朝青龍引退 協会も師匠も猛省を

朝日新聞 2010年02月09日

朝青龍騒動 ここから何を学ぼうか

「品格」が問われ続けた横綱、朝青龍関が引退した。直接のきっかけは泥酔しての暴行騒ぎだが、身勝手な行動や行儀の悪さでトラブルを重ね、角界を去らざるをえなくなった。

スピードとみなぎる闘志で土俵を沸かせた、やんちゃな横綱の退場を、寂しく感じるファンも多い。

責任はもちろん、本人と指導力を欠いた高砂親方にある。だが、一連の騒動は、相撲界の課題もあぶり出した。

大相撲はプロスポーツであると同時に、儀式性を重んじる世界だ。勝てば地位も収入も上がる強者優先の仕組みと、伝統や品格といった精神論が併存する。だから力士には、強さだけではないものが求められる。

確かに朝青龍には自覚と努力が不足していた。しかし、モンゴルから来た少年が入門からわずか4年余で最高位に上り詰め、角界を背負う立場になったことを考えると、支える態勢が十分だったのか、疑問が残る。

新弟子を「国技」の担い手にまで育てるには、心身両面での丁寧な指導が必要だ。日本の言葉や文化に慣れない外国人ならばなおさらである。親方任せでなく、相撲協会全体で身を入れて取り組まねばならない。

いまや幕内の4割は外国出身。大相撲は外国人に頼らざるをえないのが実情だ。彼らに相撲の伝統を担ってもらうには、日本人でも説明するのが難しい「品格」という言葉を押しつけるのではなく、その内実を詳細に具体的に語り聞かせることが不可欠だろう。

様式や約束事には本来、深い意味がある。伝統の継承とは、それを掘り下げて理解したうえで身につけることだ。形をなぞることではない。そのための教育や研究には、外部の知恵や力を大いに借りたらいい。

外国人を受け入れていくうえで、検討すべきことは他にもたくさんある。たとえば、どんな立派な実績を残しても、引退後は日本国籍に変えなければ、親方として指導や協会運営に加われない仕組みはこのままでいいか。

頭にまげを乗せている純日本的な集団が、優秀な外国人に支えられている。そこに私たちがいま、あるいは将来、直面する問題が突出して表れていると見ることもできる。

日本に暮らす外国人は増え続けている。こちらの考え方に合わせてくれる人は歓迎し、そうでない人は排除するというのは、もはや通用しない。

同じ社会を構成する仲間として、相手にわかりにくい固有の習慣や伝統があれば、丁寧に説明し、理解を求める。あるいはこちらが変えるべきところは、変えていく。その積み重ねが、お互いの信頼を築いてゆくはずだ。

多様な文化が共生する社会をつくるために「朝青龍騒動」から酌むべきことは、実は少なくないのである。

毎日新聞 2010年02月05日

朝青龍引退 協会も師匠も猛省を

1月の大相撲初場所で歴代3位となる25回目の優勝を飾った横綱・朝青龍が4日、現役引退した。

引退の引き金となったのは初場所中に引き起こした暴行騒ぎで、横綱として言語道断の行為である。日本相撲協会は4日、理事会を開き、朝青龍本人と師匠の高砂親方を呼び、事件について事情聴取した。

8年ぶりの選挙で選ばれた新体制として「解雇」を含む厳しい処分を下すことも予想された。現役横綱が解雇されればまさに前代未聞のことであり、朝青龍本人は言うに及ばず、伝統ある協会の歴史にも汚点の上塗りとなる。その前に朝青龍が自ら身を引くことで穏便な決着に終わったという見方もできよう。

だが、問題横綱が去り、「一件落着」と胸をなで下ろしてもらっては困る。当代随一の人気・実力力士がこんな形で土俵から去ることになった原因を究明し、協会として再発防止策を講じなければならない。

3年前のモンゴルでのサッカー問題をはじめ、朝青龍の度重なる不祥事については改めて説明の必要もない。そのたびに朝青龍と並んで批判の矢面に立ったのが師匠である高砂親方だった。「弟子の養成は師匠の責任」とされる相撲界では、高砂親方の指導力不足がクローズアップされた。確かに高砂親方の責任が重いことは言うまでもない。だが、協会執行部の責任も免れない。

7年前、「時期尚早」という横綱審議委員会の忠告にもかかわらず、朝青龍を横綱に推挙したのは理事会だ。しかし不祥事のたび、高砂親方一人に責任を押しつけ、協会執行部は高みの見物を決め込んできた。早期に適切な指導をしてこなかった協会執行部が「モンスター横綱」を甘やかし、増長させた面もある。

「横綱の品格」が問われたとき、それを教えるのは元大関の高砂親方には荷が重かったか。先輩横綱たちを含め、協会全体で立派な看板横綱を育てるという意識があまりにも薄かったと思えてならない。

スピードにあふれ、闘志を表に出す朝青龍の豪快な取り口は多くのファンを引きつけた。人気横綱・貴乃花の引退後、平成大相撲を支え、05年には全6場所完全制覇の偉業も打ち立てた。同じモンゴル出身の横綱・白鵬が台頭してからは2人で大相撲人気を支えてきた。その一方の雄が土俵からいなくなり、人気面で影響が出るのは避けられまい。

外国人力士が増え、20歳そこそこで番付最高位に上り詰めることもある大相撲の世界だ。今回の朝青龍問題を教訓に、協会として力士の人間教育にはこれまで以上に本腰を入れなくてはならない。それを抜きにして「国技」を名乗る資格はない。

読売新聞 2010年02月06日

朝青龍引退 実績を汚した品位欠く行動

横綱としての品位を欠く数々のトラブルを考えれば、引退はやむを得ない結末といえよう。

大相撲の横綱朝青龍が現役を引退した。優勝した初場所中に泥酔し、知人を負傷させた問題の責任をとった形だ。朝青龍は、「皆さんに迷惑をかけたことに対し、自分で(引退を)決めた」と語った。

一方で、横綱審議委員会は、朝青龍の引退勧告書を日本相撲協会の武蔵川理事長に提出した。「一連の不祥事は畏敬(いけい)さるべき横綱の品格を著しく損なうもの」と、横綱失格の烙印(らくいん)を押した内容だ。

厳罰を求める声が高まって進退窮まり、朝青龍にとっては、引退届を出すしか選択肢はなかったということだろう。

土俵の内外での振る舞いに、これほど物議を醸した横綱はいない。巡業を休み、モンゴルでサッカーに興じていた問題では、2場所出場停止の処分を受けた。

土俵上でのガッツポーズ、勝負が決まった後の「だめ押し」などにも批判が多かった。

今回の問題では、朝青龍と被害者の間で示談が成立したという。そうであっても、大事な場所中に騒動を起こしたこと自体が、大相撲を背負う横綱としての立場や責任を忘れた行為である。

スピード感あふれる取り口、切れ味鋭い技――。力士としての卓越した才能は、多くの人が認めるところだった。

幕内優勝25回は、大鵬、千代の富士に次いで3位だ。大鵬を超える7場所連続優勝も成し遂げた。白鵬が横綱に昇進するまでは一人横綱として角界を支えた。

こうした実績に、不祥事で泥を塗ってしまったことは、残念というほかはない。

師匠の高砂親方は指導力を示せず、トラブルを繰り返す朝青龍に行動を改めさせることができなかった。部屋の責任者としての監督責任は極めて重い。

場所中、朝青龍は盛んな声援を浴びていた。問題を起こしても、土俵では強さを見せる独特の個性が人気の要因だったのだろう。

実力のある横綱だっただけに、相撲協会の朝青龍に対する対応には、甘さがあったのではないか。なかなか「満員御礼」にならない厳しい状況の中、看板力士を失った協会は、収益面でも打撃を受けることになりそうだ。

騒動続きの相撲界に嫌気がさしたファンも少なくあるまい。信頼回復には、魅力ある力士を養成し、充実した土俵を見せることが、何より大切である。

産経新聞 2010年02月06日

朝青龍引退 「相撲道」へ仕切り直しを

横綱朝青龍が相撲界を引退した。暴行事件の責任をとった形だが、日本相撲協会理事会にも引退を求める声が強く、事実上の「解雇」に近い。

事件は1月の初場所中に、酒に酔って知人をなぐり、ケガをさせたとされている。事実だとすれば横綱としてとうてい許されない行為である。しかもこれまでにも、たびたび不祥事を起こしており、引退はむしろ当然といえる。

これまで不祥事が起きるたびに対応の鈍さを指摘されてきた相撲協会も、今回は最終局面で横綱に対して毅然(きぜん)とした姿勢で臨んだ。そのことは評価してもいいが、それで、協会側の責任を免れるものではない。

朝青龍はこれまでも、骨折を理由に巡業を休んでいながら母国のモンゴルでサッカーに興じるなどの騒ぎを起こしてきた。さらに土俵上でも不必要なにらみ合いやだめ押しなど、相撲の礼を失する行為を繰り返してきた。

しかし協会はその都度、出場停止や厳重注意など比較的軽い処分ですまし、指導を怠ってきたといっていい。横綱への遠慮があったのかもしれないが、これが土俵の内外での「好き勝手」を許してきたのである。

とりわけ、直接の師匠である高砂親方の責任は重大だ。降格処分もやむを得ない。

大相撲の世界は、囲碁・将棋や落語などと同様に「内弟子」制をとってきた。かつては中学校や小学校を出たばかりの少年が部屋に住み込み、親方や兄弟子から相撲の技術ばかりでなく、人間としての生き方まで学んできた。

そのことで「相撲道」とも言われ、「国技」を自任する日本の伝統文化を育ててきたのである。

だが近年は、高校や大学出、それに外国人の入門者が圧倒的に多くなり、そうした力士教育になじまなくなった。そのうえ、力士を育てるよりも、一門の権益を守る「派閥活動」に専心するような親方が増えるようでは、「第2の朝青龍」が現れる恐れもある。

朝青龍の引退で、興行的に落ち込むことを心配する声もある。しかしここは角界全体が「相撲道」の原点に返り、心技体に優れた魅力ある力士を育てることで乗り切るしかない。

そのために相撲協会も、協会として力士の教育システムを充実させ、外部の声をもっと取り入れるなどの改革も進めるべきだ。

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