イラクの国民議会選挙が7日に行われる。
サダム・フセイン独裁政権崩壊後の混乱から立ち直り始めた新生国家が民主主義が根づいたことを証明し、自立への国内協調体制を築けるかどうかが焦点だ。
選挙戦では、宗派間の融和に逆行する動きが目立った。
イスラム教シーア派が主導する政府は、旧政権時代の支配政党だったバース党とのつながりを理由に、スンニ派の有力候補ら百数十人の立候補資格を剥奪した。
シーア派のマリキ首相は、彼らを「暗闇で暮らしていればいいコウモリ」と呼んだ。
米軍の進攻によって旧政権が倒れるまで、政権の中枢は、イラクでは少数派のスンニ派によって占められ、多数派のシーア派は締め出されていた。その立場が政権崩壊後に逆転した。
この体制転換で公職から追放されたスンニ派の不満と、旧政権時代に膨らんでいたシーア派の怨念が、血で血を洗う宗派抗争を引き起こしたのは記憶に新しい。
推計で10万人を超える死者、200万人以上の難民を生んだ宗派抗争はいま、ようやく幕を閉じようとしている。
宗派間の和解のため、旧バース党員の公職復帰が求められている時でもある。首相の言行は、あまりに軽率と言わざるをえない。
首相が今回、宗派対立を煽るような戦術に出たのは、続投に赤信号が灯ったからだ。
国民議会の最大会派として結集していたシーア派3政党が、首相派と反首相派連合に分裂した。また、シーア、スンニ両派の宗教色の薄い政治家が手を組んだグループが伸長、第3の極となった。
この第3極にくさびを打ち、人口の6割を占めるシーア派住民の票を最大限に獲得する最も簡単な方法が、過去の怨念を呼び覚ますことだったのだろう。
問題は、その危険な戦術が、イラクの自立が「待ったなし」の状況下でとられたことである。
米軍戦闘部隊の撤退は選挙後に始まり、8月末には完了する予定だ。ピーク時に17万を数えた駐留米軍の兵力は5万に減る。米・イラク間の協定では、残る部隊も来年末までに完全撤退することになっている。
米軍が予定通りに撤退すれば、宗派抗争が再燃しても、それを制御できる存在は、もはやない。
選挙後には宗派を超えた政権づくりを望みたい。国際社会も、脆弱な民主国家への支援を、まだ放棄してはならないだろう。
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