憲法改正の道筋が示された。安倍晋三首相が自民党の船田元憲法改正推進本部長との協議で、最初の憲法改正発議と国民投票の実施は来年夏の参院選後になる、との見通しを確認したことである。
改憲が具体的な政治日程にのぼったのは初めてだ。憲法改正を自らの歴史的使命と位置付けてきた首相の覚悟と決意の発露と受け止め、高く評価したい。
問題は憲法改正の中身だ。発議には衆参両院でそれぞれ総議員の3分の2以上の賛成が必要となることから、与野党の賛同を得られやすいテーマから始めるべきだとの意見がある。
≪機能不全の解消を急げ≫
だが、優先すべきは国のありようをどうするかだ。国民の生命と安全を守ろうにも守れない、という国家機能の不備を直視しなければならない。
9条が核心なのである。それを是正することが何よりも求められている。
首相は3日の参院予算委員会で「なぜ(9条)改正するのかといえば、国民の生命と財産を守る任務を全うするためだ」と述べた。ここに現憲法が抱える問題の根幹がある。国民の安全と平和を国家として守る安全保障条項が欠落している。
憲法前文は「われらの安全と生存」の保持に言及しているが、それは「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」を前提にしている。
だが、この前提は成り立たない。過激組織「イスラム国」による残虐かつ卑劣なテロだけでなく、尖閣諸島周辺の日本領海侵犯をいまも常態化させ、力による奪取の構えをみせる中国の行動などを見れば、自明であろう。
自らの力で国民を救出する枠組みは、主権国家であれば大なり小なり保持している。国民の平和と安全を守るのは国家の責務だからだ。しかし、日本は自衛隊を保持していても、国民を救出することは考えないようにしてきた。
北朝鮮の工作員に拉致された日本人を救出するため、米国大統領に直訴する。被害者家族からすればそうするしかないというのが、情けない現実なのだ。危険なところには自衛隊を派遣しないという倒錯の結果でもある。
「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」とする9条規定のため、自衛隊は対外的には「軍隊」だが、国内的には「軍隊ではない」という、あきれるような使い分けをしてきた。
国民を守り、不法な侵害行為を排除するために、どの国でも軍を保持していることを忘れてはならない。自衛隊を軍として正当に評価し、国民の資産として活用するのは当たり前なのである。
自民党は平成24年に発表した憲法改正草案で、自衛権や国防軍の保持を明記した9条改正、改正手続きを定めた96条改正などを示した。それを土台に、改正の必要性が高い重要項目のリストアップに入っている。
≪「自衛隊は軍」と評価を≫
首相と会談した船田本部長は、環境権や緊急事態、財政健全化などを候補として挙げているようだ。これらには、他党の賛同を得られやすいメリットは確かにあるだろう。だが、国難をいかに克服するかという論議を、党内で徹底して行ってもらいたい。
9条改正の議論にあたっては、当面する邦人の救出、保護への手立てを講じる観点はもとより、激変する周辺環境に対応し、領土や主権を守り抜くために欠かせないという、改正の最大の意義を改めて想起すべきだ。
中国の軍事拡張や核・ミサイル開発を続ける北朝鮮の脅威に対し、日本の抑止力や米国との共同対処能力を高めていくことなど、中長期的な課題にも9条改正は資するものだからだ。
集団的自衛権の行使容認を具体化する安全保障法制の整備や、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)改定なども、9条改正を視野に入れながら、着実に進めていくことが重要である。
人質殺害事件を受けた日本の対応については、外国の関心も大きい。英紙フィナンシャル・タイムズは3日付社説で、「ここ数週間の出来事で、安倍首相の憲法見直しへの取り組みが台無しになってはならない」と指摘した。9条改正への道筋は、日本が国際社会に積極関与する姿勢を、もっとも鮮明に示すものともなろう。
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