米大統領選 危うさもはらむトランプ旋風

朝日新聞 2016年03月03日

米国大統領選 分断の政治を憂う

米国の民意はどこへ向かうのか。「トランプ現象」はもはやブームではない。保守層の中で確かな流れになりつつある。

実業家のドナルド・トランプ氏が2大政党のひとつ、共和党の大統領候補指名に向けて着実に歩を進めている。

50州のうち、11州でおとといあった予備選や党員集会でも、ライバルとの差を広げた。この勢いが続けば、党の候補の座を獲得し、11月の大統領選挙に臨むことになるかもしれない。

多くの国の人びとが不安の目を注いでいる。トランプ氏は、米国と世界を覆う難題への冷静な取りくみではなく、むしろ、米国内外の社会の分断をあおる言動を重ねてきたからだ。

やり玉に挙げるのは、メキシコ人であり、イスラム教徒であり、中国や日本でもある。民族や宗教などに標的を定めて攻撃し、テロの心配や雇用難などで怒る有権者の歓心を買う。

そんな扇動的な訴え方が、自由主義の旗手を自負する大国のリーダーとしてふさわしくないのは明らかだ。

トランプ氏は、人種や性問題での差別意識の疑いも漂わせてきた。白人至上主義を唱える団体の元幹部からの支持も、明確に拒む姿勢を見せていない。

もし人種的な意識が潜んでいるならば、危うい時代錯誤だ。米国の人口構成は着実に旧来の「白人」の比率が減り、中南米系やアジア系が増えている。

流入する移民とともに世界の頭脳と活力を吸収する成長力こそ米国の強みであり、実際、米国経済を引っぱる情報技術や金融界での移民の貢献は甚大だ。

多様性を否定するような言動は移民の国としての自己否定であり、トランプ氏が言う「米国の復活」にもつながるまい。

米国民の心情に、政治への強い鬱屈(うっくつ)があるのはわかる。新たな政治を求めて誰かを選ぶというより、旧来の政治を壊すために極端な主張に支持を寄せる現象は近年、他の民主主義国でもめだっている。

経済でもテロ問題でも、一国の有権者には見えにくい地球規模の情勢が、暮らしを左右する時代である。政治家たちが問題のありかを国外に求め、自国優先を唱えれば心地よく響く。それは各国共通の事情だろう。

だが現実には、移民を排し、外国を責め、国を閉じることで問題は何も解決しない。米国にいま必要なのは、多様な国民を統合し、国際社会と手を携えてグローバルな課題に向き合える有能な指導者を選ぶことだ。

秋の選挙に向けて賢明な選択を下すよう米国民に期待する。

読売新聞 2016年03月03日

米大統領選 危うさもはらむトランプ旋風

米大統領選で、民主党と共和党の指名候補を争うスーパーチューズデーの投票が行われた。

10を超える州の予備選と党員集会が集中する序盤戦最大のヤマ場だ。共和党は不動産王のドナルド・トランプ氏、民主党はヒラリー・クリントン前国務長官がそれぞれ多くの州で勝利し、指名獲得に前進した。

トランプ氏は勝利宣言で、「民主党員や無党派層がこちら側に来ている」と述べ、支持層が拡大したことを誇示した。

政治経験のないアウトサイダーの旋風は、とどまるところを知らない。党派対立に明け暮れ、物事が決まらない「ワシントン政治」への有権者の怒りが背景にある。米国に根強い「反知性主義」の表れとも言えるだろう。

「移民の流入を阻止するため、メキシコ国境に壁を築く」「イスラム教徒の入国禁止」「すべての不法移民の強制送還」――。トランプ氏の過激な主張は、既存の政治家には口にできまい。

移民に職を奪われたと憤り、イスラム教を敵視する人々には、既成政治に染まらない斬新な発言として、心に響くのではないか。

トランプ氏に閉塞状況の打破を託す思いは、共和党の幅広い支持者に浸透しつつある。「11月の本選で勝てる可能性が最も大きい候補」との見方も広がってきた。

懸念されるのは、討論会などで政策論争が深まらず、トランプ氏の主張の妥当性や実現性がほとんど検証されていないことだ。

「日本や中国、メキシコを貿易で打倒する」「偉大な米国を取り戻す」といった単純なスローガンの繰り返しは、危うい大衆扇動そのものではないか。

共和党の主流派には、トランプ氏の指名獲得に否定的な声も出ている。だが、それが「既存支配層の介入」と反発を呼び、トランプ支持がむしろ拡大しかねないところに事態の深刻さがある。

クリントン氏は勝利集会で「壁を築くのではない。取り払うのだ」「米国を再び一つにしよう」と語った。トランプ氏との対決を早くも意識しているのだろう。

ファーストレディーや上院議員などの経験と実績がクリントン氏の強みであり、弱みだ。「支配層」に不満を持つ人々がどう評価するかが、選挙戦のカギとなる。

トランプ、クリントン両氏が、環太平洋経済連携協定(TPP)への反対を明言しているのは心配だ。アジア太平洋地域の貿易活性化を目指す協定が、大統領の交代で反故ほごにされてはならない。

産経新聞 2016年03月03日

トランプ現象 「痛快だから」では済まぬ

歯切れがよいといっても、その主張は過激、排他的で、暴言、失言を連発する。大方は早々に自滅すると予想したのだろうが、その勢いは止まらない。

米大統領選に向けた共和党の候補指名争いで、不動産王、ドナルド・トランプ氏が大差をつけて先頭を走っている。

序盤戦最大の山場、「スーパーチューズデー」で、さらに優位に立った。

唯一の超大国、米国の指導者を決めるレースである。世界の将来に大きな影響を与えるだけに不安を覚えないわけにはいかない。

トランプ氏は「貿易で日本、中国、メキシコを打ち負かす」と連呼する。有無を言わせず通商紛争を仕掛けるかのような、内向きで独善的な物言いだ。

テロ事件に関連したイスラム教徒入国拒否の発言に至っては、極めて不適切だ。

その言動をみる限り、アジア・太平洋地域の安定の要である日米同盟の意義を理解しているとは思えない。この人物では、日本の安全保障に悪影響を及ぼすとの懸念も持たれよう。

ヘイデン元米中央情報局(CIA)長官は、トランプ氏が最高司令官である大統領に就任しても「米軍は命令に従わないこともありうる」とまで指摘した。

政治経験のないトランプ氏の人気は、既成の政治への不満の反映であり、大衆の本音をずばり口にするポピュリズムにある。

オバマ政権が招いた「弱い米国」への批判や、同政権下で広がった保守とリベラルの両極化などが背景にあろう。

富裕層に対する不公平感など、米国民にやり場のない不満があることも無視できない。

共和党内には、主流派の候補が絞り込まれればトランプ氏に勝ち目はないとの楽観的な見通しがあったが、有権者の不満を読み切れていなかった。

「トランプ現象」が米国の政治、社会の課題を示しているのだとすれば、対立候補はその問題点を指摘し、自ら克服する手法や政策を明確に提示して、巻き返しを図る必要がある。

民主党ではヒラリー・クリントン前国務長官がリードを固めた。共和、民主両党の予備選は続く。各候補とも世界の次期指導者にふさわしい品格と英知を競い合ってほしい。

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