東電強制起訴 証拠に照らした公正な審理を

朝日新聞 2016年03月01日

原発強制起訴 検証の重要な機会だ

甚大な被害をもたらした福島第一原発事故の責任が、司法の場で問われることになった。

東京電力の勝俣恒久元会長ら当時の幹部3人がきのう、業務上過失致死傷罪で強制起訴された。事前の津波対策を怠り、原発周辺の入院患者を死亡させたなどと起訴状は指摘している。

あの事故を「想定外」で片付け、誰の責任も問わぬままでいいのか。東電は利益優先で原発の安全対策を怠ったのではないか――。そうした市民の疑念を反映した強制起訴である。

巨大事故は、さまざまな要因が複雑に絡みあって起きる。絞られた争点で元幹部ら個人の過失責任を「法と証拠」に照らして問う法廷は、全容解明の場としては、おのずと限界がある。

それでも、元幹部が事故前にどんな情報を得ていて、どんな判断をしたかは、これまで十分に明らかになっていない重要なパーツだ。原発を抱える電力会社の組織の在り方や企業風土にも光を当て、教訓がくみ取れる裁判になることを期待する。

この事故では告発を受けた東京地検が「今回のような規模の津波は予見できなかった」と不起訴にしたが、11人の市民からなる検察審査会が2度にわたって「起訴相当」と議決した。

12年に東電が公表した事故報告書は、事前の津波想定とその対応、事故時の情報の扱いなど、組織全体にかかる問題ほど抽象的な記述で、責任や教訓があいまいなままだ。

国会の事故調査委員会(事故調)は「事故の根源的な原因は震災以前に求められる」と指摘した。だが、東電の事前対応に関してはいまも、不明な部分が多い。最大15・7メートルの津波が襲うとの試算を手にしながら、なぜ十分な備えをしなかったのか。どんな判断が働いたのか。

政府の事故調は約770人から聞き取りをし、これまでに同意が得られた約200人分の調書を公表したが、東電関係者はわずか20人ほどにとどまる。

裁判が大きな空白を少しでも埋めるものになってほしい。

同時に、事故調の役割も改めて考えたい。いずれの事故調も1年ほどで活動を終え、検証は不十分なままだ。再発防止を目的に関係組織の問題にまで切り込むのが事故調の本来の役割のはずだ。そうした仕組みや機能をもっと充実させるべきだ。

放射性物質をまき散らした原子炉は水で冷やし続けねばならず、汚染水が生じている。今も約10万の人々が故郷から避難している。事故は今も続いている。二度と繰り返さない教訓を引き出す努力がもっと必要だ。

読売新聞 2016年03月01日

東電強制起訴 証拠に照らした公正な審理を

未曽有の自然災害に起因する事故で、個人の刑事責任はどこまで問われるべきなのだろうか。

東京電力福島第一原子力発電所の事故を巡り、勝俣恒久元会長ら当時の経営陣3人が、業務上過失致死傷罪で東京地裁に強制起訴された。

安全対策を怠り、東日本大震災の津波による原発事故で放射性物質を拡散させた。その結果、避難で症状が悪化した入院患者を死亡させるなどしたという内容だ。

この問題では、検察が嫌疑不十分で不起訴にしたが、市民で構成する検察審査会が2度にわたり、起訴すべきだと結論づけた。強制起訴したのは、裁判所から検察官役に指定された弁護士だ。

3人は無罪を主張するとみられる。法律家と市民で結論が分かれた、判断の難しいケースだけに、裁判所には証拠に基づく公正かつ慎重な審理が求められる。

今後の裁判の焦点は、3人が事故を予見し、回避することが可能だったかどうかである。

検察審は、原発事業者の幹部には、「万が一」に備える「高度な注意義務」があり、津波による事故は予測できたと主張した。原発の運転停止もいとわずに、原子炉の防護措置を講じていれば、事故は回避できたとも言及した。

原発に「ゼロリスク」を求める厳格な姿勢がうかがえる。

ただ、業務上過失致死傷罪で刑事責任を問う対象は、企業ではなく、あくまで個人である。刑事裁判で個人の過失が認定されるためには、事故の「具体的な危険性」を認識していたことを証明しなければならない。

指定弁護士が説得力のある証拠を示せるかがカギとなる。

強制起訴制度は、検察の起訴・不起訴の判断に民意を反映させるため、2009年に導入された。今回を含め9件が起訴されたが、有罪確定は2件にとどまり、3件では無罪が確定している。

JR福知山線脱線事故では、業務上過失致死傷罪で強制起訴されたJR西日本の歴代3社長が1、2審で無罪となっている。

有罪を立証するには、高いハードルがあると言える。

一方、公開の法廷で、勝俣元会長らが、原発の安全対策に関する考え方などを直接語る意義は小さくない。事故前に、地震や津波のリスクについて、東電と規制当局がどんな検討をしていたのかを検証する貴重な機会にもなろう。

裁判から様々な教訓をくみ取って、原発事故の再発防止に生かすことが肝要である。

産経新聞 2016年03月01日

東電元会長ら起訴 天災の刑事責任問えるか

東京電力福島第1原発の事故をめぐり、勝俣恒久元会長ら旧経営陣3人が業務上過失致死傷罪で強制起訴された。

東京地検が2度にわたり不起訴とした事案で、東京第5検察審査会の起訴議決を受けて検察官役の指定弁護士が東京地裁に起訴したものだ。

プロの検察官と、国民から選ばれた検審とで判断が真っ向から対立した格好だ。自然災害の刑事責任を個人に問うことができるのか。事故の予見性をどう評価するか。裁判所の判断にその行方を託すことになる。

一方で、99%以上とされる高い有罪率を見込む検察官による起訴と、「黒白は公判で」とする傾向がある検審による強制起訴の間では、基準に大きな隔たりがある。二重ハードルが共存する現行の検審のあり方についても、議論があるべきではないか。

市民団体による告訴・告発を受けて捜査した検察は、事故発生前に東日本大震災やこれによる大津波が起きるとは専門家も想定していなかった-などを慎重に判断し、不起訴としていた。

これに対し2度の検審は「万が一にも」「まれではあるが」などの言葉を駆使して極めて高度な注意義務を経営陣に求め、「事故は防げなかったとする検察官の考えには何の説得力も感じられない」と批判していた。

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