三菱マテ和解 形を変えた中国の揺さぶりか

朝日新聞 2016年06月06日

中国強制連行 意義ある和解の決断

一つの民事紛争の和解にとどまらず、日中間に横たわる歴史問題の和解につながる前向きな動きと受け止めたい。

戦時中に日本に強制連行され炭鉱などで過酷な労働を強いられたとして中国の元労働者らが賠償を求めていた問題で、三菱マテリアルが1人当たり約170万円を支払って謝罪の意を示す、とする和解が成立した。

中国の元労働者らはこれまで日本で訴訟を起こしており、請求は認められなかったが、姿勢を転じる日本企業も出てきた。建設会社の鹿島などが和解に応じ、相応の負担をしている。

その中で今回の意義は、規模の大きさにある。想定される対象者が3765人、支払いの総額は最大70億円にも達する見込みだ。当初ばらばらだった元労働者側が統一交渉団をつくったことや、三菱側が問題に区切りをつける方針を明確にしたことが、推進力となった。

中国でのこうした動きを、中国共産党政権の反日攻勢と身構える向きが日本国内にはあるかもしれない。確かに中国側は、日本との間で歴史的に残された問題として戦時中の強制連行・労働などを挙げ、誠実な対応を求めてきた。

一方で市民らが権利意識を高めることを中国政府は警戒しており、民間の活動は監視しつつ慎重に容認するのが実態だ。今回の和解については、民間同士の努力による合意として素直に評価すべきだろう。

1972年の日中共同声明で、中国は日本に対する戦争賠償の請求を放棄した。だから個人レベルを含め請求権問題は解決済み、というのが日本政府の立場で、最高裁もこの点を根拠に請求を退けた。

とはいえ、強制連行・労働は戦時中の日本政府が動員計画をつくり、実行した結果であり、その史実は消えない。日本各地に連れて来られた中国人労働者は約4万人。連行先での死亡者は6千人を超え、労働条件の厳しさは察するに余りある。

当時の関係企業で現存するのは24社とされる。「国策に従っただけ」との釈明から脱し、和解の道を切り開いた企業が出てきた背景には、経営戦略の判断があるにせよ、やはり人道上の問題を認識したからだろう。

これに対して政府は傍観者のままでいいのか。賠償請求権をめぐる問題はともかく、過去に向き合う姿勢を示す方法は様々なかたちで検討の余地があるのではないか。

戦後70年の区切りを過ぎてなお、未解決の問題は残されているのである。

読売新聞 2016年06月06日

三菱マテ和解 形を変えた中国の揺さぶりか

日本企業を相手取った新たな訴訟や賠償請求の動きが中国で広がらないか、懸念される。

戦時中に中国から強制連行され、労働を強いられたとする中国人の元労働者らが三菱マテリアル(旧三菱鉱業)に謝罪と損害賠償を求めていた問題で、双方が和解した。

三菱マテリアルは「歴史的責任」を認めて謝罪を表明した。1人当たり10万元(約170万円)を支払う。働いていたのは3765人で、強制連行を巡る日本企業の和解としては過去最大規模だ。

訴訟の長期化や多額の賠償金のリスクを避けるとともに、中国ビジネスの展開を優先するために、和解を選んだのだろう。

中国側には、日本人弁護士も関与した。強制連行された中国人労働者は約3万9000人で、関係した企業は35社に上るという。

今回の和解を機に巨額の費用負担を迫られるケースが続けば、対中投資に二の足を踏む企業が一段と増えかねない。

中国政府は、1972年の国交正常化時の日中共同声明で、日本に対する戦争被害の賠償請求を放棄すると宣言した。日本政府は一貫して、「日中間の請求権問題は存在していない」との立場だ。

だが、中国政府は、個人の賠償請求権は共同声明では決着していないと一方的に解釈している。

日本の最高裁は2007年、「日中共同声明により、中国人個人は戦争被害について、裁判上の賠償請求はできなくなった」として、中国人の訴えを棄却した。

一方で、関係企業などに「被害者の救済に向けた努力が期待される」とも付言した。不用意だったのではないか。三菱マテリアルの判断にも影響しただろう。

共産党政権の指導下にある中国の裁判所は当初、中国人の訴えを受理しなかった。円借款などで経済発展を支えた日本との関係を重視していたためとみられる。

問題なのは、14年3月、三菱マテリアルの強制連行に関し、北京の裁判所が一部の元労働者らによる訴訟を受理したことである。

習近平政権は、安倍首相の靖国神社参拝などを受け、対日圧力を強める方針に転換したのだろう。今回も和解を黙認することで、歴史問題で日本を牽制けんせいできるとの思惑があるのではないか。

韓国では、戦時中に動員された元徴用工が損害賠償を求めた裁判が続いている。法的に解決済みの問題を中韓両国が改めて蒸し返すことのないよう、日本政府は、警戒せねばならない。

産経新聞 2016年06月05日

三菱マテ「和解」 政府は容認しているのか

第二次大戦中、日本で過酷な労働を強いられたとして賠償を求めていた中国人元労働者に対し、三菱マテリアル(旧三菱鉱業)が謝罪と金銭支払いなどで和解した。

理解できないのは「民間の問題」として、これを容認するかのような日本政府の対応である。

戦後補償問題は、個人補償を含め法的に解決済みだ。この原則を崩してはならない。

三菱マテリアルが元労働者の代表と交わした和解内容は、「痛切なる反省」を表明し、1人当たり10万元(約170万円)を支払うほか、日本国内での記念碑建立(1億円)や行方不明被害者の調査費(2億円)を含む。同社関連で3700人以上が働いていたとされ、全員が賠償を受ければ総額60億~70億円になるという。

しかし、戦後補償問題は、昭和47(1972)年の日中共同声明で中国政府が「日本国に対する戦争賠償の請求を放棄する」とし、解決を明確にしたことを忘れてはならない。

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