イラク総選挙 宗派抗争への逆戻りはご免だ

朝日新聞 2010年03月07日

イラク総選挙 独り立ちの試練のとき

苦難に苛(さいな)まれた国が生まれ変わろうとするとき、その歴史のページは国民が自分たちの手でめくるしかない。

米国の主導で03年3月に始まったイラク戦争から7年。イラクはきょう国民議会選挙の投票日を迎える。

戦争で旧政権が倒され、米軍占領・駐留が始まると、アラブ・イスラム世界からアルカイダなど反米過激派が結集し、新たな戦場となった。

過激派の自爆テロや米軍による「対テロ戦争」の犠牲者も出た。スンニ派とシーア派のイスラム教徒同士による抗争も激化し、一時は内戦状態になった。イラク戦争以降の民間人の死者は米欧の市民組織の推定集計で10万人以上にのぼっている。

悲劇の引き金は他国によって引かれたのであっても、新生イラクの行方を決めるのは国民以外にいない。この選挙はずたずたに引き裂かれた国民を統合し、社会を再生する営みでもある。

イラク戦争後の総選挙は、05年1月の憲法制定議会選挙を含めて3回目だ。妨害テロなどに揺さぶられながらも、イラクの人たちの努力によって、ここまでこぎ着けた。

今回、治安回復に成果を上げたマリキ首相の率いる会派が最有力とされている。2、3年前までは一寸先も見えない混乱が続いていた国で、政権継続が予測される。安定の兆しが見えてきた証拠とも言える。

政治会派が宗派の違いを超えて形成されていることも注目に値しよう。

過去2回の選挙では、人口の過半数を占めるシーア派が統一会派をつくり、シーア派主導の政権が生まれた。しかし今回はそのシーア派が分裂し、マリキ首相は宗教や宗派を超えた会派づくりを掲げている。

宗派抗争を激化させた勢力から人々の支持が離れる傾向も見える。

多宗教、多民族のイラクをフセイン前政権は強権で束ねていた。その体制が崩壊し、国家分裂の危機に襲われた。今ようやく、多様な宗派や民族を包摂する社会と政治のあり方を探る試みが始まったようでもある。

選挙で生まれる新政権は、今年8月の米軍の戦闘任務終結から来年末の米軍の全面撤退にまで立ち会うことになる。選挙が混乱したり、新政権の成立で紛糾したりすれば、米軍の撤退スケジュールにも影響しかねない。

イラクの民主化は歩み出したばかりだ。宗派や民族間の緊張は高く、暴力が噴き出す恐れが今も消えない。それでも選挙を重ねながら独り立ちへの試練を乗り越えようとしている。

自衛隊が撤収し、日本ではイラクへの関心はあまり高くない。だが、イラクの安定と民主化は世界の安全にとっても重要だ。強権国家が多い中東にとっての希望でもある。イラク国民の選択を見守りたい。

読売新聞 2010年03月06日

イラク総選挙 宗派抗争への逆戻りはご免だ

イラクの国民議会選挙が7日に行われる。

サダム・フセイン独裁政権崩壊後の混乱から立ち直り始めた新生国家が民主主義が根づいたことを証明し、自立への国内協調体制を築けるかどうかが焦点だ。

選挙戦では、宗派間の融和に逆行する動きが目立った。

イスラム教シーア派が主導する政府は、旧政権時代の支配政党だったバース党とのつながりを理由に、スンニ派の有力候補ら百数十人の立候補資格を剥奪(はくだつ)した。

シーア派のマリキ首相は、彼らを「暗闇で暮らしていればいいコウモリ」と呼んだ。

米軍の進攻によって旧政権が倒れるまで、政権の中枢は、イラクでは少数派のスンニ派によって占められ、多数派のシーア派は締め出されていた。その立場が政権崩壊後に逆転した。

この体制転換で公職から追放されたスンニ派の不満と、旧政権時代に膨らんでいたシーア派の怨念(おんねん)が、血で血を洗う宗派抗争を引き起こしたのは記憶に新しい。

推計で10万人を超える死者、200万人以上の難民を生んだ宗派抗争はいま、ようやく幕を閉じようとしている。

宗派間の和解のため、旧バース党員の公職復帰が求められている時でもある。首相の言行は、あまりに軽率と言わざるをえない。

首相が今回、宗派対立を(あお)るような戦術に出たのは、続投に赤信号が(とも)ったからだ。

国民議会の最大会派として結集していたシーア派3政党が、首相派と反首相派連合に分裂した。また、シーア、スンニ両派の宗教色の薄い政治家が手を組んだグループが伸長、第3の極となった。

この第3極にくさびを打ち、人口の6割を占めるシーア派住民の票を最大限に獲得する最も簡単な方法が、過去の怨念を呼び覚ますことだったのだろう。

問題は、その危険な戦術が、イラクの自立が「待ったなし」の状況下でとられたことである。

米軍戦闘部隊の撤退は選挙後に始まり、8月末には完了する予定だ。ピーク時に17万を数えた駐留米軍の兵力は5万に減る。米・イラク間の協定では、残る部隊も来年末までに完全撤退することになっている。

米軍が予定通りに撤退すれば、宗派抗争が再燃しても、それを制御できる存在は、もはやない。

選挙後には宗派を超えた政権づくりを望みたい。国際社会も、脆弱(ぜいじゃく)な民主国家への支援を、まだ放棄してはならないだろう。

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