新日鉄技術流出 巨額和解金が戒めた不正行為

朝日新聞 2015年10月03日

産業スパイ 情報を守るためには

新日鉄住金が韓国の鉄鋼大手ポスコを相手取って損害賠償を求めていた「産業スパイ事件」で、両者が和解した。ポスコは昨年の純利益の半分ほどに当たる300億円を新日鉄住金に支払う。さらに、公表されてはいないが、新日鉄側に対象技術のライセンス料を支払うことなどでも合意した模様だ。

海外企業への技術漏洩(ろうえい)が今回のように裁判で明らかにされるのは珍しい。犯罪の特定が難しく泣き寝入りする企業が少なくなかった。技術進歩が速い情報技術分野などでは、裁判に訴えてもコスト面で割に合わないとみなされてもきた。今回、新日鉄住金が訴訟に踏み切ったことで、重要な技術情報が産業スパイを通じてライバル企業に渡った不正行為の実態が明らかになった意味は大きい。漏洩への備えが甘かった多くの企業に有益な警鐘となったのではないか。

新日鉄住金から漏洩した技術は、電気を家庭に送るための変圧器の材料となる「方向性電磁鋼板」。電力が不足している新興国で需要が急増しており、世界でも数えるほどのメーカーしか作れない高度技術だ。

なかでも最高水準とされる新日鉄住金の技術は40年以上かけて開発され、製造設備には社員でもめったに近寄れないほど管理を徹底していた。

その門外不出の技術の漏洩は意外な形で発覚した。同じ技術をもつポスコの元技術者が中国の鉄鋼大手に技術を横流ししていた。韓国検察に捕まったその元技術者は裁判で「技術はもともと新日鉄のものだった」と暴露したのだ。

不心得者はどんな組織にもいる。そのなかで企業が機密情報をどう守るのかは重い課題だ。

この事件をきっかけに罰則強化が必要だという声が高まり、今年7月に産業スパイを防ぐための改正不正競争防止法が成立した。情報漏洩の罰金額の上限を個人3千万円、法人10億円と、従来の3倍ほどに引き上げ、機密情報を不正に取得して得た収益は没収できるようになる。法律で抑止効果を高める方向は評価できる。

それでも不正行為を完全に止めることは難しい。企業は重要情報を社外に簡単に持ち出せない管理システム、退職技術者との秘密保持契約といった対策をこれまで以上に強化する必要がある。締め付けだけではない。社員の発明や研究開発の成果に対し、報酬面でもきちんと報いることが求められるだろう。

情報を守るには大きなコストがかかる。今回の事件が企業に与えた教訓である。

読売新聞 2015年10月02日

新日鉄技術流出 巨額和解金が戒めた不正行為

国際競争力を維持するため、独自の技術情報など、営業秘密の漏洩ろうえいをどう防ぐのか。企業にとって大きな課題である。

新日鉄住金が、韓国の鉄鋼最大手ポスコに鋼板技術を盗用されたとして、損害賠償を求めていた訴訟で、和解が成立した。ポスコが新日鉄住金に300億円の和解金を支払う。

新日鉄住金によると、ポスコは、旧新日鉄の元社員に働きかけ、多額の報酬を払う見返りに、技術情報を不正に流出させた。

狙われたのは、電磁鋼板と呼ばれる最先端の鉄鋼製品だ。変圧器や携帯電話の部品など、身近な製品にも使われている。

ポスコは、独自の技術で製造したと主張していたが、最終的に、年間利益の50%を超える巨額の和解金の支払いに応じた。新日鉄住金の事実上の勝訴と言えよう。

ライバル企業の秘密情報を不正に入手して盗用し、利益を稼ぐ。こうした違法行為が、結局は大きな代償を伴うことを内外に印象付けた意義は大きい。

今回の問題は、中国の製鉄会社への情報漏洩容疑で韓国の捜査当局に逮捕されたポスコの元研究員が、新日鉄住金からの元社員による漏洩も証言したことで、たまたま明るみに出た。

水面下では、日本企業を狙った産業スパイ事件が増えている。経済産業省によると、2013年度の企業の情報漏洩件数は、09年度の5倍の540件に上る。

新興国の企業が、リストラや定年で退職した日本人技術者に好待遇を提示し、取り込む動きが目立つという。日本が原子力発電所の稼働ゼロを続けていたことで、関連技術者が中国や韓国などに流出する懸念も強まっている。

営業秘密の漏洩を身内の恥などと判断し、提訴に消極的な企業が多い。7月に成立した改正不正競争防止法は、訴える企業の負担軽減のため、被告の企業に、情報を不正に入手して生産した事実がないことの立証責任を負わせた。

営業秘密を不正に利用した企業や個人に対する罰金も、最大10億円にまで引き上げた。

漏洩防止のため、改正法を有効に機能させることが大切だ。

加えて、情報管理に対する企業の意識向上も欠かせまい。

営業秘密をライバル企業に漏らさないよう従業員や退職者に約束させる秘密保持契約の締結を徹底する。機密情報にアクセスできる社員を可能な限り限定する。

そうした取り組みにより、被害を未然に防止したい。

産経新聞 2015年10月05日

技術の不正流出 企業の意識改革も必要だ

新日鉄住金が韓国鉄鋼大手のポスコに対し、独自技術を不正取得されたとして損害賠償を求めていた問題は、ポスコ側が300億円を支払って和解が成立し、新日鉄側の実質勝利で決着した。

海外への不正な技術流出に悩む日本企業にとって、知的財産を守るうえで大きな一歩だ。被害を受けた企業が毅然(きぜん)と対応し、相手側に大きな代償を払わせた。違法行為の抑止効果が見込める。

この訴訟を受け、政府は不正競争防止法を強化し、海外企業への技術漏洩(ろうえい)には、より高額の罰金を科せるようになった。

だが、あくまで自社技術を守るのは企業自身だ。情報管理の徹底などの意識改革が問われていることを忘れてはならない。

ポスコは、新日鉄OBから変圧器などに使われる高級鋼板の製造技術を不正に得たとされる。新日鉄による提訴について、ポスコは自社開発したと主張していたが、最終的に和解金を支払った。不正な取得を認めた形だ。

不正な技術流出をめぐっては昨年、東芝が韓国のSKハイニックスに半導体データを盗まれたとして提訴し、韓国側は和解金として約330億円を支払った。日本の先端技術は、韓国や中国などから狙われていると厳しく認識しておくべきだろう。

これまで日本企業には、海外に高度な技術が漏洩しても「身内の恥」などとして泣き寝入りする場合が多かったという。自社の技術者OBが不正に関与する場合があるからだ。

その意味で新日鉄が相手側の不正行為をただすため提訴に踏み切り、巨額の和解金を引き出した姿勢は評価したい。

漏洩への罰金を増やした7月の不正競争防止法の改正では、被害を受けた企業の負担を軽減するため、相手企業に不正に技術を取得した事実がないことの立証責任も負わせた。

この改正は、新日鉄による提訴を契機にして政府と産業界で議論が始まったものだ。日本企業の高度な技術が海外に流出すれば、日本の国際競争力の低下に直結しかねないとの危機感が官民で強まった結果といえる。

企業も技術防衛のため、技術者と秘密保持契約を結ぶなどの対応が必要だ。高度な秘密にアクセスできる人を限定し、情報漏れを防ぐ体制づくりも欠かせない。

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