わが子の虐待 命は社会が守るしかない

朝日新聞 2010年03月06日

わが子の虐待 命は社会が守るしかない

小さな命がまた奪われた。

奈良県桜井市の5歳の智樹ちゃん。親から十分に食事を与えられずに亡くなった。埼玉県蕨市でも2年前に4歳の力人ちゃんが、親からの虐待で亡くなっていたことが発覚した。

智樹ちゃんの体重は6キロで1歳児の平均に満たなかった。体はやせ細り、紙おむつを着けて寝かされていた。

病院に運ばれ、急性脳症で亡くなった力人ちゃんも歩けないほど衰弱していた。部屋からは大人の怒鳴り声や子の泣き声が響き、「お水をください」と哀願する声が聞こえたという。

育ち盛りの子が両親に見放され、命をそぎ落とされる。そのむごい様子を思うだけで、胸がつぶれる。

育児放棄であり、虐待である。事実であれば許すことはできない。

だが、なぜわが子の虐待が絶えないのか、その背景も考えてみたい。

経済苦や不安定な就労、ひとり親家庭、夫婦間の不和、望まぬ妊娠、育児疲れ――さまざまな要因が、東京都などの実態調査から浮かぶ。そこに共通するのは「孤立」だ。

たとえば、職を失い借金を抱え、生活費や居住費にこと欠いても、かつては親族や友人が頼りになった。

地縁血縁という見えない「安全網」がほころび、相談したり救いを求めたりする場は乏しく、あっても見つけにくい。解消されない苦しみや焦りを抵抗できない子どもたちに向かわせる。そんな姿が浮かびあがる。

虐待された子が成長し、親になったときにまた、わが子を虐待してしまうこともあるといわれる。

親や身近な大人に愛されたり、大切にされたりした記憶がない。信じても裏切られるから信じない。行き場のない孤立感が、わが子への刃(やいば)となる。

親による子どもの虐待が問題になり始めたのは1990年代からだ。その親たちが生まれたのは60年代以降だろう。日本は成長と繁栄を求め、農村から都市へ人が移動し、郊外に住んだ。親と子だけで生活する核家族が増え、地域とのかかわりは薄くなった。

そして、バブルの崩壊と長い不況、格差社会がやってくる。人と人とのつながりはますます細ってしまった。

それにしても、2人の子どもたちを救えなかったものか。自治体や児童相談所がもう一歩踏み出す手立てはないだろうか。近所の人たちの知らせをもっと生かせないか。

虐待を受ける子どもの命は社会が守らなければならない。検証して今後につなげたい。

どんな事情があろうと虐待の罪が軽くなるわけではない。

同時に、相次ぐ親による児童虐待は、日本の社会が長い間に失ったものの大きさを、私たちに厳しく突きつけていないだろうか。

産経新聞 2010年03月07日

子供への虐待 緊密な連携で幼い命守れ

親の虐待で命を失う子供の悲惨な事件が後を絶たない。どうしたらなくせるのか。社会全体で考えていく必要がある。

奈良県桜井市と埼玉県蕨市で相次いで同じような虐待事件が起きた。食事を十分に与えられなかったことが原因で、幼い子が衰弱死した。地域や警察、行政機関を含めて、なすすべはなかったのだろうか。無念というほかない。

桜井市では、5歳の男児が飢餓による急性心不全で死亡した。身長85センチ、体重はわずかに約6・2キロ、関節が浮き出て、骨と皮になるまでやせ細っていた。両親とも逮捕され、母親は警察の調べに、1月ごろから食事は朝食しか与えなかったことを認めている。「夫婦仲が悪く、息子の顔が夫に似ていて憎かった。(暴力は)不満のはけ口だった」と供述した。

蕨市のケースも、とても親とは思えない酷(ひど)さだった。4歳の男児に食事も入浴もさせず、水もとらせていなかった。歩行困難になるほど衰弱させながら、放置した疑いが持たれている。

こうした児童虐待が増え続けている。全国の警察が昨年1年間に事件として摘発した事例は過去最高の335件(このうち死亡28人)にのぼった。この10年間で2・5倍という。暴力を加える身体的虐待が最も多いが、食事を与えないなどのネグレクト(育児放棄)も10件あった。

児童相談所への相談も10年間で約3・7倍に増えた。蕨市の事件の男児はいったん乳児院に保護され、その後、両親が引き取っている。このため月に1度、市や児童相談所の職員が家庭を訪問していたが、父親が子供との面会を拒否するようになる。明確な虐待の事実をつかめないうちに悲劇が起きた。桜井市の場合は、家庭訪問が十分でなかった。

児童虐待防止法は2年前に改正され、児童相談所の家庭への立ち入り権限が強められた。警察官の同行なども求められやすくなったが、さらに強い調査のあり方を検討すべきだ。その際、警察と行政の各機関などが情報を共有し、緊密に連携を取り合い、対応することが重要である。

しかし児童相談所や警察などにだけ任せていては、問題は解決しない。警察も行政も人員が限られており、地域住民や組織の協力が欠かせない。公的機関と地域がそろって虐待防止に取り組み、なんとか幼い命を守りたい。

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