沖縄戦70年 「悲劇」繰り返さぬ努力を

朝日新聞 2015年06月24日

戦後70年の慰霊の日 辺野古やめ沖縄に未来を

沖縄はきのう、「慰霊の日」を迎えた。

住民を巻き込み、20万人余が犠牲となった沖縄戦から70年。米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画をめぐって、政府と沖縄県の対立が激しさを増すなかで迎えた慰霊の日である。

翁長雄志知事は追悼式での平和宣言で、政府に作業の中止を決断するよう求めた。沖縄にとって特別な日に発せられた知事の言葉を、日米両政府は重く受け止める必要がある。

移設に反対する市民は、昨年7月以来、辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前にテントを張って、24時間態勢で座り込みを続けている。

工事車両が出入りするたびに、地元や県内各地、さらに全国から集まった人々が抗議の声を上げる。

その中の一人、辺野古に住む島袋文子さん(86)は「基地がなければ、戦争は来ない。戦争は私たちでたくさん」と話す。

15歳で沖縄戦に巻き込まれた。壕(ごう)に潜んでいる時、米兵の火炎放射を浴びて左半身にやけどを負った。「私は死んだ人間がつかっている泥水を飲んで生き延びた。生きている限り、戦争と基地に反対する」

戦場のリアリティーが沖縄には強く残る。その感覚を、翁長知事は平和宣言で「私たち沖縄県民が、その目や耳、肌に戦(いくさ)のもたらす悲惨さを鮮明に記憶している」と言い表した。

市街地にあって「世界一危険」と言われる普天間飛行場を一刻も早く閉鎖するのは当然である。しかし、その移設先がなぜ、県内の辺野古でなくてはならないのか。

菅官房長官や中谷防衛相は翁長知事と会談した際に、尖閣諸島周辺で中国公船の領海侵入が急増したことなどを例に、「わが国を取り巻く安全保障環境は極めて厳しい」「日米同盟の抑止力の維持、(普天間の)危険除去を考えると、辺野古移設は唯一の解決策」と繰り返した。

対中国抑止力の強化をめざす政府は、様々な局面で安全保障政策を転換させようとしている。安倍首相はいま、辺野古移設を進めることが日本の安全保障に米国を引きつける大事な要素だと考えているようだ。

集団的自衛権の行使を容認する昨年7月の閣議決定に続き、今春の「2プラス2」と「新ガイドライン」、日米首脳会談、そして安保関連法案の国会審議と、政府は自衛隊と米軍の「一体化」による日米同盟深化の道を進む。

法整備により「日本の抑止力は高まり、国民のリスクが下がる」と安倍首相は言う。

だが、沖縄からは逆にしか見えない。

米軍とともに自衛隊が武力行使すれば、日本が直接攻撃を受けるリスクは増す。まして日本国内の米軍専用施設の74%を抱える沖縄は、他地域よりはるかに「戦争」に近づく。

沖縄にとっては再び最前線へと押しやられ、捨て石にされるとの思いが拭えない。

県民が沖縄戦の記憶を呼び覚まし、辺野古移設を新基地建設だとして反発するのも当然なことである。外交努力による緊張緩和ではなく、中国脅威論を叫んで緊張を高めるやり方は、沖縄にとって最悪の選択だ。

翁長知事は先ごろ訪米し、米国務、国防両省担当者に辺野古の新基地建設反対を伝えた。

反応は冷たいものだった。「辺野古移設が唯一の解決策」「日米合意は揺るぎない」と、日本政府と同様の言葉が返ってくるだけだった。

それでも、落胆する必要はなかろう。翁長知事の発言を聞けば、移設計画が簡単に進められないことに、米政府関係者も気付いたはずだ。

前米国務次官補のカート・キャンベル氏は朝日新聞の取材に、「どんな合意でも、沖縄県や県民の支持がなければならないと思う。このような反対意見が出ていることは、我々にとって立ち止まり、考えさせられる状況だ」と答えている。

日米両政府は再三、民主主義や自由、基本的人権、法の支配という「普遍的価値」を共有していると強調する。

沖縄では昨年、名護市長選、県知事選、衆院選と、いずれも辺野古移設反対を訴える候補が当選した。選挙結果をことごとく無視して作業を続けることは、普遍的価値に反しないのか。再考すべきだ。

平和宣言で翁長知事は「アジアの国々をつなぐ架け橋として活躍した先人たちの『万国津梁(しんりょう)』の精神を胸に刻み、アジア・太平洋地域の発展と平和の実現に努力する」と述べた。

日米両政府、そして国民を挙げて、この沖縄の未来に協力しなければならない。本土防衛の捨て石にされ、非業の死を遂げた多くの沖縄戦の犠牲者を忘れることなく。

産経新聞 2015年06月24日

沖縄戦70年 「悲劇」繰り返さぬ努力を

沖縄戦の終結から70年の慰霊の日を迎えた。最後の激戦地となった沖縄県糸満市摩文仁の平和祈念公園では、全戦没者追悼式が営まれた。

大戦末期(昭和20年4~6月)、沖縄本島に上陸してきた米軍を迎え撃った戦いは、凄惨(せいさん)を極めた。沖縄戦とは、国民が決して忘れてはならない「日本の悲劇」である。謹んで哀悼の意をささげたい。

日本の軍民は、18万8千人が亡くなった。旧制中学、師範学校などの生徒による鉄血勤皇隊や高等女学校の女生徒によるひめゆり部隊の戦死者が含まれる。米軍の戦死者1万2千人を合わせ、日米で20万人以上が命を落とした。

沖縄を守ろうと、若者らが操縦する陸海軍の特攻機2571機が出撃した。最大の戦艦「大和」も沖縄へ向かったが、米軍の猛攻撃で鹿児島・坊ノ岬沖で沈み、多くの乗組員が戦死した。

安倍晋三首相は追悼式のあいさつで「沖縄が忍んだあまりにおびただしい犠牲、この地に倒れた人々の血や涙に思いを致し、悲痛の念とともに静かに頭(こうべ)を垂れたい」と述べ、「国際平和の確立に向けて不断の努力を行う」と決意を表明した。

70年前を振り返り、今、もっとも大切なことは何か。それは、あの悲劇を繰り返してはならないという決意であり、行動である。それこそ、今に生きる日本人すべての責務である。沖縄をはじめとする日本に、二度と戦火が及んではならない。

中国公船は尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺で領海への侵入を繰り返している。軍拡も著しく、南シナ海での勢力拡張も急だ。

こうした環境下、安倍政権は安全保障関連法制の整備、日米防衛協力の新指針(ガイドライン)の制定、米軍普天間飛行場の辺野古移設などを進めている。

翁長雄志(たけし)沖縄県知事は追悼式の平和宣言で政府に、移設作業の中止を求めた。しかし辺野古移設こそが、普天間の危険性を除去しつつ、日米同盟の抑止力を保つ方策であることを理解してほしい。

沖縄の重い米軍基地負担を国民が認識し、深く感謝すべきであることは当然だ。一方で、沖縄を含む日本の安全保障に責任を持つのは政府である。

真の平和と安定のために必要なことは何か。日本国民全員が真剣に考えなくてはならない。

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