船舶差し押さえ 日中共同声明の精神が揺らぐ

毎日新聞 2014年04月23日

中国差し押さえ 不信で対話を止めるな

海事裁判を扱う中国の上海海事法院が19日、戦前の船の賃貸契約をめぐる訴訟で敗訴した商船三井所有の鉄鉱石運搬船を浙江省の港で差し押さえた。

中国では戦争中の強制連行をめぐり、戦後補償を求めた訴訟を起こす動きが相次いでいる。日本企業を狙いうちにした政治的動きとの懸念が広がったのも無理はない。

菅義偉官房長官は「中国でビジネス展開する日本企業が萎縮しかねない」と述べたが、多くの国民の声を代弁したものだろう。

しかし、中国外務省の秦剛報道局長は「商業契約をめぐる争いであり、戦争賠償問題とは関係ない」と戦後補償問題との関連を否定した。

中国側の主張に理屈がないわけではない。裁判は日中戦争直前の1936年、商船三井の前身企業と船2隻の賃貸契約を結んだ中国企業の創業者遺族が未払いの賃貸料や船が沈没した損失の賠償を求めたものだ。

提訴は88年。中国の民法の施行直後で未解決の紛争は時効の対象にならなかった。当時は中国国内に戦後補償提訴の動きもなかった。中国の裁判所が戦後補償に絡んだ訴えを受理したのは今年が初めてだ。

菅官房長官も秦報道局長の発言を受け、「訴訟と戦争の関係を断定的に述べることは困難な面がある」と一定の理解を示した。

なぜ、この時期に差し押さえたのかとの疑問は残るが、上海海事法院は昨年12月に原告側から和解交渉が決裂したとして強制執行の請求が出されたと説明している。

2012年9月の尖閣国有化以降、中国の公船が日本領海を出入りすることが恒常化し、昨年11月には日本領空を含む空域に中国が防空識別圏を設定した。中国に対する不信感が募る理由はある。

一方、中国側も昨年末の安倍晋三首相の靖国神社参拝や首相周辺の歴史認識をめぐる発言などで対日不信を増幅させている。

しかし、疑心暗鬼から相手側の行動の意図を読み誤っては、不信がいっそう拡大し、誤解から不測の事態も生じかねない。

今月に入って中国の胡耀邦元総書記の長男の胡徳平氏が安倍首相と会談した。24日からは舛添要一東京都知事が北京市長の招待としては18年ぶりに訪中する。滞っていた日中対話がようやく動き出した感がある。

まずはいきり立たず、冷静に中国側の出方を見守るべきだ。戦後補償と関係のない一般の訴訟ということであれば、原告と被告、裁判所の間で解決できる道もあるだろう。幸い、日中両国政府の主張は大きく隔たってはいない。むしろ、不信を減らすきっかけにしてはどうか。

読売新聞 2014年04月22日

船舶差し押さえ 日中共同声明の精神が揺らぐ

日本企業に対する前例のない公権力行使だ。歴史問題で対日圧力を強める習近平政権の下、日中関係がさらに悪化しかねない事態である。

中国の裁判所、上海海事法院は19日、1936年の船舶賃貸借を巡る訴訟に絡み、商船三井所有の大型船舶を浙江省の港で差し押さえたと発表した。

中国の司法は、共産党の指導下にあり、習政権の意思を反映したものと言えよう。

訴訟は、中国海運会社の関係者が80年代に起こした。商船三井の前身となる企業に貨物船2隻を貸した際の賃貸料や、沈没した船の賠償金の支払いを求めてきた。

2010年末、商船三井に29億円余の賠償金支払いを命じる判決が確定した。

商船三井が賠償に応じないとして、裁判所は、中国の鉄鋼会社に貸し出されていた船舶の差し押さえという措置を取った。

中国外務省は「戦争賠償問題とは無関係」と説明している。

これに対し、菅官房長官は「極めて遺憾だ。1972年の日中共同声明に示された国交正常化の精神を根底から揺るがしかねない」と述べた。賛同できる見解だ。

共同声明で中国政府は、戦争賠償請求の放棄を表明している。中国側は、基本的には民間からの賠償請求を封じ込めてきた。

日本政府は、総額3兆円余の円借款を供与し、中国の経済発展を支えた。貧困地域などへの無償資金協力はなお続いている。企業も現在に至るまで投資や技術協力で多大な貢献をしている。

こうした経緯を中国政府は、国内に十分説明していない。

習政権は、安倍首相の靖国神社参拝を機に、歴史認識問題での反日宣伝を一段と強めている。

判決確定から3年以上たって、なぜ、差し押さえという手段をとったのか。オバマ米大統領の訪日直前というタイミングをとらえた対日圧力と見ることもできる。

菅長官は、中国でのビジネス展開を考える日本企業にとって「萎縮効果」を生みかねないと指摘し、憂慮の意を示した。

日本の対中投資が落ち込む中、中国リスクの増大は日本だけでなく、経済成長が減速している中国自身にとっても痛手のはずだ。

戦時中に強制連行されたとする中国人元労働者らが、日本企業に損害賠償を求める動きが相次いでいる。今後、日本企業の資産差し押さえが拡大する恐れもある。

習政権は、互恵という日中関係の原点を再確認すべきである。

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