ロシアのテロ 世界の火薬庫にするな

朝日新聞 2010年04月02日

ロシアのテロ 世界の火薬庫にするな

テロの呪縛からロシアは逃れられないのか。そんな思いにすらかられる。独立運動と弾圧がお互いに過激化した果てに、抜き差しならない状況に陥ってしまっている。

通勤客であふれた首都モスクワの地下鉄で爆発が起き、ロシア南部の北カフカスでイスラム統一国家の樹立を目指す武装勢力が犯行声明を出した。2日後には北カフカスで治安機関を狙った爆破テロがあり、死者は二つの事件で50人を超えた。

2000年代の前半、チェチェン共和国の独立派イスラム武装勢力がロシア国内の劇場や学校で引き起こした大規模な無差別テロは記憶に新しい。

そのチェチェンでは、10年にわたる大規模な掃討の末に独立派武装勢力を抑え込んだとして、ロシアのメドベージェフ大統領が昨年4月に「対テロ作戦」の終了を宣言した。だが、今回のテロは、ロシアが今も深刻な脅威にさらされていることを示した。

実際、首都では04年から大きなテロがなかったものの、北カフカス一帯では発生件数が08年からの1年間でほぼ倍増している。

事態を深刻にしているのは、北カフカスの武装勢力の性格の変化だ。

ロシアからのチェチェン独立を求めていた勢力は、湾岸諸国などのイスラム過激主義の影響を受け、むしろ北カフカスにイスラム法に基づく統一国家の樹立を目指すテロ組織に変容した。

背景に、ロシア側による過剰な武力行使があることは否めない。多くの住民の犠牲や違法な長期拘束などの人権侵害がテロの土壌となったのは間違いない。ロシアで最も深刻な貧困や失業、地元政府の腐敗なども、武装勢力の過激化を促したようだ。

どんな理由であれ、無防備な市民を標的にするテロが許されるはずはない。しかし、ロシアが、これまでの強硬一本やりの対策を続けるだけで、こうした組織を完全に抑え込めるとも思えない。過酷な弾圧で住民が「自分たちの国」の実現に深く絶望すれば、自爆さえいとわずに「神の国」に傾斜する。そうなってしまえば、テロ撲滅はますます困難になる。

テロに効果的な対応ができず、さらに悪化するようなら、ロシアが課題とする経済の資源依存からの脱却や法治国家の建設なども大きくつまずく。

犯行声明を出した組織は、アフガニスタンなどのイスラム教徒らとの連帯や反米英、反イスラエルも掲げる。国際テロ組織アルカイダとのつながりが強まるようなことになっては、北カフカスが世界の火薬庫となる恐れも現実味を帯びる。

メドベージェフ大統領は最近ようやく、北カフカスでのひどい貧困や腐敗の改善が必要だと強調し始めている。言葉で終わらせてはならない。

毎日新聞 2010年04月03日

モスクワ連続テロ 憎しみ和らげる努力を

モスクワ中心部での地下鉄連続爆破事件で100人以上が死傷した。女性2人の自爆とされる無差別テロだ。日本の地下鉄で起きたとすればと想像し、許し難い卑劣な蛮行であることを実感する。

犯行声明では、ロシア南部の北カフカス地方を拠点とする武装勢力の指導者が「チェチェン共和国住民虐殺への報復だ」と主張し、テロ継続を予告した。この時期、北カフカスでは警察官を狙った連続自爆テロが起き、10人以上が死亡している。

犯行声明の真偽は不明ながら、はっきりしたのはメドベージェフ大統領と事実上の最高権力者と目されるプーチン首相の政権が、テロを防ぎきれていない現実だ。北カフカスは4年後に冬季五輪の開催地となるソチに近い。五輪を守る意味でも治安の向上に努めてもらわねばならないが、そのためには強硬策ばかりでなく、テロの根源にある「憎悪」を和らげる対策こそ必要ではないか。

憎しみの淵源(えんげん)は帝政ロシアのチェチェン併合やスターリン時代の圧政にまでさかのぼるが、直接的にはソ連崩壊後のチェチェン独立の動きと軍事介入を背景とする。この過程でプーチン氏はロシア軍をチェチェンに進攻させ、数年がかりの作戦で独立闘争をほぼ制圧した。

しかし、宗教的には比較的穏健なイスラム教徒だった武装勢力は、追い詰められて原理主義過激派の思想と手法を受け入れ、無差別テロに打って出た。チェチェンを逃れて周辺の北カフカス諸共和国に浸透し、国際テロ組織「アルカイダ」とも何らかの関係があるという。

ここ10年ほどの間に、ロシアでは悲惨なテロが何度も起きた。世界を驚かせたモスクワでの劇場占拠事件や北オセチア共和国の学校人質事件など、武力鎮圧と大量の死傷者を伴った大型テロだけではない。地下鉄や列車、路線バスなどを標的にした爆弾テロも相次いだ。プーチン氏の出身地であるサンクトペテルブルクとモスクワを結ぶ特急列車も2度の爆破テロに遭った。

チェチェンではかつて、住民の大半がロシア軍に反感を抱き、武装勢力を物心両面で支援していた。この構図が、今の北カフカス住民とロシア政府、過激派勢力の間に生じればテロ防止は至難の業だ。

プーチン氏はモスクワの地下鉄爆破を受けて「テロリストは抹殺される」と語った。しかし過激な掃討作戦で一般住民に被害が出れば、憎しみは増幅する。逆に、住民の不満が強い貧困、失業、汚職などを改善すれば、生活向上や平和への希望が強まり、過激派のスカウトに応じてテロ実行犯になる人々も減るだろう。そんな方向での努力を期待したい。

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