老人ホーム転落死 特異な犯罪で片付けるな

朝日新聞 2016年02月17日

入所者殺害 まず全容の解明を

老人ホームの職員が施設のベランダから入所者を相次いで投げ落とし、殺害する。信じがたい事件が川崎市で発覚した。逮捕された今井隼人容疑者(23)は、当初は事故と思われていた3人の死亡について、殺害を認めているという。

なぜ、こんなことが起きたのか。もっと早いうちに犯行を防ぐ手立てがなかったのか。疑問が次々と浮かぶ。

県警は容疑者の動機を含めて事件の全容をまず、解明してほしい。そして行政や福祉事業者は教訓をくみ取ってほしい。

事件があったのは2014年の11月から12月にかけて。2カ月の間に80~90代の男女3人が、敷地内の同じ裏庭に倒れていた。入社して半年あまりの容疑者は、いずれの日も当直勤務だった。現金や指輪などを盗む行為も繰り返していた。

この施設では事件後に別の職員による入所者への虐待や入浴中の死亡事故も起きている。入所者の心情や安全をどう考えていたのか大きな疑問が残る。

殺害に至った今回の事件は特異だとしても、老人ホームや介護施設での虐待は年々増えている。厚生労働省のまとめでは、昨年度は300件で8年続けて過去最多を更新している。

虐待を起こす職員の中には、日頃から利用者や家族の声をきちんと聞かない、話しかけても返事をしないなど問題があることもある。そうした小さな「兆候」にも注意が必要だ。事故やトラブルが起きた時に、きちんと情報を集め、検証する仕組みがほしい。入所者の安全が脅かされることがないよう、施設側には万全を期してほしい。

外部の「目」も、施設の質を高めるのには有効だ。中立の第三者機関による「福祉サービス第三者評価」などの仕組みの活用を考えたい。評価結果は公表され、利用者が施設を選ぶ際にも役立つはずだ。

虐待の原因となるのは、職員の「知識や技術不足」や「ストレス」などで、「30歳未満」の若い職員に虐待の割合が多いとの指摘もある。介護の職場は大変な仕事の割に賃金が安く、離職率も高い。人手不足が深刻で、現場からは「どんな人でもいいから、働いてもらわないと回らない」との声も聞かれる。そんな中で、プロとは到底言えない職員が増えてはいないか。

すべての介護施設などで職員に対する教育・研修の徹底を求めたい。行政も、必要な指導・監査を強めてほしい。

肉親が施設で命を奪われてしまう。そんな悲劇を繰り返してはならない。

読売新聞 2016年02月18日

川崎連続転落死 介護の現場で何があったのか

高齢者を預かる施設への信頼を揺るがす事件と言えよう。

入所者がベランダから転落死する事件が相次いだ川崎市の有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」の元職員の男が、殺人容疑で神奈川県警に逮捕された。

事件は2014年11月から12月にかけて3件続き、夜間から未明の時間帯に80~90歳代の男女3人が死亡した。23歳の元職員は、いずれの日も当直勤務だった。

逮捕容疑は、1件目の被害者の殺害だ。調べに対し、元職員は「抱き上げて、投げ落とした」などと容疑を認めている。

供述が事実であれば、なぜ殺意を抱いたのか。虐待などの予兆はなかったのか。元職員は、介護の仕事に「嫌気がさした」とも供述しているとされる。県警は、動機や経緯を詳細に解明し、再発防止につなげねばならない。

元職員は他の2件に関する話もしているという。3件とも目撃者はおらず、防犯カメラの映像なども残っていない。自白頼みの捜査に陥らぬよう、供述の慎重な裏付けが何より重要である。

事件を巡り、捜査の問題点が明らかになりつつある。所轄の幸署が県警本部に転落死の連続発生を報告したのは、3人目の死亡者が出た後だった。3件は、個別の変死事案として処理され、司法解剖などは行われなかった。

介護の必要な高齢者が、ベランダの高さ1メートル以上の柵を乗り越えて転落するのは、不自然ではないか。事件性を疑い、早期に本格捜査に着手すれば、その後の発生を防げたかもしれない。

元職員は昨年、入所者の現金や貴金属狙いの窃盗を繰り返したとして逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けた。別の元職員も入所者への暴行罪で起訴された。

施設の運営会社の親会社は、有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅などを手広く展開する介護サービス業界の大手だ。信頼して入居した利用者や家族らは、裏切られた思いだろう。

職員の管理体制に問題がなかったのかどうか、施設の運営状況についての検証が必要だ。

介護施設の職員によるトラブルは後を絶たない。14年度に確認された施設での虐待は、過去最多の300件に上った。

背景として、かねて指摘されるのが、介護現場の深刻な人手不足だ。知識や経験の乏しい職員も雇用せざるを得ない実態がある。

職員教育の見直しと、外部からの監視強化が急務である。

産経新聞 2016年02月18日

老人ホーム転落死 特異な犯罪で片付けるな

川崎市の介護付き有料老人ホームで入所者3人が相次いで転落死した事件で、殺人容疑で逮捕された元職員の男が3人を投げ落としたことを認めているという。

厚生労働省の担当者は「特異な個人による犯罪の側面が強い」と述べたとされる。確かに異常な事件ではあるが、特異事例として扱うことは、再発防止に何ら寄与しない。

過酷な介護の現場で奮闘する多くの職員がいることも知っている。悲劇を繰り返さないために必要な教訓を、事件から学び取らなくてはならない。

入所者の転落死が相次いだのは一昨年11月から12月にかけてだった。事件があった老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」では昨年も複数の職員による入所者への暴行暴言、職員によるナースコールの断線などの不祥事が続いた。

親会社「メッセージ」の系列ホームでも昨年、入所者を殴打したり、未使用のおむつを頭部にかぶせたりの虐待があった。厚労省は昨年11月、管理態勢に問題があるとして同社に介護保険法に基づく業務改善命令を出していた。

また厚労省によると、平成26年度の施設従事者による高齢者虐待判断件数は300件を数え、相談・通報件数は1120件にのぼった。連続転落死事件は、こうした施設、グループ、全体の事例の延長線上にあると考えるべきだ。

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