朝日新聞 2010年03月28日
ギョーザ事件 影落とす成長のゆがみ
「中国当局の大変な努力の結果、ここまでこぎ着けていただいた」。中国製冷凍ギョーザ中毒事件で容疑者が中国の捜査当局に拘束されたのを受けて、岡田克也外相はこう語った。
被害の判明から2年余り、ずっと日中関係のトゲとなっていた事件の捜査進展に対して、関係者から安堵(あんど)の声があがるのは自然な反応だろう。
「警察当局が怠らず入念に捜査した結果だ」という中国外務省の説明も、その通りに違いない。とはいえ、真相解明にはほど遠い。また、食の安全という問題もこれで解決したわけではない。とても一件落着と納得できるものではない。
拘束されたのは、ギョーザ製造元の「天洋食品」で臨時工員をしていた男性だ。中国国営新華社通信によれば、給与と他の社員に対して不満があり、報復するため、毒物をギョーザに混入したという。
日中関係のなかで、日本側が東シナ海の開発問題と並ぶほどに重視してきたギョーザ事件の捜査の節目にしては、ずいぶん簡単な報道ぶりだ。共産党中央機関紙の人民日報は容疑者拘束の記事を掲載しなかった。
中国側が報道を抑制的にしているのは、外交問題にかかわるからだけでなく、事件そのものに社会のゆがみが色濃く反映しているからだろう。
中国では、低賃金で長時間労働させる企業に対して、農民など出稼ぎ労働者が怒りや不満を直接ぶちまける例が後を絶たない。不当な扱いを法的に受け止める制度が整っていないからだ。
天洋食品でも、多くの臨時工員が頻繁な賃金カットやリストラで不満をためていた。ストライキも起きていた。
中国側は捜査内容を詳細に発表することが、暗部の公表につながり、社会の安定を損ねると思っているのではないだろうか。しかし、ゆがみをただすには、都合の悪い、みっともないことに向き合わなければなるまい。
また、今回のように、不満が直ちに品質を損ねることにつながるという簡単な説明を、内外の消費者は素直に受け入れることはとてもできない。
過酷な条件で労働者を使い、安価な商品を輸出して成長する。こんな中国の成長パターンは当然ひずみをはらむ。にもかかわらず、日本側は低価格に目を奪われ、安易に中国食品を輸入してきたのではないか。また、食品の安全確保を中国側まかせにしすぎていなかったか。作り手の実情を見ないまま消費する危うさを、ギョーザ事件は教訓として残した。
事件を受けて、日中間では閣僚級の枠組みとして「日中食品安全推進イニシアチブ」に合意している。それを当局者が推進するのは当然だが、支えになるのは生産や販売、消費にかかわる人々の相互信頼関係だ。
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毎日新聞 2010年03月28日
ギョーザ事件 中国は納得いく説明を
千葉、兵庫で10人が被害を受けた中国製冷凍ギョーザによる中毒事件の容疑者を中国の警察が逮捕した。
製造元の河北省の食品会社の元臨時従業員の中国人の男で「長期間働いても正社員にしてもらえなかった」などと動機を供述し、有機リン系殺虫剤メタミドホスが付着した注射器2本も押収したという。
07年12月に日本国内で最初の被害が出てから2年以上がたつ。日中間の懸案の一つだっただけに、容疑者逮捕まで時間がかかり過ぎたと言わざるを得ない。
日本の消費者の中国製食品に対する不安は高まり、今も続く。中国政府は、逮捕に至る経緯や取り調べで判明した内容をまず公表してほしい。それが信頼回復の第一歩だ。
事件では、冷凍ギョーザを食べた3家族10人が嘔吐(おうと)や下痢など激しい中毒症状を訴え、9人が入院した。女児は一時、重体に陥り、今も通院を続ける被害者もいるという。
08年1月末の発覚と同時に、製造元の冷凍食品の回収にとどまらず、他の中国製冷凍食品や中国産の野菜までもがスーパーなどの店頭から次々に撤去され影響が広がった。
日本の警察当局は、密封袋の内側からメタミドホスを検出し「日本で混入された可能性は低い」と主張した。だが、中国の警察当局が「中国での混入の可能性は極めて低い」と反論し、当初は言い分が真っ向から対立した。その後、中国でも中毒事件が起き、捜査が続けられていた。
最初の中国側の対応が日本の消費者の不信感を招いたのは間違いない。捜査はなぜ長引いたのか。
一昨年、同じ河北省にある乳業メーカーが製造した粉ミルクに有毒物質メラミンが含まれ、乳幼児多数が腎臓結石になった。社会問題化したその事件も含め、トップの責任をめぐる中国指導部内の権力闘争の影響を指摘する声がある。いずれにしろ、中国側は今後、誠意をもって説明責任を果たしてほしい。
日中間には、犯罪人引き渡し条約がない。しかも、今回は犯行現場が中国国内とみられる。警察庁は、殺人未遂なども視野に入れた日本での被害に相当する罪で容疑者を罰するよう今後、捜査協力していくことになりそうだ。
03年に福岡市の一家4人が中国人の元日本語学校生らに殺害された事件では、帰国した元学生2人を中国の警察当局が逮捕し、日本の捜査員が取り調べに同席した例もある。警察庁は、中国サイドと情報交換を密にして、被害者が納得できるよう対応を尽くしてほしい。
日中両政府は1月末、「食の安全」に関する覚書を交わす方針を決めた。一層の再発防止策が求められるのは言うまでもない。
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読売新聞 2010年03月28日
ギョーザ事件 容疑者逮捕でも不信は残る
中国製冷凍ギョーザによる中毒事件が、発生から2年余にして急展開を見せた。中国の警察当局が、製造元の臨時従業員だった男を逮捕した。
容疑者を特定した捜査は、評価していいだろう。毒物の有機リン系殺虫剤メタミドホスが、日中のどちらで混入されたかという問題にも、これで決着がついた。
容疑者の男は賃金や同僚の従業員への不満から毒物を混入させたと供述しているという。毒物の入手経路や具体的な犯行手口も突き止めなければならない。
日本国内で被害が出た事件であり、本来なら刑法の国外犯の規定を適用し、日本に身柄を移して取り調べるべきなのだが、中国とは犯罪人引き渡し条約がない。このため、今後は中国側に代理処罰を求めることになる。
まずは、事件の全容を解明する必要がある。中国側は捜査資料を日本側にも提供し、連携して今後の捜査を進めてほしい。
それにしても、中国側が当初から中国で混入されたと真正面から受け止め、しっかり捜査していれば、もっと早期の解決も可能だったのではないか。
中国公安省は事件直後、「中国国内で混入された可能性は極めて小さい」と言い切っていた。「生産工程や輸送過程で混入された状況はなかった」「工場は集団作業で監視カメラもあり、混入は難しい」と理由を挙げていた。
外交上の利害得失や思惑を優先させ、日本側に責任転嫁して、正当性をごり押ししたと見られても仕方がない。
警察庁は科学鑑定の結果、検出されたメタミドホスは不純物が多く、日本国内では流通していないものであることや、袋の外側から内側へは浸透しないことがわかっていた。中国側の主張に即座に反論したのも、当然だった。
日本の消費者の間に、中国からの輸入食品に対する安全性への疑念が募った事件である。冷凍食品全体の買い控えにも発展し、日本の食品会社が大打撃を受けた。
中国食品では有害物質メラミンの汚染も問題になった。中国政府も食の安全と品質について管理を強化し始めているという。内外での批判の高まりから、看過できなくなったのだろう。
容疑者逮捕は不信を拭う一歩にすぎない。問題を隠蔽する体質を改めることも重要だろう。
日本としても、輸入食品の監視体制を充実させる一方、中国側に対し、食の安全対策の徹底を繰り返し求めていくべきだ。
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産経新聞 2010年03月28日
中国毒ギョーザ事件 全容を解明し不安なくせ
中国製冷凍ギョーザ中毒事件で、新華社通信が36歳の男を拘束したと伝えた。ギョーザ製造元の臨時従業員で、給料や待遇など個人的不満から注射器でギョーザに有機リン系殺虫剤メタミドホスを注入したという。
事件では日本の3家族計10人が中毒を起こし、女児が一時意識不明の重体となった。食の安全をめぐり、日本社会に与えた不安とショックは計り知れないものがあった。中国食品に対する消費者の警戒はいまも続いている。それだけに、中国には背景も含めた事件の全容解明を強く求めたい。
今回の拘束について、鳩山由紀夫首相は中国側の努力を評価する見解を示した。だが、これまでの中国側の不誠実な対応を考えると、手放しで歓迎するのはどうか。中国人が容疑者という以上、日本への謝罪や賠償問題などを政府はきちんと処理すべきだ。
事件は不明な点が多い。単独の犯行なのか。拘束はいつだったのか。犯行から2年以上も経過しているが、どう注射器を押収したのか。中国は事実関係をきちんと公表してほしい。
警察庁は中国の警察当局と公式非公式合わせて約30回も捜査協議を続けてきたが、連絡はどうだったのか。日中間では犯罪人引き渡し条約が結ばれていないため、容疑者は中国で処罰される。ただし、刑事共助条約で、警察庁は捜査に協力できる。捜査情報の提供を強く要求すべきだ。
それにしてもなぜ、もっと早く、犯人を割り出せなかったのか。中国の警察当局は早い段階でギョーザ製造元の従業員を疑い、数人を事情聴取していたとも伝えられていた。
これまで、岡田克也外相は外相会談を通じて「事件をうやむやにしてもらっては困る」との立場を明確にしてきた。捜査状況の報告を求めるなどの主張を続けてきたことも影響したのだろう。
近く食品の安全に関する日中間の覚書も結ばれる。今後の真相解明を中国任せにするのではなく、日本政府も積極的にかかわっていくべきである。
日中関係はこの事件以外、東シナ海のガス田開発などの懸案がある。中国側は一昨年6月の日中両政府の合意に反し、単独で開発を進めている。軍備増強にも邁進(まいしん)している。建設的な日中関係にするためには中国側がより大きな責任を担っている。
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