原発賠償基準 和解の実績を生かして

朝日新聞 2014年06月28日

原発賠償基準 和解の実績を生かして

福島県浪江町の1万5千人が原発事故に対する慰謝料の積み増しを求めていた件で、仲介役の原子力損害賠償紛争解決センター(ADR)が示した和解案を東京電力が拒んだ。

ADRは当事者間で話がつかない場合、事態を早く解決するために設けられた枠組みだ。このまま物別れとなり訴訟にでもなれば、双方の負担が増す。東電に再考を求める。

そのうえで、今回の申し立てを、原発事故に伴う損害賠償のあり方そのものを考えるきっかけとしたい。

原発推進を国策としながら、日本の原子力損害賠償制度は極めて脆弱(ぜいじゃく)だった。過去にない過酷事故で被害がどれだけ膨らむかが見えないなか、国は原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)を通じ、現実を後追いしながらつぎはぎのように基準を設定していくしかなかった。

象徴的なのが、精神的な苦痛に対する慰謝料の基準を、交通事故の自賠責保険に求めたことだ。「故郷を奪われ、着の身着のまま避難した自分たちの扱いが、交通事故の最低補償並みなのか」。被害者がそう受け止めるのも自然なことだ。

今回の申し立ては、浪江町が住民の7割以上をたばねて代理人となり、町民共通の事情を理由に増額を求めた。ADRが本来、被害者の個別事情に対応する機関であるとすれば、その手法に議論はあろう。

浪江町の求めに応じると「原陪審で決めた指針+個別対応」という枠組みが崩れ、賠償問題がふり出しに戻りかねない。東電側に、そんな危機感もあったかもしれない。

だが、制度が整っていないなかで事故が起きた以上、適切な賠償ができているか、常に目を向けていくべきである。

事故から3年以上が経ち、被害実態の中には当初の見込みと大きく異なる部分もある。ADRにもこれまで約1万2千件の紛争が持ち込まれ、7割の和解実績が積み上がっている。

これらを分析し、共通性があるものについては東電自身が自主的に賠償基準に取り入れていく。国としても賠償基準全体へと反映させていく。そうした工夫の余地はあるはずだ。

そもそも、国が生活再建などへの財政支出を渋り、東電による損害賠償の枠内での救済にこだわったことに無理があったのではないか。

政府内では、ようやく原子力賠償制度の見直し作業も始まった。福島第一原発事故の経験と反省を、こうした分野にも生かすべきだ。

毎日新聞 2014年06月30日

浪江町原発賠償 東電は和解受け入れを

福島県浪江町の町民約1万5000人が、福島第1原発事故による慰謝料増額を求めていた問題で、仲介する政府の原子力損害賠償紛争解決センターが示した和解案の受諾を東京電力が拒否した。

簡便な手続きで未曽有の被害を受けた人の早期救済を図る目的で、原発ADRと呼ばれるセンターは開設された。また東電は、ADRの和解案の尊重を表明している。そうした経緯に照らせば、拒否は理解し難い。仲介が打ち切られれば、解決は訴訟しかない。避難生活による町民の苦しみはさらに増す。東電は考えを改め、和解案を受け入れるべきだ。

浪江町は、事故直後に全町避難を強いられ、町民は古里から引き離された。家族離ればなれの人も多い。

一方、原発事故被害者への賠償指針を作る政府の原子力損害賠償紛争審査会が決めた精神的賠償額(月10万円)は、交通事故による自賠責保険の基準を参考に算出したものだ。帰還や生活再建のめどが立たない被害者の実情からかけ離れているとの共通した思いが町民にはある。

ADRは、裁判官や弁護士ら法律家が仲介委員として被害者、東電双方から意見を聞き、賠償問題の解決を図る。審査会の示した賠償指針に基づいたうえで、個別の事情をくんで仲介案をまとめる。これまで1万件超の申し立てを受理してきた。

集団申し立ての背景には、個別事情の主張・立証に膨大な時間がかかることが挙げられる。そこで町民が共通して受けた苦しみを約1万人の町民アンケートなどから分析し、報告書としてADRに提出した。

一方、ADRの仲介委員は現地調査したうえで、交通事故はけがが治ることでストレスが軽減されるのに対し、原発事故は長期避難でストレスが増す点も考慮し、月15万円に増額する和解案を示した。ADRは個別の和解内容を公表していないが、代理人経験のある弁護士によると、5万円程度の増額をする例は決して珍しくないという。

東電は「個別事情を考慮することなく、浪江町民であることをもって一律増額を認めた」と、和解案を批判した。だが、和解案は町民の共通する被害を評価したものだ。東電の指摘では、集団申し立て自体が認められないようにも受け取れる。

浪江町の和解案提示を受け、周辺自治体からも同様の一律賠償を求める声が起きている。指針を出した後、審査会は休眠状態だ。避難が長期化する中、指針の額の引き上げを求める意見も出ているが、理解できる。なぜ人生設計の見通しすら立てられない被災者が多いのか。国は生活実態を調べてほしい。被害の実態に合った早期の賠償が欠かせない。

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