最高裁「死刑」破棄 甘い証拠判断への警鐘

朝日新聞 2010年04月29日

死刑破棄 事実に向き合う重い責任

裁判員の候補者名簿に名前が載っている人はもちろん、今回の最高裁判決の報道に接して身の引き締まる思いをした国民は少なくないのではないか。

8年前に大阪で起きた殺人事件で、最高裁は無期懲役とした一審と死刑を言い渡した二審の判決をいずれも破棄し、審理を差し戻した。被告が犯人かどうか疑問が残るとの判断である。

自白など犯行と被告とを直接結びつける証拠はなく、犯人ではないかと推認させる状況証拠があるだけだった。

5人の裁判官の意見は分かれた。4人は、一、二審判決は事実を誤認した疑いがあるとし、1人は犯人と認めるだけの立証がされていると反論した。多数意見の4人も一様ではない。3人は無罪の色合いをにじませ、1人は今後の審理次第だが有罪方向での認定もありうるとの立場をとった。

事実を認定することの難しさ、厳しさを、判決は突きつけている。手続き上、今後の差し戻し審は裁判官だけの審理になるが、市民が参加する裁判員裁判でも、こうした困難な事件に向き合わなければならないのは同じだ。

注目されるのは、今回のようなケースで有罪と判断するためには「様々な証拠によって認められる事実の中に、被告が犯人でないとしたら説明のつかない事実が含まれている必要がある」とする多数意見の判断だ。

これは、「被告が犯人だという前提に立てば、すべての事実が矛盾なく説明できる」という程度では有罪としてはいけないという指摘であり、慎重な事実認定を求めたものだ。刑事司法の原則に沿った考えと評価できよう。これからの裁判でどのように生かされるのか、見守っていきたい。

とはいえ、言い回しの難しさもあって、裁判員の胸にストンと落ちるのは簡単ではないだろう。「通常の人が疑いを差しはさむ余地があるうちは、有罪と認められない」「合理的な疑いを入れない程度の証明が必要である」。こうした刑事裁判のルールを、分かりやすく懇切丁寧に伝えることが、裁判官をはじめとする法律家の務めだ。

事実を見極めることへの「おそれ」は常に持たねばならないが、そのあまり、裁判に参加すること自体に「恐れ」を招かないよう、専門家がしっかりサポートする。裁判員制度を円滑に運営していくための基盤である。

捜査当局の責任も重い。今回の判決でも、証拠物の収集や鑑定の不備が指摘された。取り調べ段階での警察官の暴行の有無も争点になっている。地道な捜査を行い、聴取の過程を記録してたどれるようにしておけば、このような混迷は防げた可能性がある。

司法が大転換期にあるいま、裁判とは何か、刑事責任を問うというのはどういうことか、これまで以上に議論を深めていかなければならない。

毎日新聞 2010年04月29日

最高裁「死刑」破棄 甘い証拠判断への警鐘

直接的な証拠がない事件では、反証的な姿勢で厳しく状況証拠を吟味せよ、ということだろう。

大阪市平野区で02年、28歳の主婦と1歳の長男が殺害され部屋に放火された。殺人罪などに問われた主婦の義父だった男性被告に対し、1審・大阪地裁は無期懲役、2審・大阪高裁が死刑判決を言い渡していた。

しかし、最高裁第3小法廷は、十分な審理が尽くされていないとしていずれも破棄し、審理を大阪地裁に差し戻したのである。

最高裁が死刑判決を破棄するのは極めて異例だ。有罪認定に当たり、判決は「状況証拠の中に、被告が犯人でなければ合理的に説明できない事実関係が含まれていることを要す」との初めての判断も示した。

刑事裁判では、被告の犯行について「合理的な疑いを差しはさむ余地がない程度」まで検察側が立証しなければならない。立証されなければ被告は無罪というのがルールだ。その原点に沿った妥当な判断だろう。

足利事件によって、殺人などの重大事件でも冤罪(えんざい)が起き得ることが認識され始めた。最近の司法をめぐる状況も判断の背景にあるのではないだろうか。

事件直後、現場マンションの踊り場の灰皿から吸い殻が見つかった。唾液(だえき)のDNA鑑定の結果、被告のものと一致した。目撃証言や動機があることなどとも併せ考慮し、1、2審は有罪認定していた。

だが、最高裁は、吸い殻の変色具合から、事件のかなり前に捨てられていた可能性に言及し、当日被告が現場にいたことが合理的に証明されていないと結論づけた。

第3小法廷は昨年4月、和歌山の毒物カレー事件で殺人罪に問われ1、2審で死刑を言い渡された林真須美被告の上告を棄却している。

この事件も状況証拠しかなかった。だが、カレーに残っていたものと組成上の特徴が同じ亜ヒ酸が自宅から発見されたことや、カレー鍋を開けるなどの不審な挙動の目撃証言があったことなどを総合し「亜ヒ酸をひそかに混入する機会があったのは被告だけ」と認定している。

カレー事件で、捜査当局は分刻みで現場状況を再現し「他に犯人はあり得ない」ところまで詰めたという。複数の状況証拠の全体像が揺るぎのないものか否かで、判断が分かれた。

カレー事件の最高裁の認定に否定的な見解もある。今回の判決でも「被告の犯行は立証されている」との少数意見があった。プロでも状況証拠の判断は難しく意見が割れる。

さりとて、重大事件を裁く裁判員を冤罪に加担させてはならない。証拠の評価に厳しい目を向ける方向性は正しいと言えよう。

読売新聞 2010年04月28日

死刑差し戻し 最高裁が審理不足を戒めた

十分な証拠がないまま被告を犯人だと推定し、死刑を適用することは許されない。最高裁が、下級審の判断をこう戒めた判決といえよう。

殺人と放火の罪に問われた被告の上告審で、最高裁が審理を1審の地裁に差し戻した。無期懲役とした1審判決、死刑とした2審判決をいずれも破棄するという異例の判断である。

「審理を尽くさずに判断し、事実を誤認した疑いがある」というのが理由である。

これにより、被告が無罪となる可能性も出てきた。

究極の刑罰である死刑を適用するには、誤判を招かない十分な証拠を必要とすることは、言うまでもない。その肝心の証拠が不十分だと結論付けた以上、最高裁の判断は妥当なものといえる。

冤罪(えんざい)だった足利事件などを契機に、刑事裁判に厳しい目が注がれていることも、最高裁の判断に影響したのではなかろうか。

問題の事件は2002年に大阪市で発生した。当時28歳の主婦と1歳の長男が殺害され、部屋が放火された。逮捕された被告は、主婦の元義父で、公判では無罪を主張してきた。

現場のマンションの階段にあった灰皿の吸い殻から検出したDNA型が、被告と一致した――。この鑑定結果が、1、2審が被告を犯人とした根拠の一つだった。

これに、目撃証言などを合わせ、「被告が犯人であると強く推認される」とした。

自白などの直接的な証拠がないため、状況証拠(間接証拠)のみで判断したわけだ。

これに対し、最高裁は、吸い殻の変色状況から、「事件当日よりもかなり以前に捨てられた可能性がある」と指摘した。被告が犯行に及ぶ動機についても、十分に解明されていない点などを挙げ、審理のやり直しを命じた。

状況証拠の積み重ねで、最高裁が死刑を選択した代表的な例が、和歌山毒物カレー事件の判決である。この事件でも、動機は不明のままだったが、目撃証言や毒物の鑑定結果などから、被告を犯人と結論付けた。

被告が犯人であることに疑いの余地がない十分な状況証拠を基に立証されているかどうか。重要なのは、その見極めであろう。

裁判員裁判でも、裁判員が状況証拠の評価を迫られる局面があるだろう。

今回の最高裁判決は、難事件も担当する裁判員にとって、大いに参考となるはずだ。

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