終わりの始まりか、再生への通過点か。政権交代から半年。鳩山政権と同様、自民党もまた、正念場である。
鳩山邦夫元総務相が夏の参院選前の新党結成を目指して離党届を出した。与謝野馨元財務相や舛添要一前厚生労働相も、谷垣禎一総裁ら執行部の刷新を求め、それができなければ新党を旗揚げする可能性に言及している。
相次ぐ政治とカネの問題や鳩山由紀夫首相の指導力の欠如で、内閣支持率は下落の一途をたどる。それなのに、自民党の支持率は一向に回復しない。
敵失を生かせぬ執行部への不満や、「このままでは参院選は戦えない」というあせりは、わからぬでもない。しかし、「看板」を掛け替えるだけで党勢が回復するほど、この党が抱えた宿痾(しゅくあ)は生やさしくはない。
長期政権の末期、自民党は総選挙で勝てる「顔」を求め、自分たちが選んだトップを1年刻みでくるくると交代させた。その無定見も、有権者が自民党を見放した一因だったはずだ。
朝日新聞の世論調査では、鳩山政権に失望しつつも、政権交代の実現を肯定的に評価する人が今も7割近い。
自民党政権時代の政治のあり方を拒絶する有権者の意識は揺らいでいない。その冷たい風を、自民党の人々は本当に肌身で感じているのか。「懲りない面々」とでも言うほかない。
鳩山邦夫氏らの動きがどうなっていくのかはわからないが、右往左往しているゆとりは自民党にはない。なすべきことははっきりしている。
民主党の政治とカネの問題を追及するのは当然だが、旧態依然の審議拒否や日程闘争を世論は求めていない。
政治資金規正法改正に向けた与野党協議には、堂々と応じたらいい。身を切るつらさを伴うだろうが、むしろ企業・団体献金の禁止を、個人献金を軸にした新しい政治のありようにつなげるくらいの構想力が欲しい。
何より大切なのは、民主党に対抗しうる理念、政策の組み立て直しだ。官僚機構に頼ってきた政策づくりを、政治の手に取り戻し、一から練り直す。熾烈(しれつ)な党内論争が避けられまい。それを恐れている場合ではない。再生への産みの苦しみと覚悟すべきである。
そのうえでの「看板」論争ならば、まだしも有権者の理解を得られよう。
世論調査では、いまの自民党が野党としての役割を十分果たしていないとの回答が約8割に達した。
今回のような混迷が続き、さらに有権者の失望が募れば、鳩山政権への幻滅と合わせ、政党政治そのものに対する不信やしらけにつながりかねない。
政権党をチェックし、失策があれば、いつでもとって代わる。そんな強力な野党の存在が、政権交代時代には不可欠だ。その役割を担えないなら、自民党の居場所はない。
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