朝日新聞 2010年03月21日
クロマグロ 資源保全へ議論引っ張れ
高級なトロがとれるクロマグロ。日本の市場に出回るその量が半分になる事態は、なんとか回避できた。
絶滅の恐れがあるとして、大西洋・地中海産の国際取引をワシントン条約によって禁止するよう求めていたモナコの提案が、カタールで開かれている条約締約国会議で退けられたからだ。予想外の大差だった。
漁業の対象であるクロマグロを、シーラカンスやジュゴンと同列にワシントン条約の下で規制するのは適当ではない。科学的に資源管理しながら、利用していくべきだ。そういう日本の主張がアフリカやアジアの漁業国などの同調を得た。
この海域のクロマグロはこれまで同様に、大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)が漁業資源として管理していく。
だが安閑としてはいられない。
欧州連合(EU)や米国のように発言力の強いところがモナコ提案に共鳴した。大西洋や地中海のクロマグロが乱獲によって激減しているのは事実だ。これからも国際社会の厳しい視線が注がれるだろう。
もし、ICCATの資源管理がうまく機能しないようだと、ワシントン条約による保護を求める国際世論が再び強まるに違いない。モナコ提案をICCAT体制に対するイエローカードとして受け止めねばなるまい。
ことは大西洋や地中海のクロマグロだけの問題ではない。乱獲が続けば、太平洋のクロマグロやミナミマグロ、メバチマグロなど、他のマグロ類も規制すべきだという声が広がる恐れがあることを肝に銘じておきたい。
ICCATは昨年、大西洋と地中海のクロマグロの漁獲量を4割ほど減らす方針を決めた。今後は、数量の規制をさらに強めるだけでなく、幼魚まで一網打尽にする巻き網漁の禁止を含む、思い切った資源管理策を打ち出してほしい。密漁、不正取引の監視や取り締まりの徹底も欠かせない。
世界最大の消費国である日本には、科学的根拠に基づく規制の議論を引っ張っていく責任がこれまで以上にある。「不正に捕まえたマグロは輸入しない」といった毅然(きぜん)とした態度も求められよう。
厳しい規制によって、クロマグロの刺し身やすしの値段が上がるかもしれないが、それは、マグロを食べ続けるための「必要経費」だと受け入れるべきではなかろうか。
クロマグロに限らず、海の豊かな生態系を未来に残すためには、持続可能な漁業が求められる。
それには「取る人」「買う人」「食べる人」がそれぞれ痛みを分かち合わないと実現できない。四方を海に囲まれ、その恵みを古くから利用してきた日本は、手本を世界に示したい。
|
毎日新聞 2010年03月21日
クロマグロ問題 教訓残した禁輸案否決
カタールで開かれている野生動植物の国際取引を規制するワシントン条約の締約国会議が、大西洋・地中海産のクロマグロを絶滅危惧(きぐ)種として禁輸する案を否決した。日本はこれまで通りクロマグロの漁や輸入を続けることができるが、いくつかの教訓を残した。
反対68、賛成20の意外な大差の背景には、欧米主導の極端な措置に対するアフリカやアジア、中東の発展途上国などの反発があったとみられる。クロマグロを皮切りに、欧米の価値観に基づいて他の魚類や動物までいずれ規制を受けるのではないかとの思いだ。
日本外交がこうした懸念をうまく取り込んだ面もあるだろうが、国際会議や国際政治の場で途上国の発言力、存在感が高まっていることを改めて印象づけた。日本は欧米への追随や連携強化に気を配るばかりでなく、途上国とのつながりを深めることがますます大切だ。そのための援助や協力は、国の財政状況が厳しい中でも、将来への投資として積極的に進めていくべきだろう。
絶滅危惧種にはならなかったが、乱獲でクロマグロの資源量が大きく減っているのは間違いない。減少幅が比較的小さめの推定でも1970年ごろの30万トンが現在は10万トンに減っているという。漁業国であり、最大の消費国でもある日本は重い責任を負っている。
漁業国としては、国際会議で乱獲防止を強く訴え、自らの漁獲枠は順守してきた。しかし、消費国としては、若いうちに捕ったクロマグロをトロの部分が多くなるようイカやサバを与えて太らせる「蓄養」ものを輸入し、回転ずし店やスーパーなどでどんどん消費してきた。大西洋・地中海産の8割は日本で食べているのだ。そんな旺盛な消費意欲が、地中海の沿岸国などを枠を超える不正な漁業に走らせ、ひいては資源管理の空洞化を招いてきた。
クロマグロ消費は「日本人の食文化だ」との声もある。しかし、天然ものならトロの部分は全身の10%程度なのに、人為的に30~40%に太らせた蓄養マグロを空輸してまで食べるのは、伝統的な食文化に根ざしているとはいいづらい。
ワシントン条約の対象として議論されたのをきっかけに、日本は実効性のある厳しい漁業規制、資源管理を主導しなくてはいけない。
また、成熟した国の消費者として、食べ物がどのような経路をたどって口に入り、その結果が生態系や資源量にどんな影響を及ぼすかを考えてみることも必要だ。政府は、そうした啓発にも取り組んでほしい。禁輸案は否決されたが、すべてこれまで通りというわけにはいかない。
|
読売新聞 2010年03月16日
クロマグロ規制 全面禁輸はあまりに強引だ
マグロの中で最高級とされるクロマグロの国内入荷量が、半減してしまうかも知れない。
カタールで始まったワシントン条約締約国会議で、大西洋・地中海に生息するクロマグロを「絶滅危惧種」に指定し、国際取引を禁止するかどうかが協議される。
175の締約国のうち、投票に参加する国の3分の2以上の賛成で禁輸が決まるが、米国に続いて欧州連合(EU)も、27か国が一致して禁輸の支持を決めた。提案を否決したい日本にとって、情勢はかなり厳しい。
日本で消費されるマグロのうち、クロマグロは1割程度だが、大西洋・地中海産はその半分を占める。提案が採択されれば、沿岸国からの輸入はもちろん、日本漁船もこの海域でクロマグロ漁ができなくなる。
国内には約1年分のクロマグロ在庫があるが、禁輸となれば、飲食店や、小売業などへの影響が避けられまい。日本政府は、最後まで締約国の理解を求める努力を続けてほしい。
大西洋クロマグロを管理する国際委員会は、今年の漁獲枠を昨年より4割も減らしている。米国とEUは昨年11月にはこの漁獲枠設定に同意したが、今年に入って態度を変えた。
これに対して日本は、「国際委員会の漁獲規制を守れば、生息数は回復する。希少動物の保護を図るためのワシントン条約を、事実上の漁業規制に使うのはおかしい」と主張している。
日々の食卓にのぼるマグロを、いきなりジュゴンやパンダと同じ絶滅危惧種にするのは強引すぎる。まず、国際委員会による漁獲規制強化を図るのが筋だろう。
密漁の厳格な監視、漁獲数の不正申告の根絶など、禁輸の前にすべきことはまだ、あるはずだ。締約国会議での劣勢を覆すためにも、日本は乱獲防止の先頭に立つ姿勢を示すべきだ。
禁輸が実現しても、大西洋や地中海の沿岸国は領海内でクロマグロ漁ができ、EU域内の流通は制約を受けない。今回の動きは、環境保護を名目にした漁業資源の囲い込みだ、との指摘もある。
日本は、禁輸採択の場合、受け入れを留保して漁を続ける方針だ。欧米の資源囲い込みを防ぐには、やむを得ない選択だろう。
ただ、世界でとれるクロマグロの8割を日本が消費する現状は、見直しが必要だ。クロマグロの独り占めはもはや不可能なことを、消費者は認識せねばなるまい。
|
産経新聞 2010年03月20日
クロマグロ逆転 食卓の危機は変わらない
カタールで開催中のワシントン条約締約国会議で、大西洋クロマグロをめぐる日本の主張が認められた。当初、優勢だったモナコの提案を大差で覆しての否決である。
大西洋クロマグロが絶滅危惧(きぐ)種に指定され、国際的な商業取引が禁止される懸念は、ひとまず遠のいた。だが、これでマグロを食べ続けられる、と胸をなで下ろしていてはいけない。
日本は世界のクロマグロの8割を消費している。大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)などの場で、より適正で厳格な資源管理をリードしていく責務が一段と重くなるだろう。
これまでも日本は、同委員会で漁獲量削減を関係国に働きかけてきた。しかし、それを無視した乱獲が収まらない。今回のモナコ提案には、そうした現実にしびれを切らせた面もある。
漁業先進国として日本が行うべきことは多い。ICCATの決定事項順守を各国に徹底させることも、その一つだ。今のままでは再び、絶滅危惧種指定と輸出入禁止への口実を与えかねない。
ところで今回、どうして賛否の劇的な大逆転が起きたのか。この点をしっかり、検討しておくことが今後のためにも必要だ。
欧州連合(EU)などは、会議前からモナコ案に同調した。日本は、それに反対した。漁業の対象魚にワシントン条約を適用して、いきなり絶滅危惧種に指定するのは不合理だ。日本は会議の出席国にそう訴え、理解を求めた。
この努力が功を奏した部分もある。だが、それだけでは大差で逆転した理由は説明しきれない。中国による途上国への働きかけが大きかったと推測されている。中国もマグロを漁業資源として活用していく立場である。豪州も全面禁輸には反対した。
地球温暖化防止への取り組みや捕鯨問題では日本と対立的な関係にある両国の意向が、大西洋クロマグロに関しては、図らずも一致した結果とみるべきだろう。
日本人の魚食量は、平成18年に肉食量を下回った。その中でのマグロ偏重は、魚食文化の弱体化を示す現象だ。
日本での「魚離れ」とは対照的に、世界では食料資源として水産物の奪い合いが始まろうとしている。今回の騒動にも、その影が見え隠れしている。トロだけではない。食卓そのものが危機に瀕(ひん)していることへの警鐘だ。
|
この記事へのコメントはありません。