エジプト大統領 国民和解に汗を流せ

朝日新聞 2014年06月10日

エジプト政治 民主化は後戻りできぬ

エジプトの民主革命から3年あまり。自由と変化を求めた、あの熱狂は何だったのか。

新しい大統領に、前国防相のシーシ氏が就いた。昨夏のクーデターを率いた元軍司令官が、そのまま政権を担う。

この1年間、エジプトはまるで時計の針を戻すように、革命前の古い秩序へと回帰した。

3年前よりもむしろ、自由の幅は狭まった。革命の立役者だった若者たちは、もはや勝手に街頭デモもできない。

革命後の政権を支えたムスリム同胞団は、テロ組織として弾圧されている。次々に投獄され、大量の死刑判決が出た。

これがシーシ氏のいう「責任ある形の自由」なのだろうか。治安の回復という名目でこのまま反動の政治を続けるようでは安定への道筋は描けない。

シーシ体制を見つめる国民の目は冷めている。先月の大統領選挙は、当局の圧力にもかかわらず、有権者の半数も投票に行かなかった。

強権政治を黙認しているように見えても、変革を求める民意は社会の底流に生き続けていることを忘れてはならない。

長引く混乱は望まないが、軍が国を仕切る現実に心は躍らない。そんな心境ではないか。

シーシ氏は空港建設や鉱山開発などに巨費を投じるという。そこには、国民の空腹を満たしさえすれば国は安定するとみる古い発想がかいま見える。

革命が求めたものは、政治と経済の両輪の改革だ。仕事とパンのみを求めた暴動ではない。ものを言い、表現し、批判する自由や、民意を映す統治を渇望して立ち上がったのだ。

軍、富裕層、経済界、司法界などからなる特権階級が、革命から何を学んだのか。それが新体制の命運を決めるだろう。

政権がまず進めるべきは、何より国民対話である。ムスリム同胞団への迫害をやめ、市民の政治活動に扉を開き、挙国一致の体制をめざすべきだ。それなしに長期安定はありえない。

アラブ世界が上ってきた革命の階段はいま、踊り場にある。チュニジア、リビアなど旧体制が倒れた国はどこも新しい統治を探る過渡期が続いている。

シーシ氏は就任に際し、「アラブ世界の治安と安定に貢献する」と語った。ならば、民主化の潮流を踏まえ、穏健なイスラム運動とも調和する新しい統治モデルを発信してはどうか。

自分を支援してくれるサウジアラビアやアラブ首長国連邦など旧来の圧政国に迎合するだけなら、もはや「アラブの盟主」とは言いがたい。

毎日新聞 2014年06月08日

エジプト大統領 国民和解に汗を流せ

「未来のために汗を流す時だ。安定と発展を実現しよう」。エジプト大統領選で当選したシシ前国防相は、国営テレビを通じて力強く国民に訴えた。とはいえ晴れやかな船出とは言いがたい。昨年7月、民選大統領をクーデターで倒した中心人物が権力を握るわけで、欧米などに警戒感が強いのも無理はなかろう。

エジプトでは1952年の革命以来、ナセル、サダト、ムバラクら軍出身の大統領が続いた。ムバラク政権が2011年の「民衆革命」で倒され、翌年6月にイスラム主義のムスリム同胞団を支持基盤とするモルシ政権が誕生したものの、わずか1年で政権は倒れてしまった。

紆余(うよ)曲折はあっても結局、軍が実権を握る構図は、転がっても同じ姿で止まる「起き上がりこぼし」を見るようだ。それだけ軍がエジプト社会に根を張り、「重心」ともなっているのだろう。その是非はともあれ、混乱期に民衆が切実に安定を求め、伝統的な「軍人大統領」に望みを託したのなら、その選択を尊重しないわけにはいかない。

だが、8日の就任にあたり注文したいことは少なくない。まず投票率の低さだ。エジプト当局は投票率を上げるため2日間の投票を急きょ1日延ばしたものの、約47%にとどまった。モルシ氏が当選した前回は、低いといわれても約52%だった。

また、シシ氏の得票率は約97%という、民主国家では考えられない高率だ。同時期に行われた独裁国家シリアの大統領選でさえアサド大統領の得票率は88%台で、シシ氏の得票率をはるかに下回っている。

こうした現実を踏まえ、シシ氏は従来の「軍人政治」と一線を画した民主政治をめざしてほしい。投票しなかった人々の思いを軽く見るべきではあるまい。エジプトを揺るがした民衆決起は今後も起きうる。中東革新を求める横断的な機運(「アラブの春」)も消えてはいない。

モルシ政権が失敗した経済対策に加え治安回復が急務だ。新政権発足を機に米国は対エジプト関係を徐々に正常化し、日本との経済協力も強まりそうだ。こうした点は明るい材料だが、強権政治に陥れば外国の支援は一転、遠ざかることになるだろう。

モルシ政権崩壊後、暫定政権は同胞団をテロ組織と認定して大量逮捕に踏み切り、今年3、4月に計1200人もの同胞団員らに死刑判決が出された。だが、1920年代から活動してきた同胞団を力で抑えつけることはできまい。同胞団との歩み寄りなしに安定は難しい。

エジプトの安定は中東ひいては国際社会の安定に直結する。国民和解に「汗を流す」かどうか。それが新政権の試金石といえよう。

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