◆日本農業の強化は待ったなしだ
アジア太平洋地域に、世界経済を牽引する新たな貿易・投資の枠組みが誕生する。
環太平洋経済連携協定(TPP)交渉が閣僚会合で大筋合意した。
世界の国内総生産(GDP)の約4割を占める巨大な自由貿易圏の創設で、人やモノ、資金の流れが活性化され、経済成長を底上げする効果が期待できる。
5年半に及んだ交渉は最後まで難航したが、先進国から新興国まで、様々な事情を抱える参加12か国が多くの利害対立を乗り越えたことを歓迎したい。
◆危機感共有で漂流回避
交渉は予定を4日延長して、ようやく妥結した。新薬開発のデータ保護期間を巡る協議などが、最後までもつれたためである。
保護期間は、米国が12年、オーストラリアなどが5年を唱えたが、実質8年とする日本の提案が採用されたという。
仲介役として、日本が一定の役割を果たしたのは意義がある。
TPP域内で生産された部品を何割使えば、自動車の関税引き下げなどの優遇を受けられるかという「原産地規則」に関する意見の相違も解消した。
日本が4割、メキシコなどは6割超を主張したが、5割前後で妥協が成立したとされる。
ニュージーランドが、日米などに乳製品の輸入拡大を迫っていた問題でも折り合いがついた。
激しく対立してきた各国が、大局的見地から歩み寄ったことは評価できる。
数々の懸案で各国が譲歩に転じたのは、今回も物別れに終われば、交渉が漂流しかねない、という危機感を共有できたからだろう。
米国では今後、来年秋の大統領選をにらんで民主、共和両党の対決姿勢が強まり、合意への機運が薄れる恐れが指摘されていた。
議長のフロマン米通商代表は記者会見で、「野心的な高いレベルの合意だ」と成果を強調した。
TPPは31分野にわたり、関税撤廃や規制改革などを約束している。発効すれば、多くの農産品や工業製品の関税が下げられ、公平で透明性の高い包括的な貿易・投資ルールが整備される。
経済活動の自由度が高まり、生産拡大や雇用創出など、様々な恩恵を享受できよう。
各国は今後、速やかに合意案の議会承認を得て、協定発効へ着実につなげることが大切だ。
TPP参加で得られる利益と甘受すべき痛みを、国民に丁寧に説明することが求められる。
安倍政権は、TPPを成長戦略の柱と位置づけている。TPPは、人口減で国内市場の縮小が見込まれる日本が、アジアの成長を取り込むのに不可欠な枠組みだ。
◆中国を牽制する役割も
TPPのルールを各国が順守することで、規制が突然変更されるといったリスクが低下し、企業は安心して域内国に進出できる。
道路や鉄道などのインフラ(社会資本)輸出を促進する追い風にもなろう。牛・豚肉など多くの輸入関税が下がれば、日本の消費者が受けるメリットも大きい。
安倍首相は、大筋合意について「価値観を共有する国による自由で公正な経済圏を作っていく国家百年の計だ」と語った。
TPPを主導する日米が結束し、同盟関係を深化させる効果も見逃せない。覇権主義的動きを強める中国への牽制となろう。
世界最大の経済協定であるTPPの原則は「国際標準」となる。公正、透明なルールに従うよう中国に改革を迫り、世界2位の経済力を世界の繁栄に生かしたい。
TPPの副作用への対応も欠かせない。特に、関税の引き下げで、外国産品との厳しい競争に直面する国内農業への打撃を心配する向きは多い。農業の体質強化は待ったなしだろう。
◆予算のバラマキを排せ
TPPを単にマイナス材料とみなさず、むしろ未来の農業を形成する好機と捉えてはどうか。
IT(情報技術)導入や農地の大規模化で生産性を上げたり、戦略的な輸出で農業の稼ぐ力を高めたりする事業に注力すべきだ。
コメ市場が部分開放された1993年のウルグアイ・ラウンド合意では、8年間で計6兆円規模の対策費が投じられた。土地改良など公共事業が中心で、競争力を高める効果は乏しかったとされる。同じ轍を踏んではなるまい。
来年夏の参院選を意識し、自民党内からは、TPP対策を名目に農業予算の大幅増を求める声が出ている。バラマキを排し、農業再生に資する事業に予算を重点配分できるかどうかが問われよう。
この記事へのコメントはありません。