認知症になっても自宅で暮らせる体制をどう築くか。重い課題を突きつける判決である。
認知症の男性が列車にはねられて死亡し、JR東海が遺族に遅延損害の賠償を求めた訴訟の控訴審で、名古屋高裁は、介護していた妻に賠償を命じる判決を言い渡した。
認知症の高齢者が徘徊し、鉄道事故に遭うケースは少なくない。介護する家族にとって、人ごとではない問題だ。
この事故では、妻がまどろんでいるわずかの間に、男性は外出し、線路内に立ち入った。
1審の名古屋地裁は、男性が外出すれば事故が起きる危険性を予見できたとした上で、「妻には、夫から目を離さずに見守るのを怠った過失がある」と認定した。
これに対し、名古屋高裁は「事故は予見できなかった」と判断した。妻らが介護に努めていた点も考慮し、不法行為による過失を否定した。ただ、責任能力のない夫を介護する妻には、監督義務者としての賠償責任を認めた。
介護する家族が四六時中、認知症の高齢者から目を離さずにいることはできまい。家族に過重な責任を負わせれば、自宅での介護に二の足を踏む人が増えよう。
高裁が賠償額を1審に比べ半減させたのは、介護する側の苦労にも目配りした結果と言える。
高裁は、JR東海に対しても、男性が線路に立ち入ったとみられるフェンスに施錠していれば、「事故を防げたと推認できる」と落ち度を指摘した。
事故の危険を理解できない人がいるのを考慮し、「公共交通機関として安全の向上に努めるのは社会的責務」とも述べた。鉄道各社は重く受け止めてもらいたい。
認知症高齢者は急増し、460万人に上る。特別養護老人ホームの入居待機者も多く、施設だけで介護するのは困難だ。
認知症が原因で行方不明になった人は2012年に約9500人に上り、359人は発見時に死亡していた。在宅介護を支援する体制の拡充と、徘徊による事故を防ぐ手立てを考えねばならない。
政府は、24時間型の訪問介護サービスや症状の悪化時に往診する医療機関の整備を急ぐべきだ。
地域ぐるみの対策も欠かせない。認知症の高齢者が行方不明になると、市民に一斉メールで知らせる福岡県大牟田市の取り組みは、他の自治体の参考になる。
事故が起きた場合、鉄道会社に損害金が支払われる保険制度の創設も検討課題になるだろう。
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