朝日新聞 2014年04月07日
黒田緩和1年 自縄自縛の危うさ
年2%のインフレを2年間で実現する――安倍首相の肝いりで就任した黒田東彦総裁の下、日銀が「異次元」の金融緩和に踏み切って、丸1年の折り返し点を過ぎた。
中央銀行が常識破りの勢いで国債を買って市場にお金を流せば、国民の間に「インフレになる」という見方が広がり、おのずと株価の上昇や消費・投資の拡大につながり、自己実現的にデフレから脱却する、という触れ込みの金融政策だ。
確かに、インフレ率は当初のマイナスから足元ではプラス1・3%に転じた。
だが、これは円安による輸入品値上がりの影響が大きく、賃金上昇などを伴う「よいインフレ」には至っていない。さらに消費増税も加わり、国民は生活を圧迫する「物価高」を強く意識するようになってきた。
日銀が目指すのは、消費増税分を除くインフレ率を2%にすることだ。日銀短観で、企業が1年後にこの数字がどの程度になると期待しているか調べたところ、平均1・5%と目標に届かなかった。
アベノミクス相場の停滞にじれる金融証券市場では、世のインフレ期待に活を入れるために1年前のようなサプライズ効果がある大胆な追加緩和を求める声がかまびすしい。
しかし、日銀はそんな市場の催促に迎合すべきではない。追加緩和の効果は限定的で、先々のリスクを膨らませる弊害の方が大きいと考えるからだ。
追加緩和で仮に円安が進んでも、輸出が思うように増えない現状を考えると、一層の輸入インフレや経常赤字に伴うマイナス面を無視できなくなろう。
日銀が追加緩和でさらに巨額の国債を抱え込むと約束すれば放漫財政も助長する。「異次元緩和は赤字財政の尻ぬぐい」と見透かされ、国債急落(金利急騰)の危険性が高まる。
将来、金融政策を正常化する局面になっても、国債暴落が財政や金融機関の経営に与える影響を恐れ、緩和の縮小(出口)に踏み出せなくなる。
「期待を高めればインフレになる」とは黒田日銀が自ら言い出した理屈だ。しかし、それに自縄自縛となり、サプライズの再現にこだわれば、金融政策への信認そのものが損なわれる。
今後、安倍政権が消費税率の10%への引き上げを検討する過程でも、財政拡大と追加緩和の「再演」圧力が強まるだろう。
経済政策の規律が崩壊するのを避けるためにも、日銀は異次元緩和の現実的な出口に向けた地ならしを進めるべきだ。
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毎日新聞 2014年04月04日
黒田緩和1年 追加は害多く益なし
「バズーカ砲」「異次元」の呼び名が付き、世界の注目も浴びた日銀の大規模な量的緩和から1年がたった。黒田東彦総裁は、年間物価上昇率2%という「目標の実現に向けた道筋を着実にたどっている」と胸を張る。だが、試練はこれからだ。
1年目は、物価に限って言えば、確かに順調に進んだように見える。目安となる消費者物価指数の対前年同月伸び率は、大規模緩和前の昨年3月にマイナス0.5%だったのが、直近の今年2月はプラス1.3%と、明らかに改善している。
ただこれは、大規模緩和が始まる前から進行していた円安によるところが大きく、円安が一服すれば物価上昇率の伸びも鈍りそうだ。そもそも円安が輸入品やエネルギーの価格を押し上げた結果の物価高は、政策の目標でも人々の願いでもない。
大胆な金融緩和で市場に衝撃を与え、企業経営者や消費者に「デフレは終わり景気がよくなる」と信じさせるのが黒田緩和の心臓部だった。実際、円安を背景に昨年は株価が急騰、そのお陰で企業の景況感も好転したが、持続力に陰りが見えてきた。
日銀の「生活意識に関するアンケート調査」を見ても、1年後の景気が今より「よくなる」と回答した人の割合は、昨年6月の調査をピークに低下を続け、「悪くなる」は逆に増加している。では、もう一段の緩和が必要だということなのか。
消費増税を受けた景気減速の心配から、日銀に追加の緩和を期待する声が今後、政界などから強まる可能性がある。株式市場ではすでに夏にかけて日銀が追加緩和に動くと予想する見方が広がっている。
だが、日銀がこれほど国債の購入量を増やし、市場にジャブジャブお金を供給しても、狙い通りに、銀行の貸し出しや企業の投資の伸び、消費の増加、賃金の上昇へと波及していないのだ。仮に「2度目のびっくり」があったとしても、効果はより短命となるのではないか。
一方で、弊害は深刻化が懸念される。追加緩和で再び円安となれば一層、ありがたくない物価高が進みかねない。貿易赤字も膨らむだろう。緩和で人為的に金利を抑え込むことは、政府による借金を容易にし、財政への危機感を鈍らせかねない。
そして、もっとも懸念すべきは、米国が始めたような、量的緩和を縮小し金融政策を平時モードに戻す作業がより困難になるということだ。日銀が国債の購入量を減らそうとした途端、代わりの買い手不足から国債価格が急落し、長期金利が跳ね上がって経済を混乱させかねない。
追加緩和要求に応えるほど深みにはまる危険を、黒田日銀は常に警戒しておく必要がある。
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