サッカーW杯 移民の歴史にも思いを

朝日新聞 2014年06月13日

揺れるW杯 国民の財産にしてこそ

サッカー王国と呼ばれるブラジルでワールドカップ(W杯)が開幕し、1カ月にわたり熱戦が繰り広げられる。

1950年以来となった地元での開催なのに、ブラジル国民全体を包む熱狂感はない。

それどころか、サンパウロやリオデジャネイロなどでW杯に反対する活動が続いている。

開幕戦があるサンパウロの会場は華やかな雰囲気だが、その外は別世界のように警察と軍が出動し、緊張している。大会期間中、当局は計1万7千人態勢で警備にあたる物々しさだ。

反対する人びとは、必ずしも貧困層だけではない。近年のブラジルの経済成長で育った新中間層が多いといわれる。

彼らは、12会場のスタジアム建設を中心に巨費が際限なく注ぎ込まれた現状に怒っている。医療や教育など、より日常生活にかかわる部分の充実こそ必要だ、と訴えている。

サッカーをこよなく愛する人びとの国で起きた反対運動をどう受けとめるべきなのか。

急速に増えた中間層や、成長の恩恵を感じない人びとは、政治や社会にかかわる意識を強めている。もはやスポーツで興奮すれば、社会への不満はおさまるという風潮は薄れている。

近年、W杯や五輪の招致に名乗りを上げる国や都市は一部に限られつつある。

冬季五輪の立候補地が減っている現状などを見ても、開催地に大きな経済的負担を強いる巨大イベントのあり方は曲がり角に来ているといえる。

国際的なスポーツ大会が必ずしも国威発揚の場でもなくなり、一過性のお祭り騒ぎでは国民が納得しなくなったのだ。

こうした問題はこの先、どこでも起こりうるだろう。

新興国には引きつづき格差の問題が残っている。先進国にも財政難や高齢化の悩みがある。

どうやって効率的で社会の長期的な財産になるイベントにできるのか。そこに知恵を絞らなければ、広く強い支持をきずくのは険しくなる。

2020年に東京五輪を迎える日本にとっては、ことさらひとごとではなかろう。

メーン会場となる国立競技場の建て替えには、見直しを求める動きも出ている。さまざまな意見に耳を傾けつつ、丁寧な議論を続ける姿勢が必要だ。

これからの国際大会の将来モデルを提案するぐらいの意欲的な取り組みがあっていい。

どの国や地域であれ、開発・投資と社会整備、国民世論のバランスのとれたイベント運営が求められている。

毎日新聞 2014年06月13日

サッカーW杯 移民の歴史にも思いを

「遠くて近い国」と言われるブラジルを舞台にしたサッカー・ワールドカップ(W杯)は7月中旬の決勝まで約1カ月に及ぶ。5大会連続出場となる日本代表の戦いぶりに注目が集まるが、約100年前のブラジル移民から始まった両国の深いつながりにも思いをはせたい。

今大会の日本代表は史上最強と言われる。選手23人のうち欧州各国リーグでプレーする海外組は前回の南アフリカ大会から8人増えて12人となり、初めて半数を超えた。初出場を果たした1998年フランス大会当時は一人もいなかったことを思うと隔世の感がある。代表選手の平均年齢は26.8歳。Jリーグが始まった93年当時は小学生にもなっていない。幼いころからJリーグを見て育ち、Jリーグで力を蓄えた。

日本をサッカー新興国からW杯常連国に押し上げたJリーグの発展と代表チームの成長にブラジルから太平洋を越えてやって来た人たちが果たした役割を改めて評価したい。

J1クラブに在籍した外国籍選手は800人を超えているが、半数以上をブラジル籍が占めている。日系3世の田中マルクス闘莉王選手ら日本国籍を取得してW杯で日の丸をつけてプレーした選手もいる。貢献はそれだけにとどまらない。

日本サッカーの強みは「組織力」だと言われている。だが、65年に日本リーグが始まった当時は中盤を省略してロングボールを蹴り合うのが主流だった。ショートパスをつないでいくサッカーを持ち込んだのは日系のブラジル人選手だ。

67年に来日した日系2世のネルソン吉村さん(故人)は日本代表にも選ばれ、釜本邦茂さん(元日本代表FW)とコンビを組んで活躍した。その後も与那城ジョージさん、セルジオ越後さんをはじめ有名無名の日系ブラジル人が伝えてくれた技術や考え方によって日本のパスサッカーの下地が作られたことを多くのサッカー関係者が証言している。

彼らのルーツはブラジル移民だ。神戸港から最初の移民船「笠戸丸」が出港したのは1908(明治41)年4月28日。以来、戦前戦後を合わせて約25万人が太平洋を越え、勤勉さと実直さを身上にブラジル社会に確固たる地位を築いた。ブラジルには開幕戦が行われるサンパウロを中心に海外では最多となる約160万人の日系社会が形成されている。

日系選手が切り開いたサッカーを通じた両国の交流は世紀が変わっても盛んだ。彼らの存在と貢献を抜きに日本サッカーの歴史は語れない。日本代表には相手選手に敬意の気持ちを示し、日系の人たちが自分のルーツが日本であることを誇りに思えるようなプレーを期待したい。

読売新聞 2014年06月13日

W杯開幕 祭典がもたらす熱狂と不満

サッカーのワールドカップ(W杯)ブラジル大会が開幕を迎えた。32チームが、母国の威信をかけて戦う4年に1度の祭典を堪能したい。

ブラジルでW杯が開かれるのは64年ぶりだ。過去5度の優勝を誇るサッカー王国だけに、自国開催の今回、世界一奪還に期待が高まっているだろう。

経済新興国の一角を占めるブラジルにとって、W杯は、2年後のリオデジャネイロ夏季五輪とともに、世界に国力をアピールする格好の機会と言える。

ところが、競技場建設が遅れ、開催準備は綱渡りが続いた。

110億ドル(約1兆1300億円)以上の巨費を投じた政府に対し、国民の不満が噴き出している。都市部でデモが頻発し、民衆は「W杯より、医療や教育にカネを」と訴えている。

インフレが長引き、経済成長が減速する中、生活の豊かさを実感できなくなった中間層が福祉政策などの見直しを求めたものだ。

サッカー好きで知られる国民の一部が、W杯開催に異議を唱えたことは、ブラジル政府にとって大きな痛手だろう。

警備当局は期間中、軍や警察などから計17万7000人を動員し、過激なデモ隊を競技場に近付かせない措置を取るという。

だが、警備を担う警察官さえも地下鉄職員などと共に、賃上げを求め、大会中のスト実施をちらつかせている。心配な事態だ。

無事に試合が行われ、世界中から集まるサポーターが安全に楽しめるよう、ブラジル政府は万全を期してもらいたい。

日本のグループリーグ初戦の舞台となるレシフェが、極めて治安の悪い都市であるのも懸念材料だ。日本から渡航するサポーターは、危険地帯には近寄らないなど細心の注意を払う必要がある。

日本代表は、5度目のW杯出場となる。これまでで最高だったベスト16を上回り、8強入りを果たせるかどうかが焦点となろう。

選手の海外移籍が珍しくなくなった今、日本代表のメンバー構成は大きく変わった。

初出場だった1998年フランス大会の際、海外のクラブでプレーする日本代表の選手は一人もいなかった。4年前の南アフリカ大会では4人だった。

今回は23人中、12人が海外組だ。欧州の強豪クラブで経験を積んだ選手と、国内のJリーグを支える選手が力を合わせ、世界を驚かせるプレーを見せられるか。地球の反対側から応援したい。

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