参院選 社会保障の将来 給付と負担の全体像を

朝日新聞 2016年06月19日

参院選 社会保障の将来 給付と負担の全体像を

たくさんの猿を飼っている人が、家計が苦しくなって餌のトチの実を減らすことにした。朝は三つ、夕方に四つ与えると言うと猿たちが怒ったので、朝に四つ、夕方は三つにすると言ったら喜んだ。

「朝三暮四」の由来になった中国の寓話(ぐうわ)だ。目先を変えて言いくるめるたとえである。

参院選での社会保障をめぐる議論もさながらこの話のようだ。各党は選挙公約で「充実策」を競い合う。その先にある「痛み」を覆い隠すように。

だが、そんなその場しのぎは有権者に見透かされるだろう。むしろそうした姿勢が、制度への不信や将来への不安を高め、消費を冷やし、経済低迷の一因となっているのではないか。

「子育て世帯を支援していく決意は揺らぎません」。消費増税の再延期を表明した記者会見での安倍首相の言葉だ。

「アベノミクス」の成果と誇る税収の増加分を使い、保育や介護の「受け皿」を増やし、保育士と介護職員の賃金アップに優先して取り組むという。

■財源危うい「充実」

だが、保育所を増やせば運営費として毎年約1千億円がかかる。保育士や介護職員の待遇改善には年に約2千億円が必要とされる。景気次第の税収増は、安定した財源とは言えない。

そもそも子育て支援では、「税と社会保障の一体改革」で決めた施策が置き去りになっている。消費税収などを財源に保育士の配置を厚くするといった充実策を進めるはずなのに、いまだに財源のあてがない。

子育てだけではない。低所得者の介護保険料の負担を軽くする、無年金の人を減らすといった対策も、消費増税の再延期で宙に浮いている。

国民は今、さまざまな不安を感じている。子育て、医療や介護、雇用、貧困・格差の拡大……。これらを解消していくために社会保障を立て直す。そのために必要な財源を確保する。一体改革で示した対策は国民への「約束」であり、いずれも喫緊の課題ではなかったのか。

約束をなし崩しにしているのは、首相が率いる自民党だけではない。一体改革をともにまとめた公明党や民進党も消費増税の延期に賛成し、安定した財源のめどがないままにもっぱら充実策を言っている。

置き去りになっているのは、充実・強化の約束だけではない。少子高齢社会のもとで制度をどう維持していくかという議論が一向に聞こえて来ない。

■高まる抑制の圧力

日本の総人口が減っていく一方で、2025年には「団塊の世代」が75歳以上になり、社会保障費は増えていく。医療費は今より約1・4倍、介護費は約1・9倍に膨らむと見込まれている。

国の財政は国債発行という将来世代へのつけ回しに頼っており、国の借金は1千兆円を超えてなお増え続ける。社会保障費は政府予算の約3割を占め、財政難と表裏の関係にある。

一体改革では、消費税の増税分をすべて社会保障に充てるとされたが、その大半は借金が増えるのを抑えるのに使われ、新たな「充実策」には約1%分しか回らない。社会保障を支える財政の状況はそれほど厳しい。

さらに、消費税率を10%にしてもそれだけでは借金の増加は止まらない。安倍政権は、社会保障費の毎年度の増加を高齢化に伴う「自然増」程度に抑える目標を掲げている。

そのための方策として、高齢者の医療費の負担増、介護保険の利用者負担の引き上げ、要介護度の低い人へのサービスの見直しなどが検討課題に挙がっている。しかし本格的な議論は参院選後に先送りされた。

■政治の役割は何か

選挙では充実ばかり唱え、終わった途端に負担増や給付減を言い出すのか。そんなやり方は、政治や社会保障への国民の不信を強めるだけだろう。

制度のほころびを繕い新たなニーズに対応する。全体の費用はできるだけ抑えていく。これをどう両立させるのか。

経済的に余裕のある人には、高齢者であっても負担を求める流れは加速するだろう。だが、それにも限界はある。これ以上の給付の抑制・削減が難しければ、国民全体でさらなる負担増も考えねばならない。

既存の制度をどう見直し、限りある財源をどこに振り向けるのか。必要な財源をどうやって確保していくか。選択肢を示し、合意を作っていくことは、まさに政治の責任だ。

税・社会保障一体改革は、与野党の枠を超えて「給付」と「負担」の全体像を示し、国民の理解を得ようとする「覚悟」だったはずだ。

だが、参院選に臨む3党の姿勢は一体改革の土台を自ら掘り崩すかのような惨状である。

このままずるずると「一体改革前」へと後戻りしていくのか、それとも踏ん張るのか。3党の責任はとりわけ重い。

読売新聞 2016年06月20日

社会保障 「痛み」伴う改革から逃げるな

◆不安払拭へ責任ある政策論争を◆

超高齢社会に耐え得る社会保障制度を構築するには、給付抑制や負担増など「痛み」を伴う改革が避けられない。

参院選公約で、各党は社会保障の様々な充実策を掲げた。人口減への危機感を反映し、少子化対策を強調している。

反面、医療や年金の維持へ向けた施策は乏しい。改革の全体像が示されなければ、国民の将来不安は拭えない。各党は責任ある政策論争を展開すべきだ。

◆一体改革の理念どこへ

膨張する社会保障費の財源は消費増税で確保し、将来への負担のツケ回しである赤字国債発行には頼らない。子育て支援や介護サービスを充実させ、超高齢社会に適した制度に転換する。

2012年に自民、公明、民主の3党合意で確認した「社会保障・税一体改革」の理念である。

安倍政権の下、消費税率10%への引き上げが2度にわたり延期された。民進党も増税延期では一致する。一体改革の枠組みが揺らいでいることは否めない。

一体改革を維持するのであれば、予定した充実策のうち、何を優先し、何を見送るのか。不足する財源をどう手当てするのか。これらを明確にする必要がある。

自民党は、保育や介護の受け皿を拡大するため、保育士で月平均6000円相当、介護職では月平均1万円の賃金アップなどの処遇改善策を打ち出した。2000億円規模の財源を要する。

安倍首相は、子育て・介護分野に「アベノミクスの果実を充てる」と説明する。税収増を当てにしているのだろう。だが、当面はしのげても、継続的に実施するための恒久財源とは言い難い。

一体改革には、低年金者向けの給付金創設や無年金者の救済策も含まれている。いずれも消費税10%時の実施が法律で決まっている。自民党が公約で触れなかったのは、再増税まで実施を延期するという意思表示と受け取れる。

◆負担の先送り許されぬ

民進党は、保育士の月給を5万円、介護職の月給を1万円、それぞれ引き上げることを掲げた。年金・医療を含めた社会保障の充実は、消費税引き上げを待たずに実施するとも主張する。

岡田代表は、消費増税までの財源不足は赤字国債で賄うと表明している。一体改革の理念を反故ほごにするのだろうか。

雇用政策について、各党の公約には大差がない。雇用形態で賃金差をつけない「同一労働同一賃金」の実現や最低賃金引き上げを一様に訴える。民進党などが掲げてきた政策を、自民党が争点化を避ける狙いで取り込んだ結果だ。

ただ、同一労働同一賃金は、日本の雇用慣行と相いれない部分も多い。残業や転勤の有無、責任の重さなど、正社員と非正規労働者の違いをどう評価して「同一労働」と判断するのか。各党は、具体的な議論を深めてもらいたい。

年金制度の在り方は、かつて大きな争点だったが、今回は各党ともおざなりな扱いだ。中でも、自民党は一言も触れていない。

民進党の公約からは、民主党時代の看板政策だった最低保障年金の創設が消えた。巨費を要し、非現実的と批判されていた。

年金には大きな課題が残る。少子高齢化の進行に応じて給付水準を引き下げる「マクロ経済スライド」の機能強化である。

現在は、デフレ下での実施が制限されているため、04年改革での導入後も長らく発動できず、予定より引き下げが大幅に遅れている。その分は、将来世代の年金を減らして帳尻を合わせる。

将来世代を守るため、経済情勢にかかわらず完全実施する見直しが不可欠だ。この問題に各党がどう対処しようとしているか。若年層が特に注視すべきテーマだ。

公明党や民進党は、非正規労働者への厚生年金の適用拡大を訴える。重要な課題である。

◆見えない医療の将来像

医療制度改革に関する言及が乏しいことも、物足りない。高齢化で膨張する費用を抑制しつつ、いかにして質の高い医療を提供するかが、社会保障制度を持続させる上で最大のポイントだ。

退院支援や在宅診療を拡充し、必要性の低い入院を減らす。高齢者にも経済力に応じた負担を求める。こうした政府の方向性に対し、各党が描く将来像は公約から見えてこない。介護保険制度についても、同様のことが言える。

安定した社会保障制度を次代に引き継ぐ政策を示している党を、今後の論戦の中で見極めたい。

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