可視化と司法改革 積み残した課題解決を

朝日新聞 2014年07月10日

刑事司法改革 妥協の産物ですますな

冤罪(えんざい)への猛省から出発した3年間の議論の結果は、妥協の産物と言わざるをえない。

捜査や公判のあり方を見直す法制審議会の特別部会がきのう、答申案をまとめた。

焦点だった取り調べの録音・録画(可視化)を、警察・検察当局に義務づけるのは大きな一歩である。だが、その対象は原則として、殺人・放火などの重大事件に絞り込まれた。裁判になった事件の2%程度である。

一方で、司法取引の導入や、通信傍受の対象となる犯罪の拡大が盛り込まれた。捜査当局が長年求めてきたことだ。

捜査・公判の問題を正すという本来の目標からそれてしまった印象が強い。法制化の過程で、正す必要がある。

改革論議は、厚労省の村木厚子さんが罪をかぶせられた検察不祥事を契機に始まった。

取り調べの可視化は、戦後初めての司法制度改革を方向づけた01年の報告書で「将来的な課題」として先送りされ、実現は難しいとみられてきた。

それが10年余で浮上したのは、無期懲役から再審無罪となった足利・布川事件、パソコン遠隔操作事件での誤認逮捕など、やってもいないことを本人が認めた冤罪が相次ぎ明らかになったことが大きい。取調官による供述の誘導や強要はかねて問題にされてきたが、深刻な現実となって現れたのである。

不正な取り調べを防ぐことが、取調室にビデオカメラを入れる発想の原点だったはずだ。

しかし当局は捜査への悪影響を理由に、対象を狭めようとした。当局の委員からは、広範な可視化が前提なら席を立つかのような発言もあり、最終的には限定的になった。

冤罪のリスクは、事件の軽重に関係ない。むしろ軽い処罰にとどまり勤務先にも分からないと説明され、やったと認めてしまうケースも少なくない。

制度としてもつ以上、より多くの事件を可視化の対象とすべきだ。他の先進国でも定着している。機材の準備に時間がかかるにしても、3年後、5年後と段階的に対象を広げる行程表を示すことはできないか。

いちど逮捕・勾留されたら罪を認めない限り釈放されにくい現状についても、はっきりした対策案は示されなかった。村木さんが160日以上勾留され、経験したことである。

部会には村木さん、痴漢冤罪の映画を作った周防(すお)正行さんら専門外の人たちも加わったが、苦い思いを残した。

市民の感覚とかけ離れては、刑事司法は立ちゆくまい。

毎日新聞 2014年07月10日

可視化と司法改革 積み残した課題解決を

取り調べの録音・録画(可視化)の義務付けを議論してきた法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」が9日、要綱案を了承した。審議会で正式決定後、法制化される。

村木厚子厚生労働事務次官が局長時代に逮捕・起訴され、後に無罪が確定した郵便不正事件で、多くの関係者が自白を強要された。部会が新設され、可視化を含む刑事司法改革の議論がスタートしたきっかけだ。

だが、要綱案は、警察や検察に対し可視化を法律で義務づける事件を、裁判員裁判対象事件と検察の独自捜査事件に限定した。全事件のわずか2%程度で、極めて不十分だ。

改革は緒についたにすぎない。袴田事件の再審開始決定など新たな動きも踏まえ、刑事司法の制度改革をさらに進めるべきだ。

部会には、刑事法学者や裁判官、検察官、弁護士の法曹三者、警察幹部らのほか、法律の専門家ではない人たちも参加した。村木さんや、痴漢冤罪(えんざい)映画「それでもボクはやってない」の監督で、司法制度の不条理さを訴えてきた周防正行さんも委員に加わった。市民の視点で司法の仕組みを洗い直す狙いだった。

だが、3年にわたる部会の議論はかみ合わなかった。原則全事件での可視化を求める村木さんらの主張に対し、警察や検察を代表する委員を中心に捜査への支障を理由に抵抗する構図が最後まで続いた。

自白偏重は警察も検察も同じで、全事件の可視化を前提に、段階的に範囲を広げることも村木さんらは提案した。だが、最終的に要綱案の付帯事項に「可能な限り幅広い範囲で録音・録画がされていくことを強く期待する」などと記されたにとどまり、課題が積み残された。村木さんは9日の部会で「可視化の義務化の範囲が狭いのは残念だ」と述べた。

誤判や冤罪を生まない刑事司法の仕組みをどう構築するかは、法治国家の共通課題だ。取り調べの可視化は、密室での取り調べを透明化する手段として、多くの国が取り入れてきた。重大事件を対象にしたり、少年事件を対象にしたりと、各国で導入方法は異なる。

日本の場合、逮捕から起訴までの身柄拘束期間が比較的長い。取り調べ時間の制限もなく、弁護人の立ち会いも認められていない。こうした制度を前提とすれば、取り調べを外からチェックできる仕組みの必要性は高い。将来的には全事件に可視化の範囲を広げるのが本来の姿だ。

要綱案では、録音・録画すれば容疑者が十分に供述できないと検察官が判断した場合など可視化の例外も幅広く認めた。だが、検察官の裁量によって例外が例外でなくなれば、制度の根幹が崩れる。

読売新聞 2014年07月10日

刑事司法改革 国民の信頼を取り戻す制度に

一連の検察不祥事などで失った国民の信頼を取り戻す契機としたい。

刑事司法改革を議論してきた政府の法制審議会特別部会が、一部の事件で捜査機関に取り調べの全過程の録音・録画(可視化)を義務づける法相への答申案をまとめた。

法務省は来年の通常国会に関連法案を提出する方針だ。

可視化により、冤罪えんざいの防止を図るとともに、通信傍受の拡大や司法取引の導入で、捜査力の向上にも目配りした内容と言える。

最大の焦点だった可視化の対象は、裁判員裁判の対象事件と検察の独自捜査事件に絞られた。

対象数は全事件の3%程度にとどまるが、これらの事件では、捜査段階における容疑者の供述の任意性や信用性が、公判になって争われるケースが多い。

捜査官と容疑者のやりとりを記録することで、供述の誘導や強要がなかったかどうか、事後的に検証できる意義は大きい。

検察は、裁判員裁判対象事件などで可視化の試行を重ねている。10月以降は、罪種を問わず、供述内容が争点になりそうな事件でも、自主的に録音・録画する。

可視化せずに作成した供述調書の証拠能力について、裁判所が厳しく判断していることが、検察が積極姿勢に転じた背景にある。

答申案は、可視化の対象事件などを必要に応じて見直すよう求めた。対象の拡大に関しては、警察・検察の実施状況や捜査への影響を検証して検討すべきだろう。

一方、電話やメールの通信傍受の対象には、複数犯の共謀が疑われる窃盗や詐欺など9種類の犯罪が新たに加わる。従来は薬物・銃器犯罪など4罪種に限られ、実施件数が少なかった。

容疑者が捜査に協力し、共犯者の犯罪を明らかにすれば、見返りに、容疑者本人の起訴を見送る司法取引も導入される。

こうした捜査手法の拡充で、巧妙化する犯罪の解明が進むことを期待したい。ただ、通信傍受が乱用されれば、国民のプライバシーが侵害されかねない。司法取引には、虚偽供述で無関係の人を事件に巻き込む危険がつきまとう。

警察・検察には、厳格かつ慎重な運用が求められる。

答申案には、公判前に検察の保管証拠の一覧表を弁護側に開示する新ルールも盛り込まれた。

税金を使って集めた証拠は、検察の独占物ではなく、事件の真相究明に役立てるべき公共財だ。被告の防御権を確保して、公正な裁判を実現しなければならない。

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