消費再増税 10%先送りも選択肢の一つだ

朝日新聞 2014年11月19日

首相の増税先送り 「いきなり解散」の短絡

安倍首相が、来年10月に予定されていた消費税率再引き上げの先送りと、21日の衆院解散を表明した。

おととい発表された直近の国内総生産(GDP)の実質成長率は、年率換算で1・6%の減。事前の民間予測を大きく下回った。

首相はこれを受け「15年間苦しんできたデフレから脱却するチャンスを手放すわけにはいかない」と判断。ただ、18カ月間の先送り後の再延期はないと断言し、その政策変更の是非を総選挙で問うという。

確かに2期連続のマイナス成長はショッキングだ。ただ、もとより景気悪化による増税の先送りは消費増税法を改正すれば認められるし、民主党もその判断は受け入れている。

国会審議をへて法改正し、アベノミクスの足らざる部分を補う。安倍政権がまず全力で取り組むべきことである。

その努力をする前のいきなりの衆院解散は、短絡に過ぎる。別の政治的打算が隠されていると考えざるを得ない。

首相はきのうの記者会見で、「なぜ2年前、民主党が大敗したのか。マニフェストに書いてない消費税引き上げを、国民の信を問うことなく行ったからだ」と解散の意義を強調した。

民主党は09年の衆院選で消費増税はしないと訴え、政権を奪った。ところが新たな財源を生み出せずに政策転換に追い込まれ、党の分裂と前回衆院選での大敗を招いた。

民主党の失敗についての首相の見方はその通りだろう。だが、今回の首相の姿勢とは同列には論じられない。

首相の解散権行使が理にかなうのはどういう場合か。前の選挙では意識されなかった争点が浮上した時、または首相と国会との対立が抜き差しならなくなった時というのが、一般的な考え方だ。

今回はどうか。12年夏の「社会保障と税の一体改革」の民主、自民、公明の3党合意に基づく消費増税法は、2段階の消費税率引き上げを定めつつ、景気が悪化した時の先送り条項も設けている。

3党がそろって国民に負担増を求める代わりに、定数削減などの「身を切る改革」を断行する――。安倍氏と当時の野田首相とのこの約束が問われた2年前の衆院選で、自公両党は政権に復帰した。

昨夏の参院選でねじれも解消し、首相の政権基盤は安定している。9月に内閣改造もしたばかりだ。それでも任期4年の折り返しにもいたらぬ衆院議員の身を切る前に「首を切る」。あべこべではないか。

増税は、政治家にも国民にもつらい選択である。

消費増税で得られる財源は、子育てや年金などほぼすべての国民に関係する社会保障関係費にあてられる。それがわかっていても、「増税はいや」というのは自然な感情だ。

実際、今月の朝日新聞の世論調査では、来年10月の税率引き上げには67%が反対と答えた。同時に、それで社会保障に悪影響が出ることを不安に感じると答えた人が66%もいる。国民の複雑な思いを表した数字だ。

仮に消費税だけが問われる選挙なら、有権者が首相の判断を覆す一票を投じる動機は弱くなる。「景気対策」という名の付録がつけばなおさらだ。

それを知りつつ、あえて先送りの是非を問うなら、ポピュリズムとの批判はまぬがれない。

財政再建を重視する勢力の反対で、増税先送りの法改正はできそうにないという状況になって、初めて衆院解散の理屈が立つというものだ。

首相は昨年の特定秘密保護法案の審議や今夏の集団的自衛権の容認をめぐる議論の過程では、国民の審判を仰ぐそぶりすら見せなかった。

表現の自由や平和主義という憲法価値の根幹にかかわり、多くの国民が反対した問題であるにもかかわらずだ。

国論を二分する争点は素通りし、有権者の耳にやさしい「負担増の先送り」で信を問う。政治には権力闘争の側面があるにせよ、あまりに都合のよい使い分けではないか。

首相は先の通常国会で、憲法解釈の変更について「最高の責任者は私だ。そのうえで私たちは選挙で国民の審判を受ける」と答弁した。「選挙で勝てば何でもできる」と言わんばかりの乱暴な民主主義観である。

来年にかけて安倍政権は、原発の再稼働や集団的自衛権の行使容認に伴う法整備など、賛否がより分かれる課題に取り組もうとしている。

世論の抵抗がより強いこれらの議論に入る前に選挙をすませ、新たな4年の任期で「何でもできる」フリーハンドを確保しておきたい――。

そんな身勝手さに、有権者も気づいているにちがいない。

毎日新聞 2014年11月14日

増税先送り論 努力も議論も尽くさず

安倍晋三首相が来年10月に予定される消費税率10%への増税を先送りする方針を固めたという。景気回復の足取りが重く、増税すればデフレ脱却が揺らぎかねないとの理由があげられている。衆院を解散し、総選挙で国民に是非を問う流れだ。

読売新聞 2014年11月14日

消費再増税 10%先送りも選択肢の一つだ

財政再建は急務だが、景気を腰折れさせては元も子もない。

安倍首相は来年10月に予定される消費税率10%への引き上げ先送りとあわせて、衆院解散に打って出る意向を示している。

17日に発表される7~9月期の国内総生産(GDP)の速報値を見て、最終判断する。4~6月期に大幅なマイナスだった成長率の回復が思わしくなければ、再増税を1年半程度先送りすることも、確かに選択肢の一つだろう。

消費増税は、少子高齢化で膨張する社会保障費の財源を確保し、国の借金が1000兆円を超える危機的な財政の悪化に歯止めをかけるのが狙いだ。

2020年度までに基礎的財政収支を黒字化する政府目標を達成するには、消費税率を最低でも10%に引き上げる必要がある。

ただし、タイミングには細心の注意を払わねばならない。

今年4月に消費税率を8%に引き上げた後、家計の消費支出は6か月連続で減少している。

増税分を含めた物価上昇に賃上げが追いつかず、消費者は「生活防衛」に走らざるを得ない。

デフレ脱却を目指すアベノミクスは、大胆な金融政策と機動的な財政出動、民間活力を引き出す成長戦略の「3本の矢」で、株価回復など一定の成果を上げた。

だが、国民の多くは、いまだ景気回復を実感できていない。性急な増税によって景気が失速すれば、税収の減少を招き、かえって財政再建が遠のく恐れがある。

政府が消費増税の是非を有識者に聴く13日の「点検会合」では、財政再建や社会保障充実のため予定通りの実施を求める意見の一方で、景気や震災復興への影響を心配する反対論も相次いだ。

読売新聞が今月に行った世論調査では、再増税の中止か延期を望む回答が8割を超えた。

首相が、どのような決断を下すにせよ、国民の理解を得ることが何よりも大切になる。

再増税を先送りする場合は、財政への信認が揺るがぬよう、政府は増税時期を明示し、財政再建計画を練り直さねばなるまい。社会保障費も例外とせず、歳出改革を徹底することが求められよう。

再増税するのなら、有効な消費刺激策が不可欠だ。4月の増税時に行った低所得者への給付金は、1回限りで効果が乏しかった。

恩恵が恒久的に消費者へ及ぶよう、欧州各国の例にならって、食料品や新聞・書籍に軽減税率を適用すべきである。

朝日新聞 2014年11月16日

消費増税の先送り 一体改革を漂流させるな

来年10月に予定している消費税率の10%への再引き上げを先送りする。安倍政権がこうした方針を固め、民主党も認めた。

再増税は、7~9月期の国内総生産(GDP)速報などの経済統計を見て、有識者の意見も聞きつつ、安倍首相が判断する。菅官房長官らはそう説明してきたはずだ。

ところが、GDPの発表を待たず、有識者からの聞き取りが続いているさなかに、政府・与党内で増税先送りと年内の衆院解散が既定路線となった。民主党もこの流れに乗るという。

首相が公式にはひと言も発しないまま、重要な政策変更が固まる。もちろん、議論がないままに、である。

2年半前に民主、自民、公明がかわした「社会保障と税の一体改革」に関する3党合意は、次のような趣旨だった。

――高齢化などで膨らみ続ける社会保障を安定させる必要がある。その費用をまかなう国債の発行、つまり将来世代へのつけ回しは減らしていくべきだ。負担を皆で分かち合うために消費税の税収をすべて社会保障に充て、税率を引き上げていく。

負担増は国民に嫌われる。でも避けられない。だから、与野党の枠を超え、政治の意思として国民に求める――。

そうした精神も議論の空白の中で吹き飛ぼうとしている。

まず責められるべきは安倍政権だ。税率の再引き上げについては、増税を定めた法律に経済状況を勘案するとの「景気条項」がある。だからこそ、経済統計を待ち、有識者の意見を聞くのではなかったのか。

確かに、足もとの景気は力強さにかける。とはいえ、08年のリーマン・ショック時のような経済有事とは違う。一体改革は将来にわたる長期的な課題だ。景気が振るわないなら、必要な対策を施しつつ増税に踏み切るべきではなかったか。

一方、民主党の野田前首相は「景気回復の遅れを政府が認めようとしている中で、増税しろとは言えない」と語る。選挙戦を念頭に、現政権の経済政策の失敗がこの状況を招いたと強調する狙いがあるのだろうか。

今後、数十年にわたって直面する高齢化と人口減少を見すえ、私たちは「給付と負担」という重い課題に向き合っていかざるをえない。それなのに政治は、「決断の重さ」からいち早く逃げだそうとしている。

首相は来月の総選挙を念頭に衆院を解散する意向だ。だがその前に、一体改革をどう考えているのか、安倍氏と野田氏は国民の前で一対一で議論する機会を設けてはどうか。

消費増税の延期は、社会保障のあり方と、それと不可分の財政再建計画を直撃する。

一体改革では、税率引き上げによる税収の増加分の使い道もおおむね決められている。

計画していた給付を削るのか。削らないなら財源をどう手当てするのか。

国債発行に頼れば財政再建は遠のく。政府は基礎的な財政収支の赤字について、GDPに対する比率を10年度の6・6%から15年度に半減させ、20年度には黒字化する計画だ。消費税率を予定通り10%にすれば15年度の目標はぎりぎり守れそうだが、20年度に向けてさらに増税や歳出削減が不可欠という厳しい状況にある。

日本銀行は、大胆な金融緩和のために国債を大量に買っている。日銀が政府の予算を穴埋めしていると見なされれば、国債や円への信頼がゆらぎ、相場急落に伴う「悪い金利上昇」や「悪い円安」を招きかねない。

日銀は、10月末に金融緩和策第2弾を決め、国債購入の上積みを打ち出した。その直後に政府が増税を先送りする。市場の不信を招きかねない。

この間の経緯を見れば、今後も先送りを繰り返すことにならないか、疑念が募る。歯止めが不可欠だ。

まずは再増税の時期を明確に示すことだ。1年半先送りして17年4月とする案が有力のようだが、なぜ1年半か、社会保障や財政再建をどうするのか、説明する責任が首相にはある。

そして、給付をまかなうために負担増が避けられないことを語らねばならない。

そのためにも、法律の景気条項を削除するべきだ。この条項は経済の混乱時に増税を見送る趣旨だとされるが、増税反対派への配慮もあって「経済の好転」を条件とし、目標とする経済成長率が盛り込まれている。

経済の混乱時に増税を見送るのは当然であり、規定の有無にかかわらず政治の責任で判断すればよい。不人気政策を避ける方便に使われるあいまいな規定は百害あって一利なしだ。

いま、考えるべきは、全ての世代にわたる助け合いのあり方だ。政治も、私たち国民も、相互扶助の礎である「給付と負担」を熟考する時である。

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