検審初の起訴議決 法廷で真相明らかに

朝日新聞 2010年01月29日

「検審」起訴議決 市民の良識を支持する

不起訴にこだわってきた検察の判断を覆して、市民の良識が求めたのは法廷での真相究明だった。

兵庫県明石市で2001年7月に起きた歩道橋事故をめぐって、神戸第二検察審査会は全国で初めて、強制的に起訴する議決をした。裁判所から指定された弁護士が検察官役になって、当時の明石署副署長が業務上過失致死傷罪で起訴されることになった。

検察官の不起訴の判断に誤りがなかったかどうか、それを国民の代表がチェックするのが検察審査会だ。昨年5月に改正検察審査会法が施行され、「起訴相当」が2度議決されれば必ず起訴することになった。

この事件では、改正法が施行されて2度目の起訴相当の議決だが、施行前を含むと実に4度目の議決となる。

明石市が主催した花火大会で起きたこの事故は、11人が亡くなり、247人がけがをする大惨事だった。

警備にあたった12人が兵庫県警から書類送検された。神戸地検は現場で指揮した明石署地域官や市の幹部ら計5人を起訴し、署長(その後死亡)と副署長は不起訴にした。しかし、署の幹部は警備計画を十分確認せず、当日も事故を避ける措置をとらなかった。検察審査会はそう判断して副署長の過失を問うことにした。

指定弁護士は地検などの膨大な捜査資料を得て、公判も担当する。

当時の警備計画は、7カ月前の花火大会のものを丸写ししたようなものだった。地検は当日の過失だけを問うているが、計画の作成段階にまでさかのぼらないと、事実の解明は難しい。

地検は当初、署幹部の刑事責任も追及する方針だったが、高検などとの協議をへて見送り、度重なる起訴相当の議決にも方針を変えなかった。そこに警察への配慮はなかっただろうか。

「有罪か、無罪かではなく、公開の裁判で事実関係と責任の所在を明らかにする」という検察審査会の考えを支持したい。そのために必要なすべての証拠を提供し、弁護士が補充捜査をするときは全面的に協力するのが地検の役目である。

裁判員裁判と並ぶ司法改革の柱の一つが検察審査会の権限強化だ。検察官が独占してきた起訴、不起訴の決定に市民の意見を反映させるのが狙いだ。不起訴にしてもほとんど理由も明らかにしない。そういう検察の処分のあり方を、揺さぶるてこになりそうだ。

政治家をめぐる検察の動きにも影響を与えている。西松建設がダミー団体経由で自民党二階派のパーティー券を購入していた事件では、検察審査会の起訴相当の議決を受けて東京地検が判断を見直し、同社元社長を政治資金規正法違反の罪で追起訴した。

普通の人々の感覚が司法を動かし始めている。公判に注目していきたい。

毎日新聞 2010年01月28日

検審初の起訴議決 法廷で真相明らかに

01年7月に11人が死亡した兵庫県明石市の歩道橋事故で、県警明石署の元副署長が業務上過失致死傷罪で起訴されることが決まった。神戸第2検察審査会が全国で初めて「起訴議決」を出したためだ。

裁判員裁判とともに、国民の司法参加制度の大きな柱と位置づけられたのが、検察の不起訴処分に誤りがないかをチェックする検察審査会の権限強化だ。昨年5月に改正検察審査会法が施行されたことに伴い、市民から選ばれた審査員11人のうち8人以上が起訴すべきだと2度議決すれば起訴議決となり、必ず起訴されることになった。

事故では、雑踏警備を現場で指揮した警察官らが起訴されたが、上司の署長(その後死亡)と副署長は「事故を予見できなかった」と不起訴処分になった。改正法施行後、改めて遺族の申し立てを受けた検察審査会は、警備計画段階から事故は予見できたとして元副署長の過失を問うべきだと判断した。

弁護士の法的助言を受け、検察官の意見も聞いたうえでの判断だ。現場指揮官らは有罪判決を受けたが、その判決でも元副署長らの責任に触れている。検察の考えが市民感覚とずれていたと言える。

検察はこれまで起訴する権限を独占し、その判断は検察官の裁量に委ねられてきた。検察審査会は1948年に発足、約55万人が参加してきたが、起訴相当か不起訴不当の議決を受けた再捜査による起訴はここ数年も10~30%台で、民意を直接反映させようと法改正された。

今回の起訴議決は、検察審査会の立場を「市民感覚の視点から、公開の裁判で事実関係と責任の所在を明らかにして再発防止を望む点にある」と表明した。有罪か無罪かは本来、裁判所が決めることであり、法廷は真相究明の場でもあると強調したものだ。

起訴議決の場合、裁判所が指定する弁護士が検察官役を果たすが、その責任は重い。補充捜査に当たっては、検察官に警察の指揮を頼まなければならない。司法改革の精神を生かすために、検察は体面にこだわらず協力しなければならない。

西松建設が自民党二階派政治団体のパーティー券をダミー団体の名義で購入した事件では昨年6月、検察審査会の起訴相当議決を受け、東京地検が同社元社長を政治資金規正法違反で追起訴した。民意を重く受け止めたためだ。

開かれた司法の実現のため、市民が判決にかかわる評決権とともに、起訴できる権利も持つ時代になった。だが、起訴はあくまで真相と責任を明らかにする入り口だ。市民の意識の中で「推定無罪」の原則を再確認することが肝要である。

読売新聞 2010年01月29日

初の強制起訴 法曹三者の責任はより重く

一般国民から選ばれた審査員11人が、検察官の出した不起訴処分の適否を判断するのが検察審査会である。

その検察審査会の権限を強化した新制度が、9年前に兵庫県明石市で起きた歩道橋事故に初めて適用された。

花火大会の見物客ら11人が死亡した事故で、神戸第2検察審査会が、警備副本部長として雑踏警備に携わった警察署の元副署長を、業務上過失致死傷罪で起訴すべきだとの2回目の議決を出した。

事故を捜査した神戸地検は、警察署の現場責任者だった元地域官らを起訴したが、元署長(死亡)や元副署長は「事故を予見できなかった」と不起訴にしていた。

新制度では、審査員のうち8人以上が起訴を求める議決を2回出すと、対象者は必ず起訴される。この「強制起訴」は、裁判所の指定した弁護士が検察官役になって行い、公判も担当する。

元副署長は、弁護士による強制起訴で、法廷での裁きを受けることになる。

司法制度の抜本改革に伴い、国民の健全な常識を司法に反映させるため、昨年5月にこの制度がスタートした。今回の初適用で、刑事司法は、同時に始まった裁判員制度とともに、民意を反映させる新しい時代を迎えたといえる。

新制度を円滑に運営するには、弁護士、検察官、裁判官の法曹三者の緊密な協力が、これまで以上に必要となろう。

起訴議決を出した神戸の検察審査会は、狙いについて「公開裁判で事実関係や責任を明らかにし、事故の再発防止を望む」としている。その思いは理解できよう。

ただし、これには危うさもつきまとう。検察官が見送った事件を起訴した場合、裁判では証拠不十分で無罪となる確率が高まる、と見る向きもある。民意の反映は大切だが、無理に起訴議決をするようなことがあってはなるまい。

一方、歩道橋事故は裁判員裁判の対象外だが、殺人事件などで強制起訴された被告が、裁判員に裁かれることも出てくるだろう。

法律に詳しくない一般国民が、起訴や判決という極めて難しい法律判断を迫られる。そうした状況では、アドバイスする法律専門家の役割が重要になる。

検察官は、不起訴とした自らの判断にこだわらず、検察官役となった弁護士の補充捜査などに十分協力する必要がある。

現在は、検察官に協力を義務づける規定がないが、法整備を検討してもいいのではないか。

産経新聞 2010年01月29日

検察審査会 厳正で公平な運用が肝要

神戸第2検察審査会は兵庫県明石市で平成13年7月、花火大会の見物客11人が死亡した歩道橋事故で業務上過失致死傷容疑で書類送検され、不起訴処分になった明石署元副署長について、起訴すべきだと議決した。2度目の起訴議決を経て全国初の「強制起訴」の措置がとられる。

裁判員制度と同様に、国民の感覚を反映させる目的で昨年5月に発足した制度だが、実効的な運用にはまだ多くの課題がある。

容疑者を起訴するかどうかの権限は、これまで検察官が独占してきた。検察審査会は、その強大な権限を監視する機関として昭和23年に始まった歴史ある制度だ。

裁判員制度と同じく選挙人名簿からくじで選ばれた一般市民11人で構成され、任期6カ月、半数が3カ月ごとに改選される。「起訴相当」「不起訴不当」「不起訴相当」を議決するが、法的拘束力はなく、あくまで“参考意見”にとどまっていた。国民の検察審査会への関心は極めて低いというのが現状だった。

このため、「議決に一定の法的拘束力を持たせる」との平成11年の司法制度改革審議会の提言をもとに、裁判員制度とともに検討されていた。

裁判員制度のスタートにともない検察審査会法も改正され、同じ時期に施行された。改正検察審査会法では、起訴相当の議決が出た後、検察官が起訴しない場合は再審査され、8人以上が賛成すれば、強制起訴されるという強力な権限が与えられた。その権限を生かすも殺すも運用次第だ。

強制起訴となれば、裁判所が検察官役に弁護士を選び、この弁護士が起訴状作成から、法廷での検察官業務を一手にこなす。このため、指定された弁護士の労力は大変なものと推察される。

また起訴までには補充捜査などの必要が出てくるだろう。そのためにも、検察当局の全面的な協力が必要だ。また、地元弁護士会もバックアップ体制を敷き、指定弁護士を強力な布陣で支えなければならない。そうした点からも公判の成り行きを注視したい。

検察審査会もこれだけの権限が付与されたことで、その責務は重大となった。これまで以上に厳正で慎重かつ公平な審査が欠かせまい。犯行の重大性や残忍さなどで感情的に流されるような議決では公正さを欠く。国民が納得する冷静な審査を求めたい。

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