国旗国歌の要請 大学の判断に任せては

朝日新聞 2015年04月11日

国旗国歌 大学への不当な介入だ

「学問の自由」が保障されない社会に未来はない。「大学の自治」はそのための原則の一つである。

ところが安倍首相は、国立大学の入学式や卒業式での国旗掲揚や国歌斉唱について、参院予算委員会で「正しく実施されるべきではないか」と述べた。

下村文科相も「各大学で適切な対応がとられるよう要請したい」と語った。

政府による大学への不当な介入と言うほかない。文科省は要請の方針を撤回すべきである。

まず安倍首相である。国立大が「税金によって賄われていることに鑑みれば、教育基本法の方針にのっとって」実施されるべきだとの考えを示した。

「基本法の方針」とは「我が国と郷土を愛する態度を養う」という目標を指したつもりだろう。だが、基本法は大学について「自主性、自律性が尊重されなければならない」と定めている。これを忘れてはいないか。

カネを出しているのだから、政府の言うことに従えといわんばかりの論法は乱暴すぎる。国が補助金を出している私立大にも同じことを求めるのか。

文科相は要請の根拠として、国旗・国歌法を挙げた。この法律が成立する際、政府は「国として強制や義務化をすることはない」と答弁したはずだ。

なのに文科省は小中高校の学習指導要領に基づき、国旗と国歌を徹底するよう求め、実際に全国の学校での実施状況を調べた。各地の教育委員会も処分を掲げて締めつけを強めた。

今回、文科省は国立大86校の卒業式や入学式を調べ、国旗掲揚や国歌斉唱を行ったのはどこかをつかんでいた。実態を調べていたこと自体、驚きだ。

文科省は「大学に強制や指導はできない」として、国立大の学長が参加する会議で要請することを検討中だという。

大学には当然、自主性を貫いてもらいたいが、足元には厳しい現実もある。国立大学は法人になっても、主な収入の柱を国の交付金に頼っている。

そのうえ文科省は、国が用意した改革に取り組む度合いに応じて、交付金を配分する姿勢を強めている。今回の要請を拒めば、予算に響くと大学が心配しても不思議ではない。

大学は国の言いなりに教育を行う機関ではない。政府の意向や社会の価値観など一切に縛られず、自由で多様な研究を深めてこそ学問の価値が保たれる。

そんな敬意もなしに介入しようとする政権の姿勢は、大学の空気を一変させかねない。首相と文科相は猛省すべきである。

毎日新聞 2015年04月11日

国旗国歌の要請 大学の判断に任せては

卒業式や入学式で日の丸掲揚、君が代斉唱をしない国立大学に対し、文部科学省は「適切な対応」を要請するという。

読売新聞 2015年04月16日

大学の国旗国歌 要請で自治が脅かされるのか

入学式や卒業式で、国旗を掲げ、国歌を斉唱する。それは、自然な振る舞いではないか。

安倍首相が先週の参院予算委員会で、国立大学での国旗掲揚や国歌斉唱について、「教育基本法の方針にのっとって正しく実施されるべきだ」との考えを示した。

下村文部科学相も記者会見で、「適切な対応が取られるよう、国立大学の学長が参加する会議などにおいて、要請することを検討している」と述べた。

教育基本法は、国と郷土を愛する態度の涵養かんようを教育目標に掲げる。小中高校の学習指導要領では、国旗掲揚や国歌斉唱を指導するよう定めている。

大学には、指導要領のような規定はないとはいえ、国旗・国歌が国民の間で広く定着している状況を考えれば、式典で掲揚や斉唱を促すのは妥当と言えよう。

無論、憲法が保障している「学問の自由」と、それを支える「大学の自治」の原則は、尊重されなければならない。

下村文科相が「(掲揚や斉唱を)するかしないかは各大学の判断であり、強要ではない」と強調したのは、そのためだ。

文科省によると、86の国立大学のうち、先月の卒業式で国旗を掲揚したのは74校、国歌を斉唱したのは14校だったという。

疑問なのは、今回の要請方針に対し、「大学の自治を脅かしかねない」といった批判が出ていることだ。強制力のない「お願い」によって簡単に揺らぐほど、大学の自治はもろいのだろうか。

要請をきっかけにして、大学における自由な研究活動が妨げられるとも思われない。

国立大学の運営が税金で賄われていると指摘し、適切な対応を求めた首相の発言をとらえ、大学への圧力と受け止める声が上がっているのも理解に苦しむ。

「国旗を掲揚しなければ、国からの交付金が減らされるかもしれない」と大学が萎縮することを心配しているようだ。だが、予算配分は大学の規模や機能強化の取り組みに応じて決められる。国旗・国歌の扱いとは無関係である。

自国や他国の国旗・国歌に敬意を表すのは、国際社会における常識であり、当然のマナーだ。

政府がそうした教育を求めるたびに、あたかも統制強化のごとくとらえる議論が起きるのは、世界でも日本だけだろう。

国際常識を身に付けた人材を育成する観点からも、各国立大学の良識に期待したい。

産経新聞 2015年04月14日

国旗国歌 背向ける方が恥ずかしい

国立大学の卒業式や入学式で国旗掲揚と国歌斉唱を適切に行うよう求めることに反発がある。

国旗と国歌に敬意を払う教育がなぜいけないのか。それを妨げる方が問題である。

先週9日の参院予算委員会で次世代の党の松沢成文氏が取り上げた。同氏の求めで文部科学省が各大学に聞き取り調査したところ、今年3月の卒業式で国立大86校のうち、国旗を掲揚したのは74校、国歌を斉唱したのは14校にとどまったという。

これに対し安倍晋三首相は「改正教育基本法の方針にのっとり、正しく実施されるべきではないか」と答弁した。当然である。改正教育基本法では国と郷土を愛し、他国を尊重する態度を育むことを重視している。

下村博文文部科学相は記者会見で「適切な対応が取られるように学長が参加する会議で要請することを検討する」と述べた。文科相は「お願いであり、するかしないかは各大学の判断」とも述べている。大学の自主性にも配慮した要請を批判するのは疑問だ。

大学人にあえて言うまでもないことだが、国旗と国歌はいずれの国でもその国の象徴として大切にされ、互いに尊重し合うことが常識だ。小学校の学習指導要領解説書にも書かれている。

人生の節目の行事で国旗を掲揚し、国歌を斉唱することは自然であり、法的根拠を求めるまでもない。まして「大学の自治」を損なうものでもない。

実施できないのは、国旗国歌に背を向ける一部教職員らの反発が根強いからだろう。学長の判断で適切に行ってもらいたい。

小中高校での国旗掲揚、国歌斉唱をめぐっては反対する教職員との板挟みで平成11年に広島県の高校校長が自殺する痛ましい事件が起きた。これをきっかけに国旗を日の丸、国歌を君が代と規定した国旗国歌法が制定された。

国旗国歌に敬意を払う国際的な礼儀に背を向け「強制」と批判することこそ恥ずかしい。

国歌の斉唱時にあえて起立せず式を混乱させる教員が相変わらずいる。自然に敬うことを妨げる動きがあるから東京都などで教職員に起立斉唱する職務命令が出されている。

祝日に国旗を掲げる家庭も少なくなっている。普段から国旗と国歌を敬う教育を大切にしたい。

ガガミラノ スリム 46 - 2015/05/08 20:33
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