認知症事故判決 介護する側の苦労も考慮した

毎日新聞 2014年04月27日

認知症と鉄道事故 みんなの目で守ろう

認知症の91歳の男性が徘徊(はいかい)中に電車にはねられて死亡し、その家族に鉄道会社から損害賠償請求訴訟が起こされた。男性の妻は当時85歳、自らも「要介護1」の認定を受けていた。夜中に介護で何度も起きており、疲れてまどろんだ数分間に夫が外出したのだったが、裁判所は妻に360万円の支払いを命じた。名古屋高裁の判決を無慈悲と思う人は多いのではないか。家族にばかり介護負担を求められる時代ではない。みんなで認知症の人を見守る社会にしなくてはならない。

「同居の妻は民法の監督義務者として賠償責任を免れない」と高裁は言う。だが、一つの家に大家族で暮らし、親族や隣近所とも濃密な助け合いがあったころは認知症もあまりなかった。平均寿命が延びるにつれて認知症は増え、厚生労働省研究班の調査では推計462万人に上る。夫婦のみ世帯や独居の高齢者も増加しており、配偶者に監督義務を求めて済まされる状況ではない。

介護負担に苦しむ家族の要望で精神科病院に入れられる人は後を絶たない。徘徊などに困っていても、認知症への誤解や偏見を恐れて助けを求めない家族も多い。

事故は避けなければならないが、徘徊そのものを過度に問題視してはいけない。どこかに行こうとしたり、何かを探したりしているうちに迷子になってしまう、不安なことがあって歩き回る……。何かしらの理由も意味もあるのだが、うまく説明できないために「徘徊」と決めつけられる。そうしたお年寄りの心情や行動を理解し、その人格を尊重することで徘徊などの行動の改善が図られる例は多いという。

「安心して徘徊できる町」を目指す福岡県大牟田市では10年以上前から徘徊する人を市民が見守る模擬訓練を行っている。毎年多数の市民が参加し、認知症の人にどのように声を掛け、手助けするのかを学んでいる。子供たちが認知症の理解を深めるための「絵本教室」、「認知症コーディネーター」など支援者養成などにも取り組んでいる。また、各地の自治体でも、認知症の人が行方不明になったとき、警察やタクシー会社、郵便局、町内会などに一斉に情報が流れる「徘徊SOSネットワーク」の取り組みが広がっている。

高裁判決は原告のJR東海に対しても、利用客への監視が十分でホームのフェンス扉が施錠されていれば事故は防げた可能性を指摘した。鉄道会社にも安全向上の社会的責任を求めるのは当然だろう。家族と鉄道会社だけが負担をかぶらないよう保険や基金を創設するのも一案だ。社会全体でリスクを分かち合い、認知症の人を支えなければならない。

読売新聞 2014年04月27日

認知症事故判決 介護する側の苦労も考慮した

認知症になっても自宅で暮らせる体制をどう築くか。重い課題を突きつける判決である。

認知症の男性が列車にはねられて死亡し、JR東海が遺族に遅延損害の賠償を求めた訴訟の控訴審で、名古屋高裁は、介護していた妻に賠償を命じる判決を言い渡した。

認知症の高齢者が徘徊はいかいし、鉄道事故に遭うケースは少なくない。介護する家族にとって、人ごとではない問題だ。

この事故では、妻がまどろんでいるわずかの間に、男性は外出し、線路内に立ち入った。

1審の名古屋地裁は、男性が外出すれば事故が起きる危険性を予見できたとした上で、「妻には、夫から目を離さずに見守るのを怠った過失がある」と認定した。

これに対し、名古屋高裁は「事故は予見できなかった」と判断した。妻らが介護に努めていた点も考慮し、不法行為による過失を否定した。ただ、責任能力のない夫を介護する妻には、監督義務者としての賠償責任を認めた。

介護する家族が四六時中、認知症の高齢者から目を離さずにいることはできまい。家族に過重な責任を負わせれば、自宅での介護に二の足を踏む人が増えよう。

高裁が賠償額を1審に比べ半減させたのは、介護する側の苦労にも目配りした結果と言える。

高裁は、JR東海に対しても、男性が線路に立ち入ったとみられるフェンスに施錠していれば、「事故を防げたと推認できる」と落ち度を指摘した。

事故の危険を理解できない人がいるのを考慮し、「公共交通機関として安全の向上に努めるのは社会的責務」とも述べた。鉄道各社は重く受け止めてもらいたい。

認知症高齢者は急増し、460万人に上る。特別養護老人ホームの入居待機者も多く、施設だけで介護するのは困難だ。

認知症が原因で行方不明になった人は2012年に約9500人に上り、359人は発見時に死亡していた。在宅介護を支援する体制の拡充と、徘徊による事故を防ぐ手立てを考えねばならない。

政府は、24時間型の訪問介護サービスや症状の悪化時に往診する医療機関の整備を急ぐべきだ。

地域ぐるみの対策も欠かせない。認知症の高齢者が行方不明になると、市民に一斉メールで知らせる福岡県大牟田市の取り組みは、他の自治体の参考になる。

事故が起きた場合、鉄道会社に損害金が支払われる保険制度の創設も検討課題になるだろう。

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