民主主義国家が取るべき対応からかけ離れた公権力の行使である。
韓国のソウル中央地検が、産経新聞の前ソウル支局長を、情報通信網法に基づく名誉毀損罪で在宅起訴した。産経新聞のサイトに8月に掲載した記事で、朴槿恵大統領の名誉を傷つけたという理由だ。
刑事責任の追及を明言していた韓国大統領府の意向に沿った政治的な起訴だろう。報道への圧力は、到底容認できない。
朴政権に不都合な記事を掲載した日本の報道機関に対し、韓国内の反日感情を背景に、制裁を加える意図はなかっただろうか。
報道の自由は、民主主義社会を形成する上で不可欠な原則だ。
民主政治が確立した国では、報道内容を理由にした刑事訴追は、努めて抑制的であるのが国際社会の常識である。
韓国に拠点を置く海外報道機関で構成する「ソウル外信記者クラブ」は、報道の自由の侵害につながりかねない、と「深刻な憂慮」を表明した。
問題の記事は、韓国有力紙、朝鮮日報のコラムを引用し、4月の旅客船セウォル号沈没事故の当日、朴氏が男性と会っていたという「ウワサ」があると報じた。
別の男性との「緊密な関係」をにおわせる「政界筋」の情報も独自に付け加えた。
起訴状は、こうしたうわさが虚偽であることが確認されたと断じている。前支局長がインターネットを通じて、「虚偽の事実を際立たせた」とも主張する。
前支局長が風評を安易に記事にしたことは、批判されても仕方がない。だが、刑事訴追するのは、行き過ぎである。60日以上に及ぶ出国禁止処分も、移動の自由という基本的人権を侵害している。
産経新聞は、公人である大統領の動静に関する記事は「公益に適う」と強調し、起訴処分の撤回を求めている。
政治家のように反論の機会がある公人と、それがない私人では、名誉を傷つけられた際の対応に、差があってしかるべきだ。
大統領府が産経新聞に抗議し、当日の行動記録を国会に示したことで、朴氏の名誉は既に回復されたはずではないか。
岸田外相は起訴を受け、「報道の自由と日韓関係に関わる」と遺憾の意を表明した。外相は8月と9月の日韓外相会談で、韓国側に慎重な対応を求めていた。
起訴の強行は、外交問題に発展し、日韓関係の修復を一層難しくしかねない。
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