性犯罪と裁判員 被害者に配慮した審理を

毎日新聞 2009年09月05日

性犯罪公判 スティグマを消そう

「ドアを閉める音や廊下を歩く音を聞くだけで心臓がドクドクしたり、ブルブル震えたり、涙がひとりでに出てくる」「道を歩いていると誰かにあとをつけられている気がして不安になる。また同じ事件に遭わないか心配で、何度も後ろを振り返ったり、怖くなってコンビニに入ったりしたことは数え切れない」

青森地裁で開かれた裁判員裁判で強盗強姦(ごうかん)の被害にあった女性2人はそう証言した。性犯罪は裁判員裁判の約2割を占めるが、被害者のプライバシー保護の観点から市民が審理することには異論も強かった。しかし、性被害者の生々しい苦しみを裁判員が受け止めた意義は小さくない。判決は求刑通り懲役15年が言い渡された。性犯罪の実相を知り、被害者への理不尽な偏見を一掃する機会にしたい。

今回、青森地検は裁判員の候補者名簿を被害者に見せて知人がいないかを事前に確認し、裁判所も裁判員選任手続きで事件の概要を説明する際、被害者の実名を伏せ、住所も詳しくは述べなかった。公判でも事件現場の写真や図を示す際には傍聴席から見ることのできる大型ディスプレーの電源を切った。被害者の意見陳述では精神的負担を軽くするためビデオリンク方式が採用され、傍聴人と被告には音声しか聞こえないようにした。

ただ、6人の裁判員のうち男性が5人を占めたこと、検察による供述調書の朗読で性的暴行の状況が詳細だったことなどから、被害を届け出るのをためらう人が増えるのではとの懸念も指摘された。

一方、裁判員からの質問は、検察があまり踏み込まなかった動機の核心部分を突くなど、改めてプロが独占していた司法の領域に市民の目が入ることの大切さを感じさせた。

性被害をめぐっては「恥ずべきもの」「被害者にも落ち度があるのでは」などいわれのない非難や誤解が根強く、多くの被害者が泣き寝入りを強いられている。心身に重い後遺症を引きずり、世間の偏見から逃れるようにして生きている人も多い。恥ずべきは被害者ではない。性犯罪の卑劣さや悪質さについてもっと共通認識を深めなければなるまい。プライバシーには十分に配慮しなければならないが、安易にタブー視して目をそらし続けている限り、性被害のスティグマ(不名誉な烙印(らくいん))を消し去ることはできない。

性被害者の肉声がこれだけ広く国民に伝わったことはこれまでなかったのではないか。まだ3件目だが、裁判員裁判は単に法廷内の改革にとどまらず、捜査や報道や国民の意識の変革へと広がっていく可能性があることを改めて感じる。

産経新聞 2009年09月05日

性犯罪と裁判員 被害者に配慮した審理を

裁判員裁判のもとで初めての性犯罪事件の判決が青森地裁であり、強盗強姦(ごうかん)罪などに問われた被告に求刑通り懲役15年が言い渡された。性犯罪に厳しい市民感覚を示した判決といえよう。

被害者女性のプライバシーを最大限に保護しながら、審理が進められたが、性犯罪事件の裁判の問題点や課題も浮かび上がった。今後、同種事件の裁判員裁判を定着させるためにも、徹底した検証が必要だろう。

性犯罪裁判は被害者のプライバシーに配慮しながら、真相を解明するという極めて困難な審理を強いられる。最高裁によると、裁判員裁判の対象となる事件は昨年約2300件あったが、このうちの2割を性犯罪が占めた。

性犯罪が裁判員裁判の審理対象となっている以上、被害者のプライバシーを厳格に守りながら、どう審理をすすめていくか、今回の青森地裁の裁判はそのモデルケースになった。

プライバシーを保護するため青森地検は、地裁から送付された裁判員の候補者リストをあらかじめ被害者に開示し、その中に知人がいないかどうか確認している。裁判員を選任する地裁も被害者を匿名にする一方、被害者と接点を持つ可能性のある人が選ばれることのないよう配慮した。

公判での被害者の意見陳述は、別室から映像と音声を流す「ビデオリンク方式」を採用し、被告人や傍聴人との直接対面を避けた。事件現場の見取り図や写真は、裁判官と裁判員だけのモニターにしか映らないようにした。

被害者の女性2人はこの方式に従って証言した。「女性として一番ひどいことをされた」「(出廷は)つらいが、裁判官や裁判員に苦しみ、悲しみを伝えたかった」などと切々と訴えた。

裁判員裁判は「(裁判員に)目で見て聞いて、分かりやすい裁判」を目指す。それだけに犯行状況の立証は詳細にわたり、被害者には耐え難いこともあろう。

このため、性犯罪そのものを裁判員裁判の対象から除外するという意見や、裁判員裁判か、従来の職業裁判官だけの裁判にするかを被害者に選んでもらう制度を提言する専門家もいる。

しかし、裁判員裁判の最大の目的は、一般市民の社会的な常識を判決に反映させるために始まった。試行を繰り返しながら、課題を克服していくべきだ。

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