原爆の日 記憶を継承し伝えよう

毎日新聞 2014年08月06日

原爆の日 記憶を継承し伝えよう

広島は6日、長崎は9日、「原爆の日」を迎える。被爆から69年。被爆者の平均年齢は80歳に迫り、生存者は20万人を切った。原爆を直接体験した人が年々減り、記憶の継承がますます重要になっている。

産経新聞 2014年08月07日

原爆の日 「宣言」を政治利用するな

69回目の原爆の日を迎えた広島市の慰霊式・平和祈念式で、安倍晋三首相は「核兵器廃絶に、また、世界恒久平和の実現に力を惜しまぬことを誓う」と語った。

原爆の日は、遺族や国民が原爆犠牲者の霊を静かに弔うものだ。被爆者の平均年齢はほぼ80歳で高齢化が進んでいる。

被爆体験や原爆の悲惨さを風化させてはならない。その思いを新たにするこの日の誓いは、より重みを増している。

懸念されるのは、9日の長崎市の式典で予定される平和宣言だ。「集団的自衛権」の語句を盛り込み、この議論をめぐり国民の間に平和への不安が広がった、との見方を示すという。

だが、これは政府の安全保障政策に対する一面的な見解でしかなく、政治利用と言わざるを得ない。慰霊の日の宣言にふさわしいものではない。田上富久市長には再考してもらいたい。

長崎では、被爆者や学者、マスコミ関係者らによる起草委員会の議論を経て、市が平和宣言文を作る。当初案には集団的自衛権への言及はなかったが、起草委から異論が示されたため、市長が方向転換を図ったという。

平和を志向するうえで、非武装中立のような軍事力に頼らない考え方も一部にある。だが、政府は自衛隊による抑止力に加え、米国との共同防衛により、国民の生命財産を守る立場をとっている。当然であり、その抑止力を強化するため、行使容認の憲法解釈の変更が必要だと判断した。

集団的自衛権行使が日本を戦争に巻き込むという議論は、反対論の核を成すものだった。そうした主張こそ、国民の不安をあおってきた一因ではないのか。

田上市長は「核兵器をなくし、戦争をしないという長崎の原点を伝える」のが目的だというが、そのために集団的自衛権という言葉を入れなければならない理由がよく分からない。

核廃絶という普遍的な願いをうたう宣言に、激しい論争のあったテーマをめぐる一方の主張を盛り込むことにならないか。

日本周辺では、中国や北朝鮮が弾道ミサイルの開発をやめない。現実の核の脅威に目をつぶり、平和を実現することはできない。

平和宣言に特定の政治的主張を持ち込み、国民挙げての誓いの意味が損なわれてはならない。

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