タイ戒厳令 早期解除へ妥協点を探れ

朝日新聞 2014年05月24日

タイの政変 力ずくでは解決しない

タイで軍がクーデターに踏み切った。憲法を停止し、夜間の外出や5人以上の集会を禁じた。マスコミ報道やソーシャルメディアも規制している。

昨年11月から続く政治的な混乱を収め、これ以上の流血を防ぐことが目的という。

確かに首都中心部を占拠する街頭デモが終わる気配はなく、総選挙は無効となり、事態収束の見通しは立たなかった。

しかしだからといって、民主主義の原則にもとる強権発動を是とするわけにはいかない。

長く混迷する政情不安の引き金を引いたのは、ほかならぬ軍である。06年にクーデターでタクシン元首相を追放し、裁判所や捜査機関に息のかかった関係者を送り込んだ。新憲法を制定し、上院の半数を民選から指名制に切り替えた。

こうした「改革」を進めても、その後2度の総選挙では、タクシン派政党が勝った。

今回も反政府派が再び街頭活動を強め、裁判所が選挙を無効とし、インラック首相を失職させた。そして軍の出動である。

軍は戒厳令を先行させ、仲裁の立場を装ったが、話し合いは1日だけ。結局は反政府派の筋書き通りにことは進んでいる。

タクシン派の団体はかねて、「クーデターがあれば内戦だ」と軍を牽制(けんせい)してきた。彼らはこの間、都市中間層を中心とする反政府派から選挙結果を否定され、侮辱的な言葉を浴びせられ続けた。その恨みは深い。

軍がタクシン派の指導者らを拘束し、部隊を展開して力で押さえつけても、抜本的な解決にはつながらない。

ここで反タクシン色の強い人物を首班にすえ、さらにタクシン派排除の政権運営を進めれば亀裂は深まるばかりだ。

タイでは1932年の立憲革命以来、多くのクーデターが繰り返されてきた。軍が動き、国王が承認すれば、それで政治状況はいったんリセットされた。

しかしグローバル化のなかで国民の多くが政治意識に目覚めた昨今、超法規的な手法は通用しなくなっている。国論が二分しているときに国王を巻き込めば、その権威は低下する。

権力を一元的に掌握した以上、軍は混乱収束へ向けた展望と、民政に戻すタイムテーブルを速やかに示す義務がある。

日本との関係が深い国だ。4千社近くも日系企業が進出するなど、東南アジアのなかでも経済的に最も近い関係にある。

日本を含む国際社会は、選挙を尊ぶ民主主義への道筋からこれ以上逸脱しないよう、軍などに働きかけるべきだ。

毎日新聞 2014年05月24日

タイクーデタ− 民主主義に逆行する

タイ軍は、クーデターで全権を掌握したと発表した。2011年の総選挙で成立したタクシン元首相派の政権は崩壊した。軍の政治介入は民主主義に逆行する動きであり、極めて残念だ。

国際社会から強い懸念が示され、速やかに民主的体制に復帰するよう求める声が出ているのも当然だ。

現行憲法は停止され、夜間外出禁止令が出された。報道が規制されたり政治集会が禁止されたりするなど国民の権利は大きく制約される。

タイには多くの外国企業が進出しているが、夜間の営業や工場操業を停止するなど経済活動にも影響が出ている。今年1~3月の国内総生産(GDP)は前年同期比0.6%減に落ち込んでおり、経済にさらに打撃となることは避けられない。国際的なイメージが悪化し、観光客の減少にも拍車がかかるだろう。

タイの政治混乱は半年以上に及んでいる。反政府デモの高まりに対してインラック首相は総選挙で応じたが、デモ隊の妨害で選挙は無効になった。司法判断で首相も失職し、政治がまひ状態に陥った。軍は戒厳令を布告したうえ、政府側と反政府側の代表らを集めて事態の打開を目指したが、不調に終わったため、クーデターに踏み切ったという。

軍が全権を握ることによって一時的に街頭の混乱は抑えられたとしても、政治危機が打開される見通しがついたわけではない。暫定政権を設置し、選挙制度改革などを通じてタクシン派の影響力を抑えようとするとみられるが、タクシン派が反発して混乱が激化する恐れがある。

タイでは過去にも政治危機の際、軍の介入が繰り返されてきた。今回のクーデターは06年以来8年ぶりだ。タクシン政権を崩壊させた前回は、タイの国際的信用を大きく傷つけたうえ、社会の分断を深める結果につながった。

タイの政治危機の根底には、地方や貧困層に強い地盤を持つタクシン派と、都市部エリート層が率いる反タクシン派との対立という構造的な問題がある。06年のクーデター以来、総選挙の度にタクシン派が勝利し、反タクシン派が選挙以外の手法で政権を崩壊させる構図が繰り返されている。

政争が収まらない背景には、国民の崇敬を集めるプミポン国王が86歳と高齢で健康問題も抱え、国家の重しとしての存在に陰りが見え始めたこともある。これからの政治の安定には、議会制民主主義の制度を強化していくことが不可欠だ。

政治を正常な軌道に戻すために、できるだけ早く総選挙を実施し、国民の意思に基づいた新政権を作る必要がある。軍はそのための環境づくりに全力を尽くすべきだ。

読売新聞 2014年05月24日

タイクーデター 軍の全権掌握に正統性はない

政治混迷の続くタイで軍がクーデターに踏み切った。事態の先行きは一層不透明になった。

タイのプラユット陸軍司令官が22日、「軍が国家の全権を掌握した」と発表した。20日の戒厳令発令に続くクーデター宣言だ。

タクシン元首相派の政権は崩壊し、当面、軍首脳らで構成する「国家平和秩序維持評議会」が国家運営にあたる。プラユット氏が首相代行を務める。政権退陣を求めていた反タクシン派の立場に沿った政変と言えよう。

クーデターは、2006年に不正蓄財疑惑で批判されたタクシン首相が失脚させられて以来だ。

タイには、軍がクーデターにより、政治混乱の収拾を図ってきた歴史がある。今回は、下院が解散したまま、首相が失職するという異常事態を受けて、軍が混迷に終止符を打とうとしたのだろう。

軍は、安定化への道筋を付け、その後に民政移管することを考えているとみられる。

しかし、どのような理由であれ、軍が、民主的な手続きを無視し、力によって政権を打倒する行為は、到底容認できない。

全権を掌握しても、軍に正統性がないのは明らかだ。夜間外出禁止令や、集会の自由の制限なども課し、人権を抑圧している。

岸田外相が、遺憾の意を表明した上で、「民主的な政治体制が速やかに回復することを強く求める」と述べたのは当然だ。ケリー米国務長官も、軍の行動に「失望している」と厳しく批判した。

軍は今後、政治の安定に向け、各派との粘り強い対話を通じ、着地点を探すことが求められる。

タクシン派は自派に有利な現行選挙制度での総選挙実施を訴えてきたが、反タクシン派は選挙制度改革を優先させるよう求めている。軍を含む各当事者が満足する結論を出すのは容易ではない。

懸念されるのは、タクシン派がデモを強行し、軍と衝突することだ。10年には、軍がタクシン派デモを武力鎮圧し、90人以上が犠牲になった。惨事を繰り返さぬよう、双方に自制が求められる。

政治の混迷が、タイの経済に与える悪影響は計り知れない。消費低迷などで、既に成長の減速傾向が鮮明になっている。政府機能が十分に働かず、予算編成や大型投資の認可でも弊害が出ている。

日本企業をはじめ、外国資本はクーデターが繰り返される政治風土自体を、タイのリスク要因と見なしている。軍は、そのことを肝に銘じるべきである。

産経新聞 2014年05月24日

タイのクーデター 民政復帰を急ぎ収拾図れ

タイ軍が国際社会の警告を無視してクーデターに踏み切り、プラユット陸軍司令官率いる「国家平和秩序維持評議会」が全権を掌握した。

2日前の戒厳令布告時、「クーデターではない」と宣言したにもかかわらず、である。武力を背景にした権力奪取は許されない。

国を二分する対立状況から自力で抜け出せず、軍の介入を招いた政治の責任も大きい。

軍は一刻も早く権力を政治の手に戻し、タクシン派、反タクシン派もともに歩み寄って民政復帰に努めなければならない。

菅義偉官房長官は「極めて遺憾だ」と表明し、ケリー米国務長官は「正当性はない」と述べて軍事支援の見直しにも言及した。

米国はもちろん、日本なども軍に対して国際圧力をかけ、民政への移行を促してもらいたい。

同評議会は、憲法を王室に関する条項などを除いて停止し、夜間の外出を禁止、インラック前首相や選挙管理内閣の閣僚、反政府デモ指導者らを拘束した。

前回2006年のクーデターでは、当時のタクシン首相が追放され、軍は都市部エリート層を代表する反タクシン派の側に立った。今回は、妹インラック氏による後継政権に終止符を打った2度目の反タクシン・クーデターだ。地方の貧困層中心のタクシン派が反発を強め、軍も巻き込んで両派の対立が先鋭化しかねない。

タイのクーデターは、立憲君主制となった1932年以降、未遂も含め19回に上る。政治が混迷して当事者能力を失うと、軍が乗り出して事態を収拾してきた。悪弊は今度こそ断ち切るべきだ。

タイは1990年代初期から2000年代前半の一時期、悪循環を脱し、東南アジア諸国連合(ASEAN)の中でも、民主主義の「優等生」とみなされた。

だが、今や、インドネシアで選挙による政権交代が当たり前となり、ミャンマーでも民政移管が成っている。クーデターは、地域の流れに逆行し、タイを「劣等生」に転落させるものでしかない。

タイは米国にとりASEANにおける重要な同盟国だ。製造業を中心に企業約4000社が進出する日本経済の拠点でもある。

そこが安定した民主主義国になることは、中国の台頭をにらんだときに欠かせない。タイは急ぎ、民政に立ち返ってほしい。

産経新聞 2014年05月21日

タイ戒厳令 早期解除へ妥協点を探れ

対立する勢力で国内が真っ二つに割れているタイの政治混乱は、陸軍が秩序を回復するとして全土に戒厳令を敷く事態へと発展した。

陸軍は、政権支持のタクシン元首相派と政権打倒を叫ぶ反タクシン派の衝突を未然に防ぐ目的であり、「クーデターではない」としている。

だが、非常手段に訴えたことは容認できない。速やかに戒厳令を解除し、民主的な手続きにより危機を打開してもらいたい。

タイ制服組の実質トップ、プラユット陸軍司令官は政権に通告もせず、テレビ演説で戒厳令の布告と治安の全権掌握を発表した。陸軍部隊がデモ会場付近に展開し、政府系、反政府系双方のテレビ局に放送停止命令が出された。

米国務省のサキ報道官が「すべての当事者が民主主義の原則を尊重するよう促す」との声明を出したのは、もっともである。

今日の混乱を招いたのは、農民らを中心とするタクシン派とエリート層を代表する反タクシン派が対立を克服できないからだ。

タクシン派の政権は、反政府デモの高まりを受け打って出た下院解散・総選挙が反タクシン派の妨害で無効となり、7月に総選挙をやり直す計画だ。

反タクシン派は、これを拒否して同派寄りの上院で暫定首相を指名すると主張し、政府高官人事をめぐる違憲判決でインラック首相を失職に追い込んだ。

半年以上にわたりデモが吹き荒れて、下院は不在、政府は選挙管理内閣で首相は代行という「権力の真空」に陥っている。

軍は2006年、同じような政治混乱に乗じてクーデターを決行し、当時のタクシン首相を排除した。だが、混迷は一層深まる結果となった。戒厳令がクーデターに転化すれば最悪である。軍は絶対に一線を越えてはならない。

タイは、日本企業にとって東南アジアでの重要な進出拠点である。その経済も、国内需要の落ち込みで、14年1~3月期の国内総生産(GDP)がマイナス成長となっている。

何としても、この政治の袋小路から抜け出してほしい。

「出口」は総選挙であることが望ましいが、まず両派が話し合い妥協点を探るべきだろう。そのためには、選挙を拒み奪権を図ろうとする反タクシン派は、姿勢を改めなくてはならない。

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