日本企業に対する前例のない公権力行使だ。歴史問題で対日圧力を強める習近平政権の下、日中関係がさらに悪化しかねない事態である。
中国の裁判所、上海海事法院は19日、1936年の船舶賃貸借を巡る訴訟に絡み、商船三井所有の大型船舶を浙江省の港で差し押さえたと発表した。
中国の司法は、共産党の指導下にあり、習政権の意思を反映したものと言えよう。
訴訟は、中国海運会社の関係者が80年代に起こした。商船三井の前身となる企業に貨物船2隻を貸した際の賃貸料や、沈没した船の賠償金の支払いを求めてきた。
2010年末、商船三井に29億円余の賠償金支払いを命じる判決が確定した。
商船三井が賠償に応じないとして、裁判所は、中国の鉄鋼会社に貸し出されていた船舶の差し押さえという措置を取った。
中国外務省は「戦争賠償問題とは無関係」と説明している。
これに対し、菅官房長官は「極めて遺憾だ。1972年の日中共同声明に示された国交正常化の精神を根底から揺るがしかねない」と述べた。賛同できる見解だ。
共同声明で中国政府は、戦争賠償請求の放棄を表明している。中国側は、基本的には民間からの賠償請求を封じ込めてきた。
日本政府は、総額3兆円余の円借款を供与し、中国の経済発展を支えた。貧困地域などへの無償資金協力はなお続いている。企業も現在に至るまで投資や技術協力で多大な貢献をしている。
こうした経緯を中国政府は、国内に十分説明していない。
習政権は、安倍首相の靖国神社参拝を機に、歴史認識問題での反日宣伝を一段と強めている。
判決確定から3年以上たって、なぜ、差し押さえという手段をとったのか。オバマ米大統領の訪日直前というタイミングをとらえた対日圧力と見ることもできる。
菅長官は、中国でのビジネス展開を考える日本企業にとって「萎縮効果」を生みかねないと指摘し、憂慮の意を示した。
日本の対中投資が落ち込む中、中国リスクの増大は日本だけでなく、経済成長が減速している中国自身にとっても痛手のはずだ。
戦時中に強制連行されたとする中国人元労働者らが、日本企業に損害賠償を求める動きが相次いでいる。今後、日本企業の資産差し押さえが拡大する恐れもある。
習政権は、互恵という日中関係の原点を再確認すべきである。
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