毎日新聞 2010年03月24日
米医療保険改革 リベラルの意地通す
米国民に祝意を表したいと思う。米下院本会議で医療保険制度改革法案が可決され、米国も事実上の「国民皆保険」に歩みだした。世論調査では歓迎しない人のほうが多い改革のようだが、約4600万人も無保険者がいる状況を放置していてよいはずがなかった。
これまで、国民皆保険をめざす米政府の試みはことごとく失敗してきた。近年ではクリントン政権でヒラリー・クリントン大統領夫人(現国務長官)がチームリーダーとなって導入をめざしたが、議会に一蹴(いっしゅう)されている。米国では「大きな政府」を警戒する気分がまことに強い。
今回も困難をきわめた。経済が低迷するなか、草の根の右派勢力「ティーパーティー」が台頭し、共和党は民主党に同調することが許されない政治状況となった。オバマ大統領はアジア歴訪を延期し、表決寸前まで議会工作に奔走したが、共和党の賛成票はゼロに終わった。辛うじて可決したものの票差はわずかに7票と薄氷の勝利である。
オバマ大統領がこうした政治的冒険に踏み切ったのは、このままでは政治的求心力を失い、中間選挙で大敗しかねないという危機感が背景にあったためだ。「大統領は医療保険改革より経済対策を優先させるべきだ」。それが米国の多数派の声だった。しかし、ここにきてあたふたと方向転換するより、強行突破で指導力を回復する方が得策と大統領は判断したようだ。
2014年から改革が始まるが、3200万人が無保険状態から脱する見通しだ。既往症を理由に保険加入を断ることが禁じられるなど、保険に加入しやすくする。公的保険制度の創設は見送られたので、左派からは不徹底な改革という批判があるが、やはり「歴史的改革」と評すべきだろう。
しかし、費用も巨額で10年間で約85兆円を要する。高額所得者への負担強化などで約12兆円の財政赤字削減効果があるとされるが、米国の財政にはすでに赤字累増の警戒信号がともっている。さらなる負担増大は米国民でなくとも心配だ。そして、議会では与野党のミゾがかつてなく深まっている。
オバマ大統領の「勝利」はこのように極めて苦い。さまざまな政治的打算と妥協の産物でもある。しかし、土壇場で政治的カケに打って出て、とにもかくにも弱者への目配りが持ち味のリベラリズムの意地を通したと言えるだろう。
参院選を前に窮地に立つ日本の民主党政権にとっても、参考になるところの多い政治過程だったのではないか。結局はリーダーシップ。トップが陣頭に立たないと、局面は打開できないのである。
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読売新聞 2010年03月23日
医療保険法可決 オバマ米大統領の執念実る
米下院本会議で、医療保険制度改革法案が219対212の賛成多数でかろうじて可決された。オバマ大統領の署名で成立する。
事実上の国民皆保険制度につながる重要な改革だ。法案成立を最優先してきた大統領にとって、大きな得点と言える。
米国は、先進国の中で唯一、国民皆保険制度がない。いかなる医療保険にもカバーされていない無保険者は、人口の15%を超える。医療費は、年間2兆2000億ドル(約200兆円)で、国内総生産(GDP)の16%に上る。
無保険者を救済すると共に、医療費の高騰を抑えることは、米民主党の長年の政策課題だった。
今回の法案は基本的に、昨年、上院で可決された内容だ。
3200万人を新たに保険に加入させ、加入率を95%に引き上げる。そのため、低所得者向けの公的医療保険の対象を拡大し、中低所得者への補助金・減税措置で保険料負担軽減を図る。
一方で、高額保険加入世帯への課税、高齢者向け公的医療保険の支出削減など、財源やコスト削減策も盛り込んでいる。
改革の実施にあたり、今後10年で9400億ドル(約85兆円)の財政支出が予定される。コスト削減などで財政赤字は膨らまない計算というが、問題もはらむ。
16年前、オバマ政権同様に「変革」を掲げたクリントン政権の医療保険制度改革は、挫折した。保険料負担増大を嫌う中小企業や、連邦政府の規制強化を嫌う保険業界の反対で、民主党内もまとめきれなかったためだ。
今回も、反対の声は強かった。オバマ大統領の執念が、押し切った形だ。グアムやインドネシア、豪州への訪問を延期してまで反対派議員の説得に努めた。
だが、薄氷の勝利である。民主党内でも、経済不況下の多額のコスト負担に、財政規律を重視する一部議員らが反対に回った。
共和党は、保険事業への政府介入につながるとして結束して反対した。重要な制度改革法案が、野党議員の賛成なしに成立したのはきわめて異例だ。
オバマ政権の議会運営は、厳しさを増そう。それがオバマ改革の行方にどう影響するか。
昨年6月、下院で僅差で可決された地球温暖化対策法案は、上院で採決のメドすらたっていない。新しい米露核軍縮条約や、核実験全面禁止条約(CTBT)の批准も、公約通り実現できるのか。
大統領の手腕を注視したい。
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