安倍晋三首相は施政方針演説で「戦後以来の大改革」断行を強調した。経済再生を目指す「アベノミクス」の推進や地方創生、社会保障改革、外交・安全保障の立て直しなどである。
日本が内外の危機を克服するため、諸課題への取り組みから「逃れることはできない」という首相の認識は妥当だ。改革断行への決意を評価したい。
大改革には「痛み」が伴い、その実現には国民の支持と理解が不可欠だ。改革の先に日本がどのような姿に生まれ変わるのか、具体的かつ丁寧に説明すべきだ。
≪テロとの戦いで貢献を≫
その点、演説が踏み込み不足だった点は否めない。今後の国会質疑を通じ議論を深めてほしい。
国会の本格論戦を前に発生した中東の過激組織「イスラム国」による日本人殺害脅迫事件は、今のままでは国民を守る責務を果たしきれない、という根源的問題を日本に突き付けた。
首相はすでに、予算委答弁で「国民の生命と財産を守る任務を全うするためだ」として、憲法9条改正の必要性にも言及している。演説でも、自衛隊による邦人救出の態勢を整えることを、明確に訴えてほしかった。
国際テロの封じ込めは、日本人の安全確保に直結する。日本として具体的に取り得るぎりぎりの手段を考え、実行に移すべきだ。
食糧、医療など人道支援にも触れたが、自衛隊の活用を含む有志連合への後方支援は選択肢から外しているのだろうか。1990年の湾岸危機に際し、日本の支援は資金、物資面にとどまり、国際社会から批判を受けた。そのような状況に逆戻りしてはなるまい。
中国の軍事力増強を見ればわかるように、日本周辺の安保環境は厳しく、日米同盟の抑止力を高めなければならない。集団的自衛権の行使容認を柱とする安保関連法制を、今国会で整備しなければならない理由である。
首相は演説で、安保法制の具体的なあり方や意義について踏み込まなかった。与党の公明党が自衛隊の海外派遣の恒久法やペルシャ湾での機雷除去に難色を示していることへの配慮もあるだろう。
だが、首相が自ら日本に必要だと考える内容を、国民に率直に訴えることこそ重要だ。
憲法改正について、国民的な議論を深めることを呼びかけた。一国の指導者として、国の基本法をどう改めていきたいかを、さらに具体的に語ってほしい。
衆院選は消費税再増税の延期方針に伴って行われた。再増税に耐えられるよう、日本経済を持続的に発展させる重要性がより高まったともいえよう。
経済全体を底上げする成長戦略の具体化が急務であることは論をまたない。「改革断行」は、成長路線を加速する決意表明とも受け止めたい。
≪消費者への利点を説け≫
首相は農協改革について、強い農業を創り、農家の所得を増やすためだと訴えた。若い世代の積極的な就農につながれば、地域の成長産業として期待も高まろう。
それは同時に消費者の利益にもつながるはずだ。「出口が見えてきた」とする環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉も同様である。改革の断行、TPP妥結により、国民生活がどう改善するかを説明すべきだ。
アベノミクスの恩恵は家計や地方に行き渡っていない。演説は最近の格差論議を踏まえ、誰もが成功への機会を得られる社会を目指す考えを示した。
教育や労働改革を通じて貧困の固定化阻止を目指す方向性は理解できる。格差是正を大義名分にお金をばらまく行き過ぎた再分配政策に走れば、経済や社会の活力を失わせるからだ。
野党の格差批判に身構え、聞こえのいい話に終始してはならない。だが、演説からは社会保障改革も含め、勇気をもって痛みに理解を求める姿勢がうかがえなかった。衆院選で与党大勝を得たばかりである。今、語らずしていつ語るのか。
財政再建についても、基礎的財政収支の黒字化目標を堅持し、夏までに具体的な計画を策定する従来方針を改めて述べただけだ。
経済成長に伴う税収増に期待するだけでは、財政再建を果たすことはできない。歳出効率化を含む政権の基本的な姿勢を、国民に示すことが求められる。
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