地下鉄サリン20年 大惨事は防げなかったか

朝日新聞 2015年03月20日

地下鉄サリン20年 今も問い続ける社会の姿

あんな事件は二度と起きない。そう言える社会になっただろうか。

20年前のきょう、オウム真理教の教団幹部らが都内の地下鉄内に猛毒のサリンをまいた。13人が死亡し、6千人以上が負傷する無差別テロだった。

その前年には長野県松本市で8人が死に至るサリン事件があった。地下鉄事件後も、都庁あての爆発物で職員が大けがをするなど、不穏な日々が続いた。

教団に怒りが向いたのは当然だが、翻って、戦後50年間築いてきた社会はこれでいいのか、と考えさせる事件でもあった。

20年といえば、事件を直接知らない世代が、あの犯罪に加担した信徒の当時の年齢にたどりつこうかという歳月だ。

過去のものとせず、折にふれ問い直していきたい。

事件の根が深いのは、信徒たちが犯罪をするため教団に入ったわけではなく、生きる意味に悩んだり、社会に矛盾を感じたりしていたことだ。だれにでもある感情である。

それでも、救いを求めた先が、思考することを許さず、人心を支配し、服従させる集団だったとき、あんな事件は起こりうる。そう考えた方がいい。

身勝手な主張で人命も顧みない過激派組織「イスラム国(IS)」にひかれる若者がいる現代にもつながる問題である。

宗教や自己啓発をうたうカルトの誘惑は絶えていない。集団名を言わず友達として近づくなど、手段も巧妙になっている。

教団の事件の被告たちを心理鑑定した西田公昭・立正大教授は「人生の悩みはそう簡単に解決しない。すぐに答えを出そうとして『カリスマ』に依存する危険を意識すべきだ」と話す。

社会になじめない人を孤立に追い込んではいないか。多様さも、異質さも受け入れ、包みこむ社会は、一人ひとりが意識することなしにはつくれない。

逃亡していた被告の、最後のオウム裁判が続いている。

捜査・裁判の長期化を懸念し、教団の犯罪は一部しか訴追されなかった。信徒に「神秘体験」をもたらした違法薬物や、マインドコントロールがどう用いられたかは未解明だ。

松本智津夫(麻原彰晃)元教団代表が裁判で語らなかった責任は重い。ただし個人の刑事責任を問う場で分かるのは、一断面でしかない。

なぜどのように一宗教団体が暴走したのか。食い止めることはできなかったのか。政府や国会が総括することはなかった。

研究者やメディアが個別に掘り下げてはきたが、同じ根をもつ事件の再発を防ぐには、得た知見を共有し、全体像をつかむしくみが必要ではないか。

地下鉄サリン事件の裁判長だった山室恵弁護士は、捜査・司法当局やメディアの責任に触れ、「失敗の理由を検証し直すべきだ」と指摘している。

注目すべきは、米国のシンクタンクの関係者や研究者が、サリン事件の被告・死刑囚への聞き取りを重ねてきたことだ。

重大な被害をもたらす生物・化学兵器を、都が認可した宗教法人が製造し使ったという事実が国際的に与えた衝撃からすれば、むしろ当然だろう。

家族以外の面会を制限している法務省が面会を許したのは異例の対応にみえるが、再発防止や学術研究に役立つと判断すれば認めることもあるという。

教団の犯罪によって死刑を言い渡されたのは13人で、いずれも執行されていない。裁判が終わりつつある今なら話せることも、あるのではないか。

真実に近づく努力は、まだ間に合う。

人命を奪い、深刻な後遺症を残した教団の犯罪の被害者救済は、常に後手に回ってきた。

国による給付金の特例法ができたのは、地下鉄サリン事件から13年後のことだ。

それまでに教団の資産を押さえるため被害者自ら破産手続きを進め、今も教団の派生団体から取り立てを続けている負担は半端なものではなく、司法の無力さも感じさせる。

支援団体の調査によると、今も被害者の7割前後が目の不調を感じ、3割に心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状があるという。何か症状が出るたび事件のせいではという不安にかられる人たちは多い。

事件当時救急医療にかかわった医師などでつくるNPOが年1回無料検診をしているが、連絡先がわかる被害者は一部でしかない。聖路加国際病院の石松伸一副院長は「被害者にみられる症状をすべて分かっている人は誰もいない」と指摘する。

サリン中毒について、すべての被害者を把握している政府には、その実像を解明し、真の救済をはたす責任がある。

あの教団の犯罪は、現代の人間と社会の何に起因し、今なお何が問題なのか。闇に包まれている事件の問いかけは重い。

毎日新聞 2015年03月22日

地下鉄サリン20年 今なお教訓と向き合う

朝の通勤ラッシュの電車内に猛毒のサリンがまかれた地下鉄サリン事件から20年がたった。

読売新聞 2015年03月22日

サリン事件20年 教訓をテロ封じ込めに生かせ

オウム真理教による地下鉄サリン事件から、20年が経過した。

朝の通勤時間帯に、東京・霞ヶ関駅を通る地下鉄3路線で、猛毒のサリンがまかれた。13人の尊い命が奪われ、6000人以上が重軽傷を負った。

先進国における初の化学テロとして、世界に衝撃を与えた。

オウム真理教は、教祖・松本智津夫死刑囚の指示の下で武装化を進め、テロ集団と化した。

殺人などの犯罪を重ねていたにもかかわらず、県警間の連携が悪く、教団の暴走を食い止められなかった。事件の重い教訓だ。

公安調査庁は、地下鉄サリン事件の翌年、破壊活動防止法に基づく教団の解散処分を請求した。しかし、公安審査委員会は「教団が将来、破壊活動を繰り返す明らかなおそれがあるとは認められない」との理由で退けた。

凶悪事件を何度も引き起こした組織を解散させなかったのは、不見識と言うほかない。

教団の後継団体は今も、松本死刑囚の影響下にあるとされる。ソーシャル・ネットワーキング・サービスなどを活用し、信者の勧誘を続ける。ネット時代となった現在、若者がカルト集団に取り込まれる危険性は高まっている。

公安調査庁が教団の監視を徹底することが重要だ。

事件の被害者は、サリンの後遺症に苦しんでいる。

被害者支援団体が実施したアンケートによると、回答した被害者の7割が何らかの目の異常を訴えた。3割の人には、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状が見られたという。

継続的な健康診断や心のケアの充実が求められる。

事件を契機に、テロ発生時の備えは整えられつつある。

警視庁など9都道府県警には、NBC(核・生物・化学)テロ対応専門部隊が設置された。あらゆる事態を想定して訓練を重ね、消防や自衛隊などとの連携を強化しておくことが欠かせない。

主な医療機関には、救急治療の専門チームが作られている。ただ、サリン中毒の治療に有効な解毒剤は、平時での使用機会が少ないため、備蓄が十分とは言い難い。

迅速な投与を可能にする態勢づくりが急務である。

日本は、過激派組織「イスラム国」をはじめ、新たなテロの脅威に直面している。5年後には東京五輪・パラリンピックも開催される。事件の苦い経験をテロの封じ込めに生かさねばならない。

産経新聞 2015年03月20日

地下鉄サリン20年 大惨事は防げなかったか

20年前の平成7年3月20日、都心はパニックに陥った。

通勤時間帯の午前8時ごろ、官庁街、東京・霞ケ関駅を通る地下鉄3路線にオウム真理教の信者が猛毒の「サリン」を散布した。13人が死亡し、6000人以上が重軽傷を負った。今も後遺症に苦しむ人が多くいる。

カルト教団による凶行、大惨事は防ぐことができなかったのか。20年を経た今も、検証が尽くされたとは言い難い。

教団の暴走を許した警察の捜査や、メディアを含む当時の社会情勢についても、徹底的に洗い出すべきだ。検証を、次なるテロへの教訓としなければならない。

麻原彰晃(本名・松本智津夫)死刑囚を教祖とするオウム真理教は、地下鉄サリン事件を起こす前にも、多くの犯罪を繰り返していた。元年11月には「オウム真理教被害者の会」の代理人をしていた坂本堤弁護士の一家3人を殺害し、別々の山中に埋めた。

横浜市の自宅から教団のバッジが見つかり、教団の関与も疑われたが、捜査は進まなかった。実行犯の供述により、3人が無残な姿で発見されたのは、地下鉄サリン後の7年9月だった。

坂本さん一家殺害の実行犯の多くは、地下鉄サリンなど、その後に教団が起こす事件でも中心的役割を果たした。早期に殺害事件を解決していたら、惨事は存在しなかった可能性がある。

14日に都内で行われた地下鉄サリン20年のシンポジウムでは、参加した米コロラド州立大学のアンソニー・トゥー名誉教授(毒性学)が地下鉄サリン前年に日本の警察からサリンの検出方法について照会を受けたと明かした。

その上で「早期に施設を捜索すれば、すぐに分かったはずだ」と述べた。施設への強制捜査は事件の2日後だ。こうした証言についても検証を尽くしてほしい。

「たら」「れば」の可能性を掘り起こすことが検証である。決して終わった事件ではない。教団の暴走を止める機会はどこにあったのか。なぜできなかったのか。どうすれば止められたのか。

そうした検証結果を、真の教訓としなければならない。教団に対する破壊活動防止法の適用が見送られた経緯も見直してほしい。司法取引や通信傍受などの捜査手法の適用範囲の拡大についても検討を重ねるべきだ。

この記事へのコメントはありません。

この社説へのコメントをどうぞ。
お名前
URL
コメント

この記事へのトラックバックはありません。

トラックバックはこちら
http://shasetsu.ps.land.to/trackback.cgi/event/2134/