TPP大筋合意 巨大貿易圏で成長底上げ図れ

朝日新聞 2015年10月06日

TPP合意 域内の繁栄と安定の礎に

環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉が閣僚会合で合意に達した。

5年を超える協議を経て、国内総生産(GDP)で世界の約4割を占めるアジア太平洋の12カ国が新たな枠組みへ踏み出す。これを域内の繁栄と安定の礎としなければならない。

ヒトやモノ、カネが活発に国境を越える現状に対し、貿易・投資ルールを改めていく世界貿易機関(WTO)の活動は停滞したままだ。焦点は二国間や地域内の自由貿易協定(FTA)に移り、規模が大きい「メガFTA」が注目されている。

■欠かせない情報公開

その先頭を走るのがTPPである。世界の成長を引っ張るアジア太平洋での新たな基準が、他の交渉を刺激しそうだ。

今回の合意の中身を見ると、交渉が難航した乳製品や自動車分野を含めて、「モノ」にかける関税の引き下げ・撤廃が進み、国際分業の実態に合わせた原産地規則が設定された。環境や労働者の保護と自由化の調和などWTOでは手つかずの分野を含めて、新たなルールを打ち出したことも大きな特徴だ。

一方で、新薬のデータ保護期間のようにゆるやかな合意にとどまったり、先送りされたりした項目も目につく。12カ国は各国議会での承認を目指して詰めの協議を急いでほしい。

その際、欠かせないのが情報公開と国民への説明である。

TPPについて各国政府は「手の内を見せると交渉が不利になる」として、途中の状況は説明しない秘密主義をとってきた。閣僚会合で合意した以上、日々の生活にどんな影響があるのか、根強い不安や疑念と向き合わねばならない。

日本に関していえば、例えば著作権保護の強化がある。著作者の権利保護を通じて創作活動を促す効果が期待できる半面、作品に気軽に触れられなくなる恐れもある。保護と利用のバランスをどうとるのか、丁寧に説明してほしい。

■WTOを立て直せ

TPPの舞台であるアジア太平洋では、米国と中国という2大国が覇権を争う。TPPを巡っても、米国の推進派が「中国に主導権を握らせない」と強調し、中国もTPPへの警戒心を隠してこなかった。

東アジアでも、日本と中国、韓国が経済的な結びつきを強める一方で、日中、日韓の政治・外交的関係はぎくしゃくした状況が続く。

しかし、自由化の効果を高めるには、世界第2の経済大国である中国、さらには韓国を巻き込むことが欠かせない。それが地域の政治的安定にもつながるはずだ。東アジア包括的経済連携協定(RCEP)や日中韓FTAなど、中韓両国が加わっているメガFTA交渉を加速させる必要がある。

さらに、WTOの立て直しを忘れてはならない。

約160の国と地域が参加するWTOは、地域ごとの主導権争いから距離を置き、世界に開かれた多角的交渉の場だ。ドーハ・ラウンドが頓挫して以来、機能不全に陥っていたが、変化の兆しが出てきた。デジタル製品の関税の撤廃を目指す情報技術協定(ITA)を巡り、約50の国と地域が対象品目の追加で合意したことに注目したい。

日米欧に加え、この分野の主役に台頭した中韓両国を含む主要国が一致できた意義は小さくない。この機運を生かせるか、日本の役割と責任は大きい。

■ばらまく余力はない

国内に目を転じれば、TPP合意に伴う市場開放で影響を受けるさまざまな業界への対策が課題になる。焦点は農畜産分野だ。牛肉や豚肉は、一定の期間をかけて、関税を大幅に下げることになった。今後、補助金の増額などを求める声が高まるのは必至だ。

確かに、激変緩和策は必要だろう。そのためにも、まずは輸入の現状や自由化の影響を分析し、必要な対策と予算額を見極めなければならない。

コメの市場開放に踏み切った1990年代のウルグアイ・ラウンド合意を受けて、総額6兆円の対策費を投じた。その多くは農業関連の土木事業で、競争力の強化に必ずしもつながらなかった。同じ過ちを繰り返す余裕は、借金が1千兆円を超す日本の財政にはない。

コメや乳製品で、日本が一定量の輸入を約束したことも気がかりである。米国や豪州、ニュージーランドなどの農業大国と交渉を重ね、関税の撤廃を避けるために提案した策だが、あくまで関税交渉が基本であることを忘れてはならない。

コメについては既に同様の仕組みがあり、年間で100億円を超える損失が生じている。その場しのぎの政策を重ねるばかりでは、国民負担をいたずらに膨らませかねない。

納得のいく説明ができるかどうか。通商の自由化とそれに伴う対策でも、この原則をおろそかにすることは許されない。

読売新聞 2015年10月10日

TPP総合対策 農業以外への目配りも大切だ

単なる農業保護策では困る。巨大な自由貿易圏を活用し、経済を成長させる視点が大切だ。

環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の大筋合意を踏まえ、政府は、全閣僚で構成するTPP総合対策本部を設置した。年内にも、農業強化などの政策大綱を策定する。

TPPが発効すると、400を超える農林水産物の関税が順次、引き下げ・撤廃される。安い外国産品の輸入が増え、消費者は恩恵を受ける一方、国内農家に打撃が及ぶのは避けられない。

影響を緩和するため、一定の農業支援を行うのは理解できる。

肝心なのは、農業予算を大幅に増やすことではない。農家の生産性を高め、国際競争を勝ち抜く環境を創り出すことだ。

安倍首相が「TPPを『攻めの農業』に切り替えるチャンスにする」と述べたのは適切である。

1993年のウルグアイ・ラウンド合意では、コメ市場の部分開放に備えて6兆円を投じたが、大半は農業土木事業などに流れ、効果は乏しかったとされる。

自民党内では、6兆円を上回る対策を求める声が出ている。来年夏の参院選向けに、歳出圧力が高まることに警戒が怠れない。

気がかりなのは、政府がコメ農家への支援策を必要以上に手厚くしようとしていることだ。

日本は、米国と豪州向けに計8万トン弱のコメの無関税輸入枠を新設する。国内生産量の約1%分に過ぎないのに、政府は、米価下落を招きかねないとして、備蓄米の買い上げ量を積み増すという。

強引な米価維持策は、財政負担を膨らませるうえ、消費者のメリットを小さくしてしまおう。

TPP発効後、米国は日本産牛肉の無関税輸入枠を広げる。和牛を売り込むため、情報技術(IT)活用による肉質の向上や、海外の販路拡大の対策を講じたい。

農業以外の分野にも目配りが欠かせない。

対策本部は、TPPをテコに、技術革新の促進や新産業の創出に取り組む方針を掲げた。輸出先のニーズを踏まえた製品開発や、先端技術を応用した競争力の強化に力を入れることが重要だ。

協定には、工業製品の関税撤廃や、貿易・投資の規制緩和、紛争処理ルールが含まれる。中小企業が新興国に進出するリスクを減らす効果が期待される。

域内サプライチェーン(供給網)の構築支援や、外国市場に関する情報提供などを通じ、意欲的な中小企業を後押しすべきだ。

産経新聞 2015年10月11日

TPP 攻めに徹する対策とせよ

環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の大筋合意を受け、全閣僚による総合対策本部が、新市場開拓や技術革新、国民不安の払拭などを内容とする国内対策の基本方針を決めた。

TPPを経済成長につなげるには経済や社会の構造変革を促す必要があり、基本方針の方向性は妥当だ。内閣を挙げて対策に万全を期さねばならない。

大きな懸念は、各省庁がばらばらに動き、対策がバラマキに陥ることだ。TPPの影響は多岐に及ぶ。これをきめ細かく見極め、国・地方一体で地域の発展に資する対策を講じてほしい。

安倍晋三首相は対策本部で「守る農業から攻めの農業に転換する」と語った。高い関税で保護してきた産業ほど海外との競争が迫られる。対策で農業の体質強化に主眼を置くのは当然である。

オレンジや鶏肉など多くの品目の関税が撤廃される。コメや麦、牛・豚肉などの重要5分野を含めて、農畜産業や漁業関係者に不安があるのは十分理解できる。

ただ、ここはまず、その影響を具体的に精査すべきだ。すでに消費の多くを輸入に頼るものや、需要が少ないものもあろう。輸入品の価格は、関税だけでなく為替や世界の需給にも左右される。

関税の削減・撤廃が段階的に進むことも前向きに捉えたい。この間に農地の集約やブランド化を進めて、生産性や競争力の高い経営体質にするよう政策的に後押しするのが本筋である。

その進展を十分に踏まえぬまま、ただ「不安払拭」を名目に、あれもこれもとお金をつぎ込むことは厳に慎むべきだ。

TPPは、地方の中小企業による海外での販路拡大にも活用できる。首相は、国により30%を超える陶磁器関税がゼロになることなどを例示し、美濃焼や有田焼など伝統品の輸出に期待を示した。

地方自らの創意工夫が欠かせないのは言うまでもない。若者の雇用の場を作り、地域経済の活性化につなげる。TPPは、農業の構造転換も含めた地方経済全体の変革を促す契機になるとの認識を広く共有したい。

農業強化や輸出振興、地方創生など、さまざまな観点の施策を省庁間で調整し、地方との連携を密にすべきなのはもちろんだ。省益優先で似たような事業を連ねる予算の分捕り合戦は許されない。

読売新聞 2015年10月06日

TPP大筋合意 巨大貿易圏で成長底上げ図れ

◆日本農業の強化は待ったなしだ

アジア太平洋地域に、世界経済を牽引けんいんする新たな貿易・投資の枠組みが誕生する。

環太平洋経済連携協定(TPP)交渉が閣僚会合で大筋合意した。

世界の国内総生産(GDP)の約4割を占める巨大な自由貿易圏の創設で、人やモノ、資金の流れが活性化され、経済成長を底上げする効果が期待できる。

5年半に及んだ交渉は最後まで難航したが、先進国から新興国まで、様々な事情を抱える参加12か国が多くの利害対立を乗り越えたことを歓迎したい。

◆危機感共有で漂流回避

交渉は予定を4日延長して、ようやく妥結した。新薬開発のデータ保護期間を巡る協議などが、最後までもつれたためである。

保護期間は、米国が12年、オーストラリアなどが5年を唱えたが、実質8年とする日本の提案が採用されたという。

仲介役として、日本が一定の役割を果たしたのは意義がある。

TPP域内で生産された部品を何割使えば、自動車の関税引き下げなどの優遇を受けられるかという「原産地規則」に関する意見の相違も解消した。

日本が4割、メキシコなどは6割超を主張したが、5割前後で妥協が成立したとされる。

ニュージーランドが、日米などに乳製品の輸入拡大を迫っていた問題でも折り合いがついた。

激しく対立してきた各国が、大局的見地から歩み寄ったことは評価できる。

数々の懸案で各国が譲歩に転じたのは、今回も物別れに終われば、交渉が漂流しかねない、という危機感を共有できたからだろう。

米国では今後、来年秋の大統領選をにらんで民主、共和両党の対決姿勢が強まり、合意への機運が薄れる恐れが指摘されていた。

議長のフロマン米通商代表は記者会見で、「野心的な高いレベルの合意だ」と成果を強調した。

TPPは31分野にわたり、関税撤廃や規制改革などを約束している。発効すれば、多くの農産品や工業製品の関税が下げられ、公平で透明性の高い包括的な貿易・投資ルールが整備される。

経済活動の自由度が高まり、生産拡大や雇用創出など、様々な恩恵を享受できよう。

各国は今後、速やかに合意案の議会承認を得て、協定発効へ着実につなげることが大切だ。

TPP参加で得られる利益と甘受すべき痛みを、国民に丁寧に説明することが求められる。

安倍政権は、TPPを成長戦略の柱と位置づけている。TPPは、人口減で国内市場の縮小が見込まれる日本が、アジアの成長を取り込むのに不可欠な枠組みだ。

◆中国を牽制する役割も

TPPのルールを各国が順守することで、規制が突然変更されるといったリスクが低下し、企業は安心して域内国に進出できる。

道路や鉄道などのインフラ(社会資本)輸出を促進する追い風にもなろう。牛・豚肉など多くの輸入関税が下がれば、日本の消費者が受けるメリットも大きい。

安倍首相は、大筋合意について「価値観を共有する国による自由で公正な経済圏を作っていく国家百年の計だ」と語った。

TPPを主導する日米が結束し、同盟関係を深化させる効果も見逃せない。覇権主義的動きを強める中国への牽制けんせいとなろう。

世界最大の経済協定であるTPPの原則は「国際標準」となる。公正、透明なルールに従うよう中国に改革を迫り、世界2位の経済力を世界の繁栄に生かしたい。

TPPの副作用への対応も欠かせない。特に、関税の引き下げで、外国産品との厳しい競争に直面する国内農業への打撃を心配する向きは多い。農業の体質強化は待ったなしだろう。

◆予算のバラマキを排せ

TPPを単にマイナス材料とみなさず、むしろ未来の農業を形成する好機と捉えてはどうか。

IT(情報技術)導入や農地の大規模化で生産性を上げたり、戦略的な輸出で農業の稼ぐ力を高めたりする事業に注力すべきだ。

コメ市場が部分開放された1993年のウルグアイ・ラウンド合意では、8年間で計6兆円規模の対策費が投じられた。土地改良など公共事業が中心で、競争力を高める効果は乏しかったとされる。同じてつを踏んではなるまい。

来年夏の参院選を意識し、自民党内からは、TPP対策を名目に農業予算の大幅増を求める声が出ている。バラマキを排し、農業再生に資する事業に予算を重点配分できるかどうかが問われよう。

産経新聞 2015年10月06日

TPP大筋合意 「自由」基盤の秩序築いた

■国内改革促し成長の礎とせよ

難航を極めた環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉が大筋合意した。

高水準の自由化と、域内の共通基盤となるルールを確立するTPPは、21世紀の国際標準となり得る野心的な協定だ。

人口減少時代の内需縮小や国際競争力の低下に直面する日本にとって、アジア太平洋地域の経済活力を取り込むことは極めて重要である。世界の4割を占める巨大なTPP経済圏を成長への礎にしなければならない。

同時に、TPPは高い関税で保護してきた農畜産業などに構造転換を迫ろう。強い農業の実現など国内改革に万全を期すべきだ。

≪対中戦略の意義大きい≫

幾度も空中分解が懸念されながら、どこも脱落せず12カ国が枠組みを守った点を評価したい。TPPには単なる通商協定にとどまらぬ戦略的な意義があるからだ。

日本や米国、オーストラリアなど自由主義国の経済基盤で環太平洋地域の発展を目指すのがTPPである。それは中国抜きで築く経済秩序と言い換えてもよい。

中国は経済、軍事両面で影響力を高めている。アジアインフラ投資銀行など自国の提案に基づく勢力拡大も急だ。

だが、その覇権主義的な動きには問題が多い。共産党独裁体制下で恣意(しい)的な経済運営が目立ち、法の支配も不十分だ。それで透明性の高い自由市場を築けるのか。TPPはこれを牽制(けんせい)するものだ。

無論、参加各国にとって対中経済関係の重要性は合意後も変わるまい。それでも、中国経済の減速など流動的要因が多い中、新たな経済圏を構築することはリスク分散の観点でも意味がある。

交渉は、乳製品の市場開放や新薬開発のデータ保護期間、自動車部品の原産地規則などをめぐり最終局面までもつれた。

迷走した日米間の関税協議も含めて、ここまで交渉が長引いたのは、高水準の自由化という理想に反し、多くの国が国内産業保護に傾斜したためともいえる。

国益をかけた交渉ではやむを得ない面もあったが、いつまでも個別分野の勝ち負けにとらわれて本質を見失うわけにはいかない。

TPPは、市場アクセスの改善だけでなく、知的財産や環境、競争政策などのルールを定め、規制の調和を図る包括的な協定だ。共通の土俵の上で人・モノ・カネの行き来が活発になれば、域内経済全体の底上げにつながる。

いまだ安定成長が見通せない日本経済が強さを取り戻す上でもTPPは欠かせない。

関税撤廃などを通じた輸出拡大はもちろん、日本企業による域内でのビジネスが広がれば、中長期的な国内市場の縮小を打開するための活路となるだろう。

≪強い農業の実現を急げ≫

TPPは暮らしにも幅広くかかわる。安価で質の高い輸入品の流入は消費者に恩恵をもたらす。著作権など新たなルールが及ぼす影響も見極めねばならない。

安倍晋三政権が力点を置かねばならないのは、社会への明確な情報発信だ。

TPPをテコに進めなければならないのは生産性の低い産業の構造改革を促すことである。言うまでもなく、その象徴が農業だ。

政府はコメや麦、牛・豚肉などの重要農産品を例外扱いとすることを主眼に交渉を進めた。バター不足が深刻な中で乳製品輸入の大幅な拡大に歯止めをかけようとしたのも、消費者ではなく、生産者への配慮である。

日本の農業は、高齢化や小規模経営によるコスト高などの課題が山積している。TPPに伴う輸入拡大に備えるため、今後は国内対策に焦点が移ろう。

ただ、それは農業の生産性を改善し、競争力を強化するものでなければならない。これを通じて経営体力を高め、所得向上を実現することこそが本筋である。

懸念するのは、来夏の参院選をにらんで、政府与党が対症療法的なばらまきに向かうことだ。不満を糊塗(こと)する見せ金にこだわるようでは、農協法改正などで動き始めた改革機運にも水を差し、強い農業の実現も遠のくだろう。

TPPの合意は、ゴールではなく、日本の経済、社会の仕組みを根本から改革するための出発点である。これを土台に発展への道筋を描き、着実に改革を実行に移していく。それこそが、政権の果たすべき責務である。

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