軽減税率 導入への首相指示は重い

朝日新聞 2015年10月18日

軽減税率 インボイスが不可欠だ

個人や企業が決められた税金を納める。国や自治体は、税金を使って必要な行政サービスを提供する。これが税・予算制度の基本的な仕組みである。

支払った税金が国などに届かず、誰かが懐に入れる事態がまかり通るようでは、行政システムは成り立たない。税金を実際に負担する人と、税務署への納税事務を担う人が異なる間接税については、とりわけ目を光らせる必要がある。

代表的な間接税である消費税に関して、10%への増税後も食料品などの税率を現行の8%にとどめる軽減税率の導入を政府・与党が検討し始めた。実務上の課題として、業者間の取引にインボイスを導入するかどうかが争点になっている。

インボイスとは、取引するモノやサービスごとに、適用される消費税率と税額を記した明細書だ。消費税率が二本立てになれば、きちんとした納税を促すためにインボイスが不可欠とされる。軽減税率を実施済みの欧州各国では、インボイスがやりとりされている。

ところが、「事務負担が増す」との理由から、日本の経済界では中小業者を中心にインボイスへの反対が強い。自民党の中に軽減税率への消極論が根強く残るのも、理由はもっぱらインボイス問題だ。

軽減税率を導入するなら、インボイスは欠かせない。

ある業者が原料を仕入れ、製品に加工して販売した、としよう。業者は原料の仕入れ時に消費税を支払い、製品の販売時には消費税を受け取って、その差額を税務署に納める。消費者が支払った税金を事業者が取引段階に応じて分担して納税するのが消費税の仕組みだ。

例えば、消費者は基本税率分の消費税を支払ったのに、業者が軽減税率の取引だと偽れば、業者の手元に税金の一部が残る。こうした不正を防ぐための道具がインボイスである。

軽減税率を主張してきた公明党は、業者の事務負担を軽くするために、既存の伝票類を生かして軽減税率の取引に印をつける「簡易型」インボイスを提唱している。が、こうした方法でしっかりチェックできるのかどうか、心もとない。

消費税には、納税額の計算を簡単にする簡易課税制度や、売り上げが一定額以下の業者は納税しなくてよい免税点制度があり、消費者が支払った税金が業者の手元にとどまる「益税」問題がかねて指摘されてきた。

軽減税率の導入で不透明・不公正さを増すような制度設計は許されない。

産経新聞 2015年10月15日

軽減税率 導入への首相指示は重い

名ばかりの負担緩和策で浪費した時間を取り戻さなくてはならない。

平成29年4月に予定される10%への消費税率引き上げに伴う負担を和らげるため、安倍晋三首相が自民党税制調査会に、財務省案ではなく、軽減税率の導入を検討するよう指示した。

生活必需品の税率を低く抑える軽減税率は、自民党が昨年12月の衆院選公約で導入の方針を明記し、公明党との連立合意にも盛り込まれていたものだ。

だが、財務省が「税と社会保障の共通番号(マイナンバー)」カードを使い、酒を除く飲食料品の増税分を一部還付するとした案を示したことで議論が紛糾した。

財務省案を撤回し、軽減税率の実現を求めた首相の判断は、当然である。

最大の課題は、軽減の範囲や方法などを決める制度設計だ。すでに増税まで1年半を切っている。周知を図る期間なども考慮し、混乱が起きないよう、早急に結論を得る必要がある。

自民党は、財務省案を推した党税調の野田毅会長を交代させ、宮沢洋一前経済産業相を新会長に起用した。首相は宮沢氏を官邸に呼び、「商工業者に無用な負担をかけず、増税と同時に軽減税率を導入してほしい」と求めた。

財務省案は煩雑な手間がかかるうえ、購入時にいったん10%の消費税を払うため、痛税感の緩和に効果がないことも問題だった。

財務省と自民党税調は「増税による税収増が確保できない」として軽減税率には消極的だったが、今後は、円滑な導入に向けて全力で取り組むべきである。

首相も指示しただけでよしとせず、議論の遅延を許さない姿勢を明確にし、責任を持って導入を実現してほしい。

食料品や新聞などの生活必需品の税率を抑える軽減税率は、欧州などで幅広く採用されている。議論の焦点となるのは、取引ごとに税額を記すインボイス(税額票)の作成である。

中小事業者などの事務負担が増えるとして、経済団体は反対の姿勢を示している。しかし、現在の請求書に税額を記載すれば、インボイスに代替できるという専門家もいる。

当面はこうした簡易方式を採用し、その後、本格的なインボイス制度に移行するなど段階的な仕組みを視野に入れてもよかろう。

朝日新聞 2015年10月16日

軽減税率導入 社会保障を忘れるな

2017年4月に予定される10%への消費増税をにらみ、食料品などの税率を現行の8%にとどめる軽減税率の導入について、政府・与党が本格的に検討を始めた。

消費税には所得が少ない人ほど負担が重くなる「逆進性」があり、その対策という位置づけである。

欧州の多くの国が導入している軽減税率は、わかりやすいうえ、対象品目を購入する際の負担感がやわらぐという長所がある。しかし、裕福な人も恩恵を受けるうえ、対象の線引きが難しく、税収の目減り分が膨らみやすい。

その危うさと日本の財政難の深刻さを考えれば、軽減税率は欧州各国のように基本税率が10%を上回るようになった時に検討することにし、当面は支援が必要な人への給付で対応するべきだ。社説ではそう主張してきた。

首相官邸は軽減税率へかじを切った。連立政権を組み、欧州型の軽減税率にこだわってきた公明党への政治的配慮からだ。慎重姿勢を崩さない自民党税制調査会長を交代させるという荒療治を施し、消費税の一部を後で消費者に還付するという財務省案も一蹴した。

消費税率が二本立てになれば、取引ごとに適用税率や税額を記したインボイス(明細書)が不可欠とされる。中小事業者を中心に事務負担を嫌う経済界はインボイスに反対している。そうした実務上の問題を含め、課題は山積している。

政府・与党に忘れないでもらいたいのは、なぜ消費増税を決めたのかということだ。

国の借金は1千兆円を超えた。高齢化に揺らぐ社会保障を支え、出産・子育て支援にも取り組んでいく。その財源には、将来世代へのつけ回しである国債発行ではなく、全ての世代が広く薄く支払う消費税を充てる。これが「税と社会保障の一体改革」だったはずだ。

当面の焦点は、何に軽減税率を適用するかである。

飲食料品を中心に検討が進みそうだが、対象が精米だけなら税収の目減りは400億円の一方、外食を含め酒を除くすべてだと1兆3千億円を超える。消費税率10%時には年金の受給資格期間を短縮するなど、増税分の使途は決定済みだ。軽減の対象を広げるなら財源の穴埋め策を考えなければならない。

どんな答えを出すのか。政府・与党は、来年の参院選をにらんだ目先の思惑にとらわれず、一体改革の精神を踏まえて判断するべきである。

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