残虐な犯罪行為を繰り返す過激派組織「イスラム国」が跋扈するシリアの危険性を冷静に直視することが重要である。
外務省が、シリアに渡航しようとした新潟市のフリーカメラマンに対し、旅券の返納を命令し、受け取った。
本人の生命、身体、財産を保護するため、返納を命じることができると定めた旅券法の規定を根拠とする初めての措置である。
菅官房長官は、旅券を返納させた理由について「シリアに入れば、生命に直ちに危険が及ぶ可能性が高い」と指摘した。いったん出国すれば、シリアへの渡航を防ぐことが困難になるとも説明した。
外務省は、今回の返納をあくまで「例外的な措置」と位置づける。菅氏も、今後の対応について「個別の判断」としている。
カメラマンは「渡航、報道、取材の自由が断ち切られた」と不満を示し、法的措置も検討しているという。これはおかしい。
言うまでもなく、憲法が保障している渡航や報道の自由は、最大限尊重されるべきだ。しかし、イスラム国は、邦人の人質2人を冷酷に殺害したうえ、今後も日本人をテロの標的にする、と公言したばかりである。
この状況の下で、外務省が、渡航を中止するよう説得を重ねたうえ、本人が応じないため、旅券を返納させたのは妥当だ。
海外での邦人保護は、政府の重要な責務であり、他に有効な手段がないからである。
カメラマンは今月下旬にトルコ経由でシリアに入国し、イスラム国の支配地域以外で難民などを取材する予定だった。しかも、事前に計画を明らかにしていた。
だが、シリアは今、現地ガイドや仲介者が外国人の誘拐に頻繁に加担するような治安情勢にある。一民間人が自らの安全を確保できると考えていたら、認識が甘く、無謀だと言わざるを得ない。
シリアでの取材経験が豊富な後藤健二さんが、イスラム国によって拘束、殺害された事実を、きちんと踏まえる必要がある。
仮に日本人が再び拘束された場合、様々な要求が日本政府に突きつけられよう。事件対応に膨大な人員やコストを要するうえ、日本の外交政策が制約され、ヨルダンなど関係国にも悪影響が及ぶ。それは先の事件で明らかだ。
イスラム国にとって、日本人人質の利用価値が高まっている。本人一人の「自己責任」では済まされない展開が想定されることを、きちんと自覚せねばなるまい。
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