人質事件検証 情報収集分析の人材養成急げ

朝日新聞 2015年05月23日

IS事件検証 再発防止に資するのか

非道な国際犯罪の犠牲を防ぐ観点からは、極めて不十分だと言わざるを得ない。

政府は、過激派組織「イスラム国」(IS)による邦人人質事件への対応を検証した報告書を公表した。

首相官邸や外務省、警察庁などの担当者による検証に有識者の意見が加味された報告書は、「政府による判断や措置に人質の救出の可能性を損ねるような誤りがあったとは言えない」と結論づけた。

ただ、結論にいたるまでの個別対応の詳細は明らかにされていない。被害者のプライバシーや、他国との情報交換の中身を明かすことができない事情はあるだろう。それでも、45ページの報告書の記述はあまりに抽象的だ。これを読む限りでは、結論の当否を判断することはできず、責任のありかも不明だ。

その最たるところが国会でも問題になった1月17日の安倍首相のカイロでの演説だ。

首相は「ISIL(ISの別称)と闘う周辺各国を支援する」と述べ、難民支援などに2億ドルの拠出を表明。ISは20日、これを批判し、2億ドルを要求する映像を公開した。

報告書は「スピーチの案文については、様々な観点から検討した」としたうえで、「ISは自らに都合よく様々な主張を行うが、スピーチの内容・表現には問題がなかった」と結論づけている。

政府はこの時点で、ISが2人の邦人を拘束している可能性は「排除されない」との認識だったという。確かにISの脅迫は事実をねじ曲げた言いがかりだ。とはいえ、首相がISを名指ししたことへのリアクションをどこまで検討したのか、問題がないと判断した根拠は何だったのかは全く不明確だ。

安倍首相ら多くの政治家がかかわった事件である。有識者を交えても、官僚による検証には限界がある。また、報告には米国の対テロ戦争支援以来の日本と中東の関係についての歴史的な考察も欠けている。

これらの点を補うためにも、国会による検証内容の精査は不可欠だ。秘密保全の手立てを講じてでも、もっと詳細な情報を明らかにすべきだ。

気がかりなのは、報告がこれからの検討課題として、情報収集・分析能力の強化とともに、危険地域への渡航の抑制を挙げていることだ。

無謀な渡航はもちろん慎まなければならない。ただ、民間による報道や人道支援には意義がある。おしなべて規制する方向に進むべきではない。

読売新聞 2015年05月23日

人質事件検証 情報収集分析の人材養成急げ

日本人が海外でテロに巻き込まれることは、もう珍しくない。今回の検証を今後の対策に着実に生かすことが肝要だ。

過激派組織「イスラム国」による日本人人質事件に関する政府の検証委員会の報告書が公表された。後藤健二さんら2人の救出に向けた政府の判断や対応について、「誤りがあったとは言えない」と結論づけている。

人質の「救出が極めて困難なケース」だったとも総括した。

「イスラム国」は残虐で狂信的な暴力集団だ。政府が「テロに屈しない」姿勢を堅持する中、人質救出のためにできることが相当限られていたのは事実である。

報告書は、内閣官房高官らで構成する検証委の評価が中心で、自己弁護の表現も目立つ。一方で、有識者の意見も併記している。

「『イスラム国』と闘う周辺国」への人道支援を含む安倍首相の中東演説の内容や表現に関して、「問題はなかった」と明記した。

有識者からは、「イスラム国」の「脅迫の口実とされた」として「対外的発信には十分に注意する必要がある」との指摘が出た。

日本がシリア周辺国などを支援し、「イスラム国」包囲網の一翼を担うことは、国際社会の一員として当然の責務である。

無論、対外発信には細心の注意が求められるが、過激派組織の出方をおもんぱかって過剰に萎縮するようでは、「テロに弱い国」とみなされ、かえって標的にされかねない。

報告書は、今後の課題として、「言語・宗教・現地情勢等に精通した専門家の育成・活用」や「情報の収集・集約・分析能力の一層の強化」を挙げている。

近年は、中東や周辺でのテロが相次ぐ。アラビア語やトルコ語に通じ、中東に詳しい人材の養成に優先的に取り組む必要がある。

他国の情報機関と渡り合える専門家を給与、役職などで処遇し、戦略的に育成すべきだ。機密は、ギブ・アンド・テイクが原則である。関係国にとって、情報提供に値する国にならねばなるまい。

海外で日本人がテロ被害に遭う度に情報力強化が叫ばれるが、やがて忘れられる。そんなパターンを断ち切ることが大切である。

事件の未然防止のため、危険地域への無謀な渡航を制限する方法についても、検討が必要だ。

報告書は、関係者との信頼関係維持のため、人質解放の具体的な交渉内容に言及しなかった。テロ対策や安全保障への国民の理解を広げるには、もう一歩踏み込んだ検証内容の公開が欠かせない。

産経新聞 2015年05月23日

「イスラム国」検証 情報収集能力の強化急げ

政府が公表した過激組織「イスラム国」による日本人殺害脅迫事件の対応を検証した報告書は、政府の対テロ姿勢を「適切」だったとし、情報収集・分析能力の強化に取り組むよう要請した。真に喫緊の課題である。

事件は、日本人2人の生命が奪われるという最悪の結果を招いたが、検証委員会の有識者は「救出が極めて困難なケースで、政府の判断や措置に救出の可能性を損ねるような誤りがあったとはいえない」と全般的評価を下した。

「イスラム国」は際立った独善性・暴力性を有するテロ集団であり、理性的な対応や交渉が通用する相手ではない-とした指摘は妥当だろう。テロには屈しない、テロリストとは直接交渉しないという、基本原則も守られた。

犯人側による動画公開までの期間に犯行主体を断定できなかった情報の収集、集約、分析能力については改善すべき課題の1番手にあげられた。

政府は対外情報機関の創設に向けて検討に入り、年内にも関連法案を提出する見通しとされる。

政府の情報機関は、内閣情報調査室、外務省、警察庁、公安調査庁など9機関があるが、それぞれがバラバラに活動しており、集約能力に欠ける。

対外情報と国内防諜の総本山となるべき本格的情報機関の必要性は、長く重要な政治課題として指摘されていた。

だが左派勢力の反対や省庁間の対立、これを許す政府与党の弱腰が創設を遠ざけてきた。報告書の要請を深刻に受け止め、本格的な情報機関の創設を急いでほしい。スパイ防止法など関連法の制定、整備も必要である。

来年夏に国内で主要国首脳会議(サミット)、2020年に東京五輪を開催する日本にとって、時間的猶予はない。世界に注目される国際会議や国際大会は、テロの標的となる可能性も高い。

機関の創設やヒューミント(人的情報活動)に従事する要員の育成には、どれだけ急いでも一定の時間がかかる。これらの取り組みと並行して、既存の情報機関の強化や、首相の直下に情報を集約させる暫定的な仕組みの構築も欠かせない。

テロと戦う国際社会と連携するためには、まず日本として責任を果たすための態勢を整えなくてはならない。

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