タイ首相失職 非常事態の再来招くな

朝日新聞 2014年05月09日

タイの混迷 国民融和の道筋探れ

タイの政治危機に出口が見えない。昨秋以来、激しい反政府デモに直面してきたインラック首相がついに退いた。

引導を渡したのは民意ではなく、司法だった。憲法裁判所が首相の違憲行為を認める判決を出したことで失職した。

これでタクシン元首相派の首相は3代続けて司法の手でその座を追われた形だ。こんな異常な事態がいつまで続くのか。

国は二分されている。東北部の農村地帯を基盤とするタクシン派。都市の中間層や南部の住民が支える反タクシン派。その果てしない対立である。

いまの憲法は、06年にタクシン元首相をクーデターで追放した軍が中心になって制定した。裁判官や司法機関幹部らも反タクシン派で固めた。

数にまさるタクシン派はその後も選挙を勝ち続けたが、司法がささいな理由で首相をすげ替える事態が繰り返された。

08年当時の首相は、料理番組のテレビ出演が閣僚の兼業規定に反するとされ、今回のインラック氏は政府の人事異動が親族の優遇にあたるとされた。

一方のインラック政権にも過ちがあった。事実上のコメ買い上げ制度を設け、巨額の赤字を招いた。国家財政より農村票固めを優先した失政だった。

民主主義国家で政治の対立を解決する道は、選挙か、司法判断かのどちらかだろう。

だが、いまのタイではどちらも機能しない。反タクシン派は勝てる見込みがないため選挙を拒む。タクシン派は司法の中立をもとより信じていない。

このままでは国家のマヒ状態を解決するすべはない。

インラック氏の失職後も、副首相兼商業相が首相代行になったため内閣は存続する。だが、7月に予定される次の選挙ができるのかは不透明だ。

近年の混乱でタイは国際空港の閉鎖や、東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議の主催延期などを経験した。

知識人や中間層の多くは「タイにはタイの事情があり、外国人には分からない」と語りがちだ。だが、これだけ国際信用を損ねても危機感を強めない姿勢は理解に苦しむ。

グローバル時代に生きている自覚が欠けているのではないかと危惧せざるを得ない。

タイは地域大国である。その潜在的な成長力と指導力を生かせず、内紛に明け暮れるのを見続けるのは、アジアの友好国としてもどかしい思いだ。

国民の融和へ向けてタイ国民が理性的な政治決着の歩みに踏み出すことを強く望む。

毎日新聞 2014年05月09日

タイ首相失職 非常事態の再来招くな

タイのインラック首相が、政府高官人事に不当介入したという憲法裁判所の判決により失職した。2月の総選挙が無効になったことに加え、首相が不在となって政治空白がさらに深刻化し、憂慮すべき事態だ。

判決は、インラック氏の兄であるタクシン元首相の親族を国家警察本部長官に就任させるため別の高官を更迭した不当人事で、私的な利益のための人事を禁じた憲法の規定に違反したというものだ。人事を承認した閣僚9人も同時に失職した。

ニワットタムロン副首相兼商業相が首相代行を務めるが、政権は一気に弱体化した。判決に反発して政権を支持するタクシン派勢力が近く抗議デモを行う予定だ。一方の反政府側も大規模デモで政権を追い詰める構えで、緊張が高まっている。

憲法裁は、国会が可決した法律や政府の政策の合憲性を審査し、大臣や議員の資格を奪う権限も持つ最高司法機関だ。2008年にはタクシン派の2人の首相を選挙違反などに絡む違憲判決で失職させた。エリート層に属する判事が多数派で反タクシン色が強いといわれ、タクシン派は今回の判決を「司法によるクーデターだ」と批判している。

反政府派は、暫定政権を樹立して政治改革を行ったうえで総選挙を行うべきだと主張している。しかし、政治空白に乗じて議会制民主主義のルールに基づかない手法を強行すれば、タクシン派の激しい反発を招き、国民の分断を深めるだろう。

タイの政治混乱は、タクシン政権を崩壊させた06年9月の軍事クーデター以来、8年近くに及んでいる。総選挙を行う度に、農村部や貧困層に強い基盤を持つタクシン派が勝利し、エリート層が率いる反タクシン派が選挙以外の手法で政権を崩壊させる構図が繰り返されている。

昨年11月の反政府デモから始まった今回の混乱でも、政権が下院を解散して総選挙に臨んだのに対し、反政府デモ隊が投票所を包囲するなどして妨害したため、多くの選挙区で投票ができず、選挙は無効となった。7月に再選挙が予定されるが、円滑に実施される見通しは立たない。

政治危機の長期化で、観光客が激減し外国からの投資が滞るなど経済への打撃が深刻だ。東南アジア諸国連合(ASEAN)は10日から首脳会議を開くが、タイは首相不在で臨むことになり、外交にも影響が出ている。

タイの政治対立では、08年にデモ隊の行動がエスカレートして国際空港を占拠したり、10年にはデモ隊と軍の衝突で多数の死傷者が出たりするなど大混乱も招いている。対立の激化がこうした非常事態の再来につながらないよう国際社会が懸念していることを忘れないでほしい。

読売新聞 2014年05月09日

タイ首相失職 混乱を助長する憲法裁の判断

タイの首相が失職に追い込まれた。長引く政治の混迷を脱する道筋は全く見えない。

タイの憲法裁判所は7日、インラック首相が、親族を国家警察長官に登用するために、国家安全保障会議事務局長の人事に不当に介入したことが、憲法違反にあたるとする判決を言い渡した。

これによって、インラック氏は失職した。人事の閣議決定に加わった閣僚9人も失職し、残った24閣僚のうち、ニワットタムロン副首相が首相代行に決まった。

タイの下院は、2月に行われた総選挙が、憲法裁によって「無効」と判断されたために、解散したままになっている。首相も下院議員も不在という、国家として危機的な状況である。

タイでは、インラック氏の兄であるタクシン元首相を支持する勢力と、それに反対する勢力が激しく対立している。

タクシン派は、人口の多い貧困層や農民を基盤とし、近年の総選挙では連勝中だ。反タクシン派には、官僚など実権を握るエリート層や都市中間層が多い。

反タクシン派は昨年来、インラック政権打倒を目指し、激しいデモを繰り返してきた。

今回の裁判は、反タクシン派の影響が強い上院の議員らが訴えたものだ。選挙では勝ち目がないとみて、法的な手段によって、首相を辞職に追い込むための戦術だったのは明らかだ。

憲法裁は、これまで、歴代のタクシン派政権に厳しい判決を出してきた。今回の判決も、反タクシン派の求めに沿ったもので、結果的に混迷を深めたと言えよう。

問題なのは、事態の打開策が全く見えないことである。

首相代行の率いる内閣は、7月20日のやり直し総選挙を予定通り実施する方針だ。

だが、選挙を経ない暫定政権樹立を訴える反タクシン派は、デモを続ける構えで、再び選挙妨害を行うことも示唆している。タクシン派との衝突も誘発しかねない。各派には自制が求められる。

混乱の長期化は、経済に一層の悪影響を与えている。観光業は不振で、消費も冷え込み、今年は2009年以来のマイナス成長になるとの予測もある。成長を支えてきた日系企業の投資の減少につながる可能性も否定できない。

これまで主導的役割を演じてきた東南アジア諸国連合(ASEAN)内部での政治的発言力も、低下する一方だろう。一刻も早い政治の正常化が必要だ。

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