産経前支局長 無罪を対日駆け引きに使うな

朝日新聞 2015年12月18日

産経記者判決 無分別な訴追終結を

韓国大統領の名誉を傷つけたとして起訴された産経新聞の前ソウル支局長に対し、韓国の裁判所が無罪を言い渡した。言論の自由を保障した法に照らし、当然の判決である。

そもそも、大統領の気に入らない記事を書いたとしても、検察という公権力が記者を起訴すること自体が異常だった。

「わが国が民主主義制度をとっている以上、言論の自由を重視せねばならないのは明らかだ」とする判決は妥当である。検察当局は控訴せず、速やかに判決を受け入れるべきだ。

問題になったのは前支局長が昨年8月、ネット上に出した記事だ。旅客船沈没事故の際、所在不明になった朴槿恵(パククネ)大統領が男性と会っていたのでは、という「うわさ」を紹介した。

これに大統領府が「責任を追及する」と公然と反発し、市民団体の告発を受ける形で検察が捜査し、起訴した。前支局長は長らく出国を禁じられた。

韓国の法律では、被害者の朴氏が処罰を望まないと言えば、訴追は免れた。起訴から1年2カ月間公判が続き、判決にまで至ったのは、朴氏自身が訴追を求めたからとみるべきだ。

権力者の意向次第で報道機関の記者を訴追することが、韓国の民主主義にどんな禍根を残すか、考えなかったのか。

日本のみならず、海外のジャーナリスト団体などからも、韓国政府に対し、強い懸念の声が相次いだのも当然だった。

判決公判の冒頭で裁判長は、「善処」を求める日本の要望を考慮するよう、韓国外交省が裁判所に求めていたことを明らかにした。異例の措置であり、韓国政府が日韓関係や国際批判などを考えて自ら決着を図ろうとしたとも受け取れる。

もともと公訴を提起すべきでない問題を、自ら政治問題化してしまった責任を、韓国政府は反省しなくてはならない。

それでなくとも近年の日韓関係は、政治の関係悪化により、市民交流にも暗い影が落ちている。無用ないさかいを生んで外交問題にする振る舞いは、日韓両政府とも慎むべきである。

一方、判決は記事が取り上げた「うわさ」について、虚偽であることを前支局長は認識していたと認定した。産経側も裁判の途中からそれに異を唱えなかった。報道機関としての責任をまっとうしたとは言えまい。

いずれにせよ、この問題は、日韓間の懸案の一つだったのは間違いない。一刻も早く終止符を打ち、両政府は慰安婦問題など大きな課題の解決に全神経を注ぐべきである。

読売新聞 2015年12月18日

産経前支局長 無罪を対日駆け引きに使うな

起訴したこと自体にそもそも無理があった。無罪は当然である。

韓国の朴槿恵大統領に関するサイト記事で、名誉毀損きそん罪に問われた産経新聞前ソウル支局長に、ソウル中央地裁は無罪を言い渡した。

判決は、記事の一部は「虚偽」とする一方で、「大統領を誹謗ひぼうする目的は認められない」ことを無罪理由に挙げた。記事を書いた主な目的については、「日本に韓国の政治、社会の状況を伝えるためだった」と指摘した。

産経新聞のサイトに掲載された記事は、韓国紙「朝鮮日報」のコラムを引用したものだ。昨年4月に旅客船セウォル号が沈没した事故の当日、朴氏が男性と会っていたといううわさがあると報じた。

前支局長が風評を安易に記事にした点は批判を免れない。ただし、朴氏は公人であり、記者会見などで不正確な報道に反論し、名誉を回復する手段を有している。

検察が報道内容を理由に刑事訴追したのは、明らかに行き過ぎだった。大統領府の意向をくんだ政治的起訴だったと言えよう。

無罪判決により、裁判所は、不適切な刑事訴追に対するチェック機能を果たしたことにはなろう。しかし、判決には、朴政権の政治的意図が色濃く反映されていることは間違いあるまい。

裁判長が判決言い渡しの前に、韓国外交省から善処を要請された異例の文書を読み上げたのは、その証左だ。文書は「最近、日韓関係改善の兆しが見える」として、日本側への配慮を求めている。

日韓の国交を正常化した基本条約の発効50周年を18日に迎えることも、背景にあるのだろう。刑事訴追に対する国際的な批判をかわす狙いもあったとみられる。

前支局長の裁判は、日韓関係改善の障害の一つとなっていた。

朴氏は先月、安倍首相と初めて会談し、慰安婦問題を早期に妥結する方針で一致した。判決後、外交省幹部は「両国関係改善の契機にしたい」との見解を示した。

韓国には、無罪判決を慰安婦問題の前進につなげたい思惑があるのではないか。だが、外交上の駆け引きに、別の次元の司法判断を利用するのは筋が通らない。

無罪判決は日本政府の意向に沿う結果ではある。外務省は前支局長の裁判に関して韓国に適切な対応を求めていた。安倍首相は「日韓関係に前向きな影響が出てくることを期待したい」と語った。

慰安婦問題で安易な妥協をすることなく、日韓関係全般の改善を図ることが大切である。

産経新聞 2015年12月18日

前支局長に無罪 言論自由守る妥当判決だ 普遍的価値を共有する契機に

改めて、この裁判の意味を問いたい。公判の焦点は何だったか。それはひとえに、民主主義の根幹を成す言論、報道の自由が韓国に存在するか、にあった。裁かれたのは、韓国である。

韓国の朴槿恵大統領に関するコラムをめぐり、名誉毀損(きそん)で在宅起訴された産経新聞の加藤達也前ソウル支局長に対する判決公判がソウル中央地裁であり、李東根裁判長は、無罪を言い渡した。

妥当な結論である。

無罪の理由について判決は「韓国は民主主義制度を尊重する。外国人記者に対する表現の自由を差別的に制限できない。本件も言論の自由の保護内に含まれる」などとし、「記事に誹謗(ひぼう)する目的は認められない」とも述べた。

最後の最後で、韓国司法の独立性や矜持(きょうじ)を国際社会に示したものと受け止めたい。

ただ判決公判では異例の光景もみられた。韓国外務省は日韓関係を考慮し善処するよう求める文書を裁判所に提出し、公判の冒頭で裁判長がこれを読み上げた。判決が行政の影響下にあったことを疑わせるもので、「法の支配」が揺らぐ。韓国司法には明白な独自判断を示してほしかった。

≪韓国検察に猛省求める≫

韓国の検察当局には、猛省を求めたい。

産経新聞はこの問題で、一貫して起訴の撤回を求めてきた。公人中の公人である大統領に対する論評が名誉毀損に当たるなら、そこに表現や報道の自由があるとはいえない。報道に対して公権力の行使で対処する起訴そのものに、正当性はなかった。

問題とされたコラムは、旅客船「セウォル号」沈没事故当日の朴大統領の所在が明確でなかったことの顛末(てんまつ)について、韓国紙の記事や噂などを紹介し、これに論評を加えたものだ。

検察側は、前支局長が「噂を虚偽と認識して記事を書き、大統領を誹謗する目的だった」として懲役1年6月を求刑していた。

これに対して前支局長は、最終意見陳述でも「大惨事当日の大統領の動静は関心事であり、韓国社会において大統領をめぐる噂が流れたという事実も、特派員として伝えるべき事柄であると考えた」などと述べた。コラム中でも噂を真偽不明のものとしており、この真実性については最初から争点とはなり得なかった。

また検察側は、前支局長がコラムを書いた動機を「別の報道が原因で大統領府から出入りを禁じられており、抗議の意味で報道したと考えられる」としていた。荒唐無稽な言いがかりといえた。

「被害者」である朴大統領にも問いたい。

≪「被害感情」に疑問残る≫

検察側は公判で「被害者は強い処罰を求めている」と述べたが、大統領自身はこれまで「司法の場に委ねている」と述べるのみで、被害感情や処罰意思について公の場で口にしたことはなかった。

前支局長を情報通信網法に基づく名誉毀損罪で告発したのは市民団体だったが、同法は、被害者の意思に反して起訴できないと定めている。大統領は起訴を止められる立場にあった。

公人である大統領が報道に対し、被害感情を本当に有していたのか。罪の成立に不可欠な要素が問われないまま行われた起訴であり、公判だった。

前支局長に対しては、出国禁止措置が繰り返され、今年4月に措置の解除を受けて帰国するまで、その期間は8カ月を超えた。退廷時に暴漢に卵を投げつけられ、車が傷つけられたこともある。

起訴を含む、これら問題をめぐっては、国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」や世界の報道機関の会員組織「国際新聞編集者協会」などが抗議声明を出し、米紙なども韓国当局の措置を批判する記事を掲載してきた。

日本の外務省は3月、韓国との関係を紹介するホームページから「基本的な価値を共有する」との文言を削除した。共有できなくなった基本的価値とは、「法の支配」や「言論、報道の自由」のことであり、前支局長の起訴や出国禁止でこれに疑問が生じたということだったのだろう。

今回の判決が、韓国が真に自由と民主主義の普遍的価値を共有するグループに回帰する契機となるなら歓迎する。

判決の意味を、韓国は国を挙げて吟味してほしい。

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