沖縄密約判決 隠ぺい体質黙認するな

朝日新聞 2014年07月15日

沖縄密約文書 説明なしではすまない

あるべき文書がなぜないのか。このまま、説明なしではすまされない。

42年前の沖縄返還に伴う米国の財政負担を、日本が肩代わりするという秘密の合意。

日本政府は否定してきたが、米公文書館が公開した文書で、90年代以降裏付けられている。

その存在を認めた司法判断が、きのう最高裁で確定した。元毎日新聞記者の西山太吉さんらが国などを相手に起こした情報公開請求訴訟である。

判決は文書を開示しないことを認めており、形の上では国側の勝訴だ。だがその判断は、密約は存在し、01年の情報公開法施行前に秘密裏に廃棄された可能性を否定できないという見方に基づいている。政府は判決の意味を厳しく受け止めなければならない。

沖縄密約文書を「ないものはない」とかわしてきた政府の態度は目に余る。密約によって多額の税金が使われた。国民の評価にさらされるべきだ。当時の外務省の内規に照らしても永久保存すべき文書だったことは裁判所も認めている。

その存在をジャーナリストとして突き止めた西山さんは刑事罰を受けた。その一方で、闇に葬った政府関係者がとがめなしでは、あまりにバランスを欠くのではないか。

そもそも政府が「文書が存在しない」といって公開を免れられるのなら、情報公開制度は成り立たない。

知る権利のうえからも、歴史を記録する観点からも、「第一級の極めて重要な歴史文書」と裁判所が評価した今回の密約文書が、この先も存在しない状態でいいとは考えにくい。

政府が見つけられないならいっそ、米国側に文書の写しをもらい、それを保存、公開することを考えてはどうか。

気になるのは、米側の公開文書や外務省元局長の証言から原告が密約文書の存在をはっきり立証したのに、文書の性質によってはその後保管されなくても許容されるかのような判断を最高裁がしたことだ。情報公開を狭めることにならないか。

公文書管理法が11年に施行され、公文書の保存や廃棄のルールは明確になった。しかし、年内に施行される特定秘密保護法で指定されたら、それとは別ルートで扱われる。外交に不利益だとみなされれば、半永久的に秘密扱いにできるのだ。

この大がかりな情報隠しの道具を適正に運用できるのか。沖縄密約文書をめぐる一連の政府の姿勢を振り返るにつけ、疑問と不信は新たになる。

毎日新聞 2014年07月15日

沖縄密約判決 隠ぺい体質黙認するな

情報公開請求された外交文書が実際に作成されていたとしても、不開示の決定時に国が文書を保有していたとまでは推認できない−−。

沖縄返還交渉をめぐる日米密約文書の開示訴訟で、最高裁が14日、西山太吉元毎日新聞記者らの訴えを、こんな理由で退けた。情報公開請求訴訟において、行政機関が文書を保有していることの立証責任を原告に負わせたうえでの判断だ。

米国立公文書館で写しが公開され、元外務省局長も文書への署名を認めた密約文書について、政府は存在を否定してきた。最高裁の判断は、政府の無責任な姿勢を黙認したに等しい。行政をチェックすべき司法の役割を果たしたとは言えない。

原告らが求めていたのは、米軍用地の原状回復費400万ドルを日本が肩代わりすることを示した日米高官の密約文書などだ。

政府は米公文書の存在が判明した2000年以降も密約を否定し続けた。民主党政権下の10年、外務省に設置した有識者委員会が「広義の密約」を認定したにもかかわらず、政府は今に至るも「文書はない」と繰り返す。あまりに不誠実だ。

10年の1審の東京地裁判決は、外務・財務両省が文書を保有していたと結論づけ、仮に廃棄したとすれば、組織的な意思決定があったと判断。探索が不十分だとして、国に開示を命じた。11年の東京高裁判決は、08年の不開示の決定時点で「文書はなかった」として、請求は退けたが、文書の廃棄の可能性を指摘した。

もし、廃棄があったならば、誰の指示の下でなぜ廃棄されたのか、徹底的に調査するのが筋だ。

だが、最高裁はそうした点に踏み込まず、情報公開の請求側に高いハードルを課した。さらに外交文書について、他国との信頼関係を理由に「保管の状況が通常と異なる場合も想定される」と述べた。外交文書を特別扱いし、国民の知る権利をないがしろにしていると受け取られかねない。確かに、相手国への配慮から一定期間、開示できない外交文書はあるかもしれない。だが、公文書は国民の公共財だ。将来的な公開原則は当然で、仮に廃棄があれば、国民への背信行為だ。

政府が年内の施行を目指す特定秘密保護法でも、外交文書が特定秘密の対象だ。都合の悪い情報は、国民の目にふれないようにするため秘密指定の更新を繰り返したり、廃棄までしたりするのではないか。そんな疑念も生まれる。

外交の歴史を他国の外交文書からしか知ることができないとすれば、まっとうな民主主義国家と言えるのか。最高裁の判決にかかわらず、政府は歴史への不誠実な対応を改め、国民への説明責任を果たすべきだ。

読売新聞 2014年07月16日

沖縄「密約」判決 文書管理と原則公開の徹底を

「密約」文書が作成されたとしても、外務省が保有していたとは認められない――。最高裁はそう指摘した。

沖縄返還に伴う日米間の密約を示す文書の開示を、元毎日新聞記者の西山太吉氏らが求めた訴訟の判決だ。最高裁は、「文書の不存在」を理由に開示しなかった国の決定を適法とした2審判決を支持した。

2審判決は、文書の存在を認めた上で、外務省などが秘密裏に文書を廃棄した可能性に言及した。最高裁判決はそこまでは踏み込まなかった。推測を交えず、慎重に判断したと言えよう。

問題となったのは、1972年の沖縄返還に至る日米交渉の過程で、米軍用地の原状回復費400万ドルを日本側が肩代わりすることなどを申し合わせた文書だ。

西山氏が関連文書の写しを外務省職員から入手し、野党議員がそれを基に国会で追及した。西山氏は国家公務員法違反で有罪となった。「西山事件」である。

日本政府は当時、密約を否定した。沖縄返還を円滑に実現するため、苦渋の選択をしたという一面もあったろう。国益をかけた外交交渉に秘密はつきものだ。

2000年になって、米国で密約の存在を示す公文書が発見された。沖縄返還協定の対米交渉責任者だった元外務省局長は、報道機関のインタビューで、日本側の肩代わりを認めた。

日本政府はその後も、密約自体を否定し続けた。国民に対する説明責任に背を向けたと批判されても仕方ない。

民主党政権下の2009~10年に検証作業が行われ、外務省の有識者委員会は、日米間に「広義の密約」があったと認定した。一方、外務省の内部調査で、密約文書そのものは発見されなかった。

こうした経緯から、最高裁は、慎重な姿勢に徹したのだろう。

疑問が残るのは、最高裁が、文書の存在を立証する責任を開示請求者側に負わせた点だ。一般国民が、行政機関の文書管理の状況を把握するのは極めて難しい。

今回の判決で、情報公開のハードルが、これまでよりも高くならないだろうか。

情報公開制度は、行政機関が文書を適切に保存していることを前提に成り立っている。仮にも、行政機関が恣意しい的に文書を廃棄し、情報公開を免れるようなことはあってはならない。

外交文書は原則、一定期間後に公開して、後世の検証を受けられるようにする必要がある。

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