毒ぶどう酒事件 再審の扉は開かれるのか

毎日新聞 2010年04月07日

毒ぶどう酒事件 一刻も早い審理が必要

発生から半世紀近くがたった「名張毒ぶどう酒事件」で、最高裁が奥西勝死刑囚(84)の第7次再審請求について、名古屋高裁で審理をやり直す決定をした。

再審開始決定を取り消した名古屋高裁決定(06年)について、「審理不十分」と批判しており、再審開始の可能性に道を開いたものだ。

この事件で司法判断は無罪から死刑、再審開始から再審取り消しへと揺れている。奥西死刑囚は高齢だ。一刻も早く最終的な結論を出すように、弁護側、検察、裁判所は努力しなければならない。

61年3月、農薬入りの毒ぶどう酒を飲んだ5人が死亡、12人が重軽傷を負った事件である。

第7次請求審では、奥西死刑囚が混入したと自白した農薬の成分が、飲み残しのぶどう酒から検出されなかった捜査段階の鑑定結果の評価が争点になった。

死刑を言い渡した名古屋高裁判決(69年)は「成分が検出されないこともある」とし、06年の名古屋高裁決定も同様の判断をした。

これについて最高裁決定は「科学的知見に基づく検討をしたとはいえず、推論過程に誤りがある疑いがある」と指摘した。

鑑定を科学的に突き詰めて事実解明する作業が不十分だったということだろう。DNA鑑定の再鑑定に消極的で、再審開始を大幅に遅らせた足利事件を思い起こさせる。

奥西死刑囚の取り調べは、発生翌日から逮捕までの6日間で49時間にも及んだという。取り調べ段階で自白したが、起訴当日に全面否認に転じ、今日に至る。捜査段階で供述を強要されたと主張する点も足利事件と共通する。

無罪を言い渡した津地裁判決(64年)、第7次請求審で再審開始を選んだ名古屋高裁決定(05年)では、このような取り調べによる自白の信用性を認めなかった。

プロの裁判官でも自白が真実か虚偽かを見極めるのは難しく意見は割れる。やはり、取り調べの全面的な録音・録画が必要ではないか。可視化の議論にも影響を与えそうだ。

「疑わしきは被告の利益に」との刑事裁判の原則を再審事件でも適用すべきだとした最高裁の「白鳥決定」(75年)を狭く解釈する傾向が90年代以後続いた。だが、再審無罪が確定した足利事件に続き、昨年は茨城県で起きた強盗殺人事件「布川事件」でも無期懲役が確定していた2人の再審決定を最高裁がしている。

それにしても、あまりに長い年月が経過した。鑑定について十分かつ迅速な証拠調べをしてほしい。そのうえで、検察の立証が合理性を欠くならば再審の扉を開くべきだ。

読売新聞 2010年04月07日

毒ぶどう酒事件 再審の扉は開かれるのか

名張(なばり)毒ぶどう酒事件」の再審開始の是非を決める特別抗告審で、最高裁が審理を名古屋高裁に差し戻した。

死刑囚に再審の道を開くかどうか――。この重い判断をするにあたっては、審理を尽くし、事件の根幹に未解明の部分を残してはならない。それが最高裁決定の趣旨だろう。

これにより、犯人として死刑が確定した奥西勝死刑囚の再審が開始される可能性が出てきた。

足利事件を契機に、冤罪(えんざい)を生んだ司法界に厳しい目が注がれている。名古屋高裁には、疑念を招かない厳格な判断が求められる。

事件は1961年に発生した。三重県名張市の公民館で、ぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡し、12人が中毒となった。

奥西死刑囚は「妻と愛人の三角関係を清算するため、ぶどう酒に農薬を入れた」と自白したが、起訴前に否認に転じた。

最大の謎は、事件直後に行われた鑑定で、奥西死刑囚が使ったとした農薬に含まれているはずの成分が、飲み残しのぶどう酒から検出されなかったことだ。

今回の再審請求では、そこが大きな争点となり、最高裁は「事実は解明されておらず、審理が尽くされていない」と、再審開始を認めなかった名古屋高裁の判断を批判した。

仮に、ぶどう酒に混入されたのが別の毒物であれば、奥西死刑囚の自白の信用性が崩れることになる。それを考えれば、最高裁の判断は妥当なものといえる。

それにしても、これほど複雑な経過をたどってきた裁判は、極めてまれである。1審は無罪としたが、2審は死刑を言い渡し、72年に最高裁もそれを支持した。

奥西死刑囚の7度目の再審請求に対し、名古屋高裁は2005年、再審開始を認めたが、翌年に同高裁の別の部がこれを取り消した。今回の決定の結果、審理は再度、高裁に戻ることになった。

最高裁の裁判官の一人は、「事件発生から50年近くが経過し、差し戻し審での証拠調べは必要最小限に限定することが肝要だ」との補足意見を示した。

拙速な審理は禁物だが、奥西死刑囚が既に84歳であることを考えれば、当然の指摘である。

「疑わしきは被告人の利益に」というのが、刑事裁判の鉄則だ。まずは再審を開始し、その法廷で詳しい証拠調べをすべきだとの声も多い。この裁判は、依然としてハードルが高い再審決定のあり方を考える契機となろう。

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