認知症事故判決 賠償責任の議論を深めたい

朝日新聞 2016年03月02日

認知症訴訟 問われるのは社会だ

認知症の男性が徘徊(はいかい)中に線路に入ってしまい、列車にはねられて死亡した。この際の振り替え輸送などの損害賠償をJR東海が遺族に求めていた訴訟で、最高裁はきのう「遺族に賠償責任はない」との判決を下した。

事故は2007年末に発生。一審は長男に、二審は妻に男性の行動を監督する義務があったとしたが、最高裁は「夫婦だから」「子供だから」というだけでは監督義務があるとは言えないと判断した。

認知症になった人の言動に神経をすり減らしながらも、懸命に対応しているのが在宅介護の現状だ。判決は、実態に即したもので妥当と言える。

今回のケースでは、同居している妻も要介護認定を受けた「老老介護」で、長男は遠隔地に住んでいた。家族が重い責任を負わされれば、認知症の人を閉じ込めることや身体拘束を助長しかねない――。介護に携わる人たちからはそんな懸念が出ていた。

判決も補足意見で、介護する人に責任を負わせれば、認知症の人の行動を過剰に制限することになりかねないと言及した。人の尊厳を守る大切さを改めて指摘したと言えるだろう。

一方で、被害を受けた側をどう救うのか、という課題は残った。民間の個人賠償責任保険などを整備・拡充することで対応できるのか。新たに公的な基金や救済の仕組みを考える必要があるのか。今後の検討課題だ。

高齢化が急速に進む日本では、認知症になる人も増えていくと予想されている。一人暮らしや高齢者だけの世帯も増える。徘徊は防ぎきれないという前提に立って、個人や家族任せではなく、地域で広く支える仕組みが必要だ。

先駆的な取り組みで知られる福岡県大牟田市は、認知症の人が行方不明になったときに行政だけでなく地域の各団体、登録した市民に一斉メールで情報発信するネットワークを作り、市全域で模擬訓練もしている。目指すは「認知症になっても安心して歩ける町」だ。こんな取り組みを各地に広げたい。認知症の人や家族が、初期段階から必要な医療を受けたり相談したりできる環境作りも欠かせない。

昨年1月に公表された認知症施策の国家戦略「新オレンジプラン」で、政府は「住み慣れた地域で自分らしく暮らし続けることができる社会の実現」を掲げている。判決を機に、この歩みを着実に進めていきたい。

認知症の人が安心して暮らせる社会は、誰にとってもやさしい社会になるはずだ。

読売新聞 2016年03月02日

認知症事故判決 賠償責任の議論を深めたい

重度の認知症の高齢者が起こした事故は、誰が責任を負うのか。重い課題はなお残る。

愛知県の認知症の男性が列車にはねられて死亡し、JR東海が振り替え輸送費など約720万円の損害賠償を遺族に求めた訴訟で、最高裁が請求を棄却した。

妻や長男には、男性に対する監督義務がなかった――。最高裁判決は、認知症高齢者を介護する家族らの不安を和らげよう。

当時91歳だった男性は、妻がうたた寝をしている間に外出して徘徊はいかいし、駅構内で線路に入った。

民法は、責任能力のない人が第三者に損害を与えた場合、その「監督義務者」が賠償責任を負うと規定している。1審は妻の過失と長男の監督義務を、2審は妻の監督義務をそれぞれ認めた。

最高裁は、配偶者が必ずしも監督義務を負うわけではないと判断した。家族などの監督責任の有無を見極める際は、家族の心身の状況や、当事者との日常的な接触の程度などを総合的に考慮すべきだとの見解も初めて示した。

その上で、要介護認定されていた当時85歳の妻に、夫の監督は現実的に無理だったと結論づけた。20年以上、同居していなかった長男の監督義務も否定している。

民法は、監督義務者が義務を怠らなかった場合は免責されると定めている。認知症の人の関係者は、免責要件に注目していたが、判決は監督責任自体を否定したため、要件は明らかにならなかった。

監督義務者に賠償責任を負わせる規定は、被害者の救済が目的だ。今回のように監督義務者がいない場合は、救済されないのか。どんなケースなら損害の回復が図られるのか。こうした疑問が残る。

裁判官の一人は個別意見で、「賠償義務を負う主体を客観的に決めて、免責の範囲を広げるべきだ」と指摘した。被害者救済と家族の負担軽減の両方に目配りした考え方と言えるのではないか。

現在520万人の認知症高齢者は、2025年には推計700万人に増加する。今回のような事故が頻発する恐れがある。他人を事故に巻き込んだり、火事を起こしたりすることも懸念される。

こうした損害を、鉄道会社などを含む社会全体のコストと捉える考え方もある。責任をどう分担するのか、保険制度の活用などの議論を深めることが肝要である。

独り暮らしの認知症の人も増えよう。在宅介護の重要性が高まる超高齢社会では、地域ぐるみで支える体制の構築が欠かせない。

産経新聞 2016年03月02日

認知症事故訴訟 介護実態に即した判断だ

認知症患者が起こした事故の責任を家族はどこまで負うのか。最高裁は生活状況などを総合的に考慮し、賠償請求を退ける判断を示した。

重すぎる責任と隣り合わせでは、在宅介護が立ちゆかなくなる。高齢者介護の現実を踏まえた妥当な判決といえよう。

死亡した男性は認知症が重度に進み、要介護4で徘徊(はいかい)の症状があった。自宅で介護していた妻も要介護1の認定を受けていた。典型的な「老老介護」だ。

事故は平成19年、愛知県内の駅で起きた。当時91歳の男性が線路に入り電車にはねられ死亡した。JR東海は振り替え輸送費など遅延損害の賠償を求めていた。

1審はJRの請求を認め、妻と、横浜市に住んでいた長男に計約720万円の賠償を命じた。2審は妻だけに約360万円の賠償を命じたが、JRと遺族側の双方が上告していた。

最高裁は、妻についても「監督が現実的に可能な状況になかった」と認定した。監督義務について、親族関係のほか、生活状況や介護実態などを考慮し、客観的に判断すべきだとしたものだ。

判決を受け、長男が「大変温かい判断」と述べたように、介護に携わる多くの人の気持ちにも沿うものだろう。

判決では、容易に監督可能な場合など賠償責任を負うケースがあることも示された。今回は免責されたが、認知症患者が徘徊し、他人に損害を与えて家族が賠償を求められる例は、決して人ごとではない。

それに備えた民間の保険もあるが、適用対象が限られる。この拡大などを国が後押ししていく必要もあるだろう。

65歳以上の高齢者の7人に1人が認知症といわれる。団塊の世代が75歳以上となる約10年後には5人に1人とさらに急増するとの推計もある。症状なども人によってさまざまだ。地域で守る態勢が欠かせないが、現実には、家族に著しい負担がかかっている。

裁判官の個別意見でも指摘されたように、高齢者介護は個人や家族だけでは限界がある。長期にわたり家族が目を離さず監視するのは不可能に近い。それを求めれば拘束して閉じ込めてしまうことになりかねない。

家族の負担をいかに軽減できるか、支え見守る態勢をさらに考える契機ともしたい。

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