iPS臨床研究 冷静に応援したい

朝日新聞 2014年09月18日

iPS研究 有望だからこそ慎重に

iPS細胞(人工多能性幹細胞)は、体のさまざまな組織になりえる万能の細胞である。

難病や障害のまったく新しい治療法がもたらされるのではないかと期待されている。

その世界初の臨床研究が神戸で始まった。理化学研究所などのチームが目の難病「加齢黄斑変性」をもつ患者を手術した。

本人から採った皮膚細胞に遺伝子を送り込んでiPS細胞をつくり、さらに網膜の組織に変えて移植したのである。

京都大の山中伸弥教授らが、この万能細胞をマウスで実現したと発表して、わずか8年。革命的な発見だったことを考えると、異例の速さで臨床研究まで進んだといえる。

臨床研究は、パーキンソン病や心不全、脊髄(せきずい)損傷など多くの病気や障害で計画されている。

医療の新たな地平を開く有望な存在だが、すべては未知の領域であり、慎重に見守りたい。安全性を確かめつつ進む着実な姿勢が、今後も求められる。

iPS細胞などを使って体の組織や臓器を再生して治療する医療は、経済活動としても大きな役割を待望する声が強い。

経済産業省の研究会は、再生医療の国内市場が直接の医療費だけで、12年の90億円から20年には950億円、30年には1兆円に広がるとみている。

だが日本の再生医療は、研究は世界トップレベルなのに、製品化など応用面では欧米や韓国に大きく後れをとっている。

基礎研究は文部科学省、臨床研究は厚生労働省、産業化は経産省という縦割りの弊害がしばしば指摘されてきた。

最近になって再生医療推進法など関連法ができ、政府全体で後押しする態勢がととのった。官民挙げて応用力を加速させようという戦略である。

医療の新技術に力を注ぐこと自体はけっこうだ。ただし、利益を追う産業化の視点を偏重すれば、安全性や有効性の確認がおろそかになる心配もある。研究結果をゆがめる不正への誘惑も大きくなろう。

今回の臨床研究は、あくまで安全性の確認が主目的である。研究者の間では、「まだ動物で研究を重ねるべき段階ではないか」とみる声もあることを忘れてはならない。

再生医療はiPS細胞に限らず、専門家の検討を経て厚労省の監督下で進められることになった。この枠組みをきちんと機能させることが重要だ。

適切なブレーキがなければ、アクセルは踏めない。期待の万能細胞を、あせらず、じっくり大切に育てたい。

毎日新聞 2014年09月14日

iPS臨床研究 冷静に応援したい

iPS細胞(人工多能性幹細胞)を使った世界初の臨床研究が神戸で始まった。理化学研究所と先端医療センター病院のチームが実施するもので、目の網膜の障害で視野が暗くなったりゆがんだりする加齢黄斑変性の患者に、患者自身の皮膚からiPS細胞を経て作ったシート状の網膜色素上皮細胞を移植した。

読売新聞 2014年09月15日

iPS細胞移植 再生医療普及への試金石だ

画期的な研究成果を再生医療に発展させる第一歩である。安全性を慎重に評価し、患者への実用化を進めたい。

理化学研究所の高橋政代・プロジェクトリーダーらが、iPS細胞(人工多能性幹細胞)から網膜の細胞を作製し、目の難病である加齢黄斑変性の患者に移植する手術を行った。術後の経過は順調だという。

様々な組織の細胞に変化するiPS細胞を人間の体に移植し、治療に使う世界初の試みだ。iPS細胞による再生医療の普及に向けた試金石とも言えよう。

視界がゆがむ加齢黄斑変性の国内の患者は、約70万人に上る。現在の治療は、症状の悪化を止める対症療法だが、網膜細胞の移植手術なら完治できる可能性がある。患者の期待は大きいだろう。

山中伸弥・京都大教授が、人のiPS細胞の作製に成功してから7年、課題とされた細胞のがん化のリスクはほぼ解消され、作製効率も向上した。

今回の手術は、技術の安全性を確かめる臨床研究として重要な意味を持つ。iPS細胞から作った網膜細胞は本当にがん化しないのか、未知のリスクはないのか。4年間にわたり検査を続ける。

文部科学省はiPS細胞の研究成果を再生医療につなげるため、2012~22年度に計1100億円を投じる方針だ。

来年度以降には、iPS細胞を使ったパーキンソン病や重症心不全の治療の臨床研究が計画されている。難病患者からiPS細胞を作って神経や筋肉の細胞に変化させ、病気のメカニズムの解明や、創薬につなげる研究も進む。

今回の手術を契機に、日本では滞りがちな基礎研究から臨床研究への移行を円滑に進めたい。

11月の改正薬事法施行後は、約6年かかっている再生医療用の細胞・組織の実用化が、3年程度に短縮される。治験数が少なくても安全性が確認でき、有効性が推定できれば条件付きで承認する。

高橋氏はiPS細胞由来の網膜細胞を製造するベンチャー企業を設立している。16年に治験を始め、18年の承認取得が目標だ。患者が一日でも早く治療を受けられるよう、迅速な承認制度を有効に機能させることが求められる。

臨床研究の舞台である理研の発生・再生科学総合研究センターは、STAP細胞論文不正により、研究室の半減など解体的な出直しが決まっている。再生医療の研究をしっかりと進め、信頼回復に努めてもらいたい。

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