田辺三菱業務停止 問われる薬事行政の信頼

朝日新聞 2010年04月16日

田辺三菱処分 病んだ会社には苦い薬を

人の命を守るために製薬会社は存在する。製薬会社を守るために人の命が存在するのではない。

田辺三菱製薬と子会社が、新薬の承認申請に必要な試験データを不正に差し替えたり、捏造(ねつぞう)したりした。手術のときに血液の成分の一部を補うための薬で、不正は1999年から2009年にかけて16件あったという。薬事法違反として厚生労働省の処分を受けた。製造した子会社「バイファ」は30日間、監督する立場の田辺三菱は25日間の業務停止となった。

厳しい経営状況からの「起死回生」策として、新薬の開発を急いだことがデータ改ざんの背景にあるという。利益のために安全性を軽視したのでは本末転倒だ。医薬品の信頼性を損ない、人の命にもかかわる極めて悪質な問題で、処分は当然である。

怒りを禁じ得ないのは、この会社が問題を起こすのはこれが最初ではないという点だ。子会社は、薬害エイズ事件を起こした旧ミドリ十字が、合併して田辺三菱になる前の96年に設立した。不正には、旧ミドリ十字の出身者がかかわっていた。

田辺三菱は薬害C型肝炎訴訟の被告企業でもあった。08年に被害者と和解して謝罪、「薬害根絶」を誓った。だが、結果的にC型肝炎訴訟が続いていた時期も、薬害につながりかねない不正をしていたことになる。

いったいあの謝罪は何だったのか。

この問題では内部通報を受けて09年、田辺三菱が第三者の調査委員会を設置した。その報告によると、厳しい経営状況の原因は、旧ミドリ十字が薬害エイズ事件で多額の損害賠償請求を受けたことだったという。そのうえで、「利益重視、安全性軽視」の旧ミドリ十字の体質に起因することは否定できないとした。

田辺三菱は、旧ミドリ十字を含む複数社が合併を繰り返し、07年に現在の姿になった。調査委は合併が、管理・監督の十分に機能しない状態を招いたとも指摘。グループ全体の企業統治を強化し、子会社を含めた事業内容、組織体制、人事配置などあらゆるリスク要素を把握するように求めている。田辺三菱は徹底して取り組むべきだ。

また、今のところ健康被害はないというが、万一の場合は迅速な対応が必要だ。

厚労省は処分とともに業務改善を命じた。田辺三菱のその取り組みや、その報告内容によっては、突き返すくらいの厳しい姿勢で臨んでもらいたい。

日本では、製薬会社の合併など業界再編が続いている。新薬の特許切れで収益が大きく減る「2010年問題」も迫る。合併と新薬開発という背景は業界に共通する。ほかの会社も、この問題を機に厳しく自己点検してもらいたい。

毎日新聞 2010年04月19日

田辺三菱処分 薬害の温床をなくせ

スモン、サリドマイド、薬害エイズ、薬害C型肝炎など日本は薬害大国と言われてきた。危険を知りながら利益を優先する製薬会社、監視する立場の厚生労働省は企業と癒着し被害を広げる--。何度も薬害根絶を誓いながら過ちを繰り返してきた。その温床がまだ残っていることを見せつけるような不正である。

厚労省は田辺三菱製薬の子会社バイファのやけどや大量出血のショック時に使われるアルブミン製剤の承認申請のデータに不正があったとして、両社に業務停止命令を出した。両社が共同開発した世界初の遺伝子組み換え人血清アルブミン製剤は、血液を原料としたこれまでの製剤に比べウイルスの感染リスクが排除できるメリットがあった。ところが、ラットを使ったアレルギー反応実験で、一部陽性反応が出たデータを陰性に差し替えるなど計16項目の記録を改ざんしたというのだ。

「品質試験や製造工程で不適切な行為が組織ぐるみで行われていた」と厚労省は指摘する。新薬の承認審査は提出されたデータが正確であることを前提に行われており、審査官がデータの虚偽をチェックすることは難しい。承認申請の不正による業務停止命令は75年以降で約80件あるが、田辺三菱のような大手の業務停止は異例だ。

バイファは薬害エイズを引き起こした旧ミドリ十字が96年に設立した会社である。薬害エイズ事件では歴代社長が刑事責任を問われたが、その一人は旧厚生省からの天下りOBだった。両社の社外調査委員会の報告書は、旧ミドリ十字が同事件で多額の損害賠償請求を受け厳しい経営状況にあったことが不正の背景にあると指摘した。また、田辺三菱は薬害C型肝炎の被告企業でもある。08年に被害者と和解して謝罪したが、訴訟が継続していた時期に今回の不正は行われていたのだ。

高齢化の進展に伴って製薬産業は成長分野として期待されている。新薬開発には大勢の患者を対象に臨床試験を実施してデータを集めなければならない。被験者の確保や煩雑な審査手続きがネックとなって日本の製薬会社は欧米に後れを取っていると以前から指摘されている。審査手続きを簡素化するためには規制緩和が必要だが、製薬会社の法令順守の精神、ミスや不正をチェックする管理体制の整備が大前提であることは言うまでもない。

競争力を高めるために製薬会社の合併が相次ぎ、各社の主力製品の特許が切れる「2010年問題」が目前に迫っていることも不正の背景にあると指摘されている。二度と薬害の悲劇を起こさないよう、業界全体で他山の石とすべきだ。

読売新聞 2010年04月15日

製薬会社処分 医薬品の信頼回復に努めよ

薬害被害者から改めて怒りの声が上がるのは当然だろう。

厚生労働省は、田辺三菱製薬の子会社が新薬の試験データを組織的に改ざんしたとして、田辺三菱と子会社に業務停止を命令した。

何回も合併を重ねている田辺三菱の前身企業の一つに、薬害エイズと薬害肝炎を引き起こしたミドリ十字がある。田辺三菱グループは、薬の安全性にはひときわ真摯(しんし)に取り組む責任があるはずだ。

にもかかわらず、子会社の「バイファ」は新薬の承認・販売に必要な試験で、問題化しそうなアレルギーのデータを差し替えるなど16件の不正を行っていた。

バイファ社員の内部通報でこれを知った田辺三菱は、昨年3月に不正を公表して自主回収した。

田辺三菱が設置した第三者委員会の調査報告書によると、バイファ社は新薬のための工場を建ててしまったことなどから、承認の遅れを避けたかったと見られる。

投与された人に健康被害は確認されていないというが、だからといって許されるものではない。

田辺三菱もバイファ社と共同で新薬の承認申請をしており、不正を見逃した責任は重い。製薬大手の業務停止は異例だが、医薬品の信頼を根本から損なうような不祥事だけに、当然の処分である。

バイファ社は旧ミドリ十字が設立した子会社で、幹部社員も多くが旧ミドリ十字の出身だった。問題の新薬開発も旧ミドリ十字が始めたプロジェクトだ。

今回の不正を、薬害エイズ事件などで明らかになった前身企業の安全軽視体質が、いまだ残っていた結果と見ることもできよう。

しかし、背景には業界全体に共通する要素も横たわっている。

製薬業界では今年以降、大きな収益を上げてきた薬が続々と特許切れとなる「2010年問題」に直面している。生き残るためにはできるだけ早く、新薬を開発することが必須だ。

また、調査報告書は、旧ミドリ十字が抱えていた不祥事や懸案への対処は同社の出身者を中心に行われたために、全社的な対応が遅れたとも指摘している。親会社が合併を繰り返し、子会社の監督が不十分だった。

内外で厳しい競争にさらされ、合併・再編が相次ぐ製薬業界だけに、今回の不祥事を人ごとで済ますわけにはいかないだろう。

医薬品は命に直結する。田辺三菱は無論だが、業界全体でも再発防止に取り組み、日本の薬に対する信頼を守ってもらいたい。

産経新聞 2010年04月15日

田辺三菱業務停止 問われる薬事行政の信頼

田辺三菱製薬の子会社がやけどなどの治療薬の治験(臨床試験)データを改竄(かいざん)した問題で、厚生労働省が両社に異例の業務停止処分と業務改善を命じた。

子会社は薬害エイズ事件や薬害肝炎問題を引き起こした旧ミドリ十字が設立した企業だ。「再び薬害を起こさない」という誓いは、裏切られた。

薬の製造・販売のための「承認申請」の信頼を失いかねない問題だ。薬事行政を所管する厚労省にとっても監督・指導のあり方が問われる重大事である。

厚労省や製薬業界は、今回の問題を一製薬企業の不祥事として済ませてはならない。どのように改竄や捏造(ねつぞう)が行われたかなどを徹底検証し、再発防止に立ち上がることが求められる。

厚労省の説明だと、田辺三菱の子会社は、治験や市販後の品質管理において不純物の量や無菌試験のデータなど計31項目の検査でデータの差し替えや捏造を行い、16項目が薬事法に抵触していた。

不正行為は子会社の幹部の指示で、20人ほどが組織的に関与していた。その多くは、旧ミドリ十字出身者だったという。

厚労省は改正薬事法に基づき、「親会社は子会社の不適切な行為を漫然と見逃した」として田辺三菱製薬も処分した。当然である。しかし、薬害事件で指弾された関係者が再びこのような問題を起こしたという点では、処分は軽すぎるのではないか。

今回の問題は一昨年12月24日、子会社から田辺三菱製薬側に連絡が入ったという。その後、3カ月後の昨年3月17日になって初めて厚労省に報告があり、同月24日に自主回収が公表された。報告も処分も遅すぎた。

承認申請を受け付けた厚労省や審査を担当した医薬品医療機器総合機構も、治験内容を厳しくチェックすべきだった。

薬害エイズでは汚染された血液製剤の投与を受けた血友病患者がエイズウイルスに感染し、500人以上が亡くなった。旧ミドリ十字の歴代3社長や元厚生省生物製剤課長、元帝京大副学長の計5人が逮捕起訴され、「産・官・学」の刑事責任が追及された。

今回は薬害までには至らなかったが、全体の構図は薬害エイズ事件に共通する部分もあるのではないか。製薬会社、厚労省、医師は人の命を預かっていることを改めて肝に銘じるべきだ。

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