今年度を超えないことが、目標と呼べるのだろうか。
危機感の差はあまりにも大きい。
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読売新聞 2010年05月09日
英総選挙 伝統の2大政党制に試練の時
英国の総選挙で与党・労働党が敗れ、野党の保守党が第1党に返り咲いた。第3党の自由民主党は事前の予測に反して議席を伸ばせなかった。
しかし、保守党も過半数に届かず、新政権の姿は見通せない。
2大政党のいずれかが過半数を制し、即座に単独で強力な政府を樹立する。この伝統ある英国の2大政党制が揺らぎ始めたということだろう。
過半数に届く政党がないのは、比例代表制を導入している国では何も珍しいことではない。だが、単純小選挙区制を採用する英国では36年ぶりだ。
保守、労働党のどちらが政権を担うにせよ、自民党や少数政党との連立工作が必要になる。円滑に新政権を発足させられるか、試練の時と言えるだろう。
今選挙で13年ぶりに第1党が交代した一因には、ギリシャの財政危機が引き起こしたユーロ危機がある。ユーロ加盟に反対し、欧州連合(EU)から政策上の独立性を取り戻そうとする保守党の追い風になったのは間違いない。
英国の就業年齢人口に占める移民の割合は14%にまで増加した。保守党が雇用情勢の悪化につながる移民の増加に歯止めをかけると訴えたことも、有権者の不安な心に届いたのだろう。
しかし、対EU、移民政策を除けば、2大政党には政策上の際だった差異がない。
労働党も保守党も、今や自由競争と社会的公正の両立を目指すようになった。今回、一方を大勝させるほど民意が大きく振れなかったのは、2大政党が有権者に「選択の幅」を与えられなかったせいでもあろう。
戦後は9割を超えていた2大政党の合計得票率は、前回2005年の総選挙で7割を切り、今回さらに減った。こうした民意の多様化が議席に反映されにくいのが、単純小選挙区制である。
このため、選挙制度改革を求める動きも出てきた。
労働党は優先順位をつけて複数候補に投票する小選挙区制へ、自民党は比例代表制への転換を主張している。連立協議では、選挙制度改革も議題に上るだろう。
今選挙戦では米国流のテレビ討論が初めて導入され、自民党党首の人気が一時、急上昇した。それが結果につながらなかったのも、今の選挙制度と無縁ではない。
政権交代可能な2大政党制の入り口に立ったばかりの日本も、その範とした英国政治の変化をしっかり見つめる必要があろう。
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産経新聞 2010年05月10日
英国総選挙 注視したい保守党の決断
英国総選挙の結果、どの政党も単独で過半数の議席をもたないハング・パーラメント(中ぶらりん議会)が出現した。
戦後では1974年に1度あっただけである。発足するのが少数与党政権にせよ連立政権にせよ、単純小選挙区制に基づく二大政党制下では極めて異例だ。安定政権を生みやすく、しかも政権交代を促すとされる英国伝統の選挙システムは重大な岐路に立っている。
金融危機による景気停滞や雇用不安など、日本と共通課題が多い英国の有権者が下した審判だ。日本の有権者も今後の成り行きを注視すべきだと強調したい。
今回の英国総選挙(下院定数650)では与党の労働党が大幅に議席を減らし、野党の保守党が13年ぶりに第一党に復帰した。「第三の政党」として選挙戦で注目された自由民主党の獲得議席は、得票率でさほど差がない労働党の4分の1以下にとどまった。単純小選挙区制ゆえの現象だ。
しかし、かつては90%を超えていた二大政党の合計得票率が、今回は65%にまで低下した。イデオロギー対決の時代は去り、有権者の意識は多様化している。英国の選挙システムも、こうした潮流を十分にくみ取れなかった。
成文憲法がない英国では慣習上、現職首相が組閣の優先権をもつが、ブラウン首相は労働党大敗の結果を考慮し、保守党に先を譲った。連立では保守・自民の組み合わせは過半数になるが、労働・自民では過半数に届かない。
保守、自民両党による連立交渉の焦点は選挙制度改革だ。自民党は当然、優先順位投票による中選挙区制の導入を求めている。だが、保守党は小選挙区制を堅持する姿勢を崩していない。また、自民党が求める欧州連合(EU)への権限移譲や長期不法滞在者への市民権付与も拒否している。
英国の喫緊の課題は、今年の国内総生産(GDP)比で12・8%にも達する財政赤字の削減だ。政局の混迷が続けば傷口は大きくなり、国益は損なわれてしまう。
まず注視すべきは、新政権の軸となるべき保守党の決断である。妥協による「安定政権」を選ぶか、党是を貫き困難な少数与党政権の道を選ぶのか。責任政党としての覚悟が問われる。
日本の政治は英国をモデルとしてきた。「中ぶらりん議会」の行方には、日本も国難を打開していくためのヒントがある。
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