袴田事件再審 捜査「徹底検証」の勇気を

朝日新聞 2014年03月28日

死刑囚の再審 過ちはすみやかに正せ

無実の人を罪におとし、長年にわたり、死刑台の縁に立たせる。許されないことが起きたおそれが強い。

静岡県で48年前、一家4人が殺害された。犯人として死刑を宣告された袴田巌さんの再審の開始を静岡地裁が決定した。

検察側は抗告によって手続きを長引かせるべきではない。すみやかに再審すべきである。

80年代、免田栄さんら死刑が確定した4人が相次いで再審で無罪になった。自白の強要、とりわけ死刑の取り返しのつかなさを考えさせたはずだった。

袴田さんの死刑確定や第1次再審請求審はそうした動きと並行していたのだが、判決は今日まで維持されている。あの教訓ははたして生かされたのか。司法界は猛省せねばなるまい。

今回の決定が特に重いのは、袴田さん有罪の重要証拠で、犯行時に着ていたとされた衣服5点について、捜査機関が捏造(ねつぞう)した疑いがあるとさえ言及していることだ。

死刑を決定づけた証拠がでっち上げだったとしたら、かつてない深刻な事態である。

捜査・検察当局に求められるのは、この指摘を真摯(しんし)に受けとめ、何が起きたのか徹底調査することではないか。

袴田さんは78歳。いつ執行されるか分からない死刑の恐怖と向き合う拘置所暮らしで精神の病が進み、姉や弁護人による面会でさえ難しくなった。

死刑の確定から34年である。むだにしていい時間はない。

再審を開くかどうかの判断にここまで時間を要している裁判のあり方も検討すべきだ。

衣服の血痕に用いたDNA鑑定の新しい技術が今回の決定を後押ししたのは確かだろう。ただし、衣服は一審が始まった後に現場近くで突然見つかったとされ、その不自然さのほか、袴田さんには小さすぎる問題などがかねて指摘されていた。

「疑わしきは被告人の利益に」の理念は尊重されていたのか、問い直すべきだ。

27年かかって棄却に終わった第1次再審請求審と比べ、第2次審では証拠の開示が大きく進んだ。裁判所が検察に強く促した結果、当初は調べられていなかった証拠が多く出された。

袴田さんに有利なのに、弁護側が存在さえ知らなかった証言もあった。それもなぜ、もっと早くできなかったのか、と思わざるをえない。

今回の再審開始決定は、釈放にもあえて踏み込んだ。裁判長が、これ以上の拘束は「耐え難いほど正義に反する」とまで断じた意味はあまりに重い。

毎日新聞 2014年04月01日

「袴田再審」入れず 納得できぬ検察の判断

再審開始決定が出て釈放された袴田巌元被告について、検察が即時抗告した。裁判のやり直しをするか入り口の審理がさらに高裁で続く。

静岡地裁の決定は物証が捏造(ねつぞう)された疑いを指摘し、「国家機関が無実の個人を陥れた」と糾弾した。また、死刑囚の異例の釈放に当たり「拘置を続けるのは耐え難いほど正義に反する」と述べていた。釈放の判断は、東京高裁も支持した。78歳という袴田さんの年齢を考えれば、早急に裁判のやり直しに入るべきだった。検察の判断は納得できない。

袴田さんが着ていたとされる衣類についていた血痕のDNA型鑑定が、再審請求審の焦点だった。

弁護側の鑑定は「血痕は袴田さんや被害者と不一致だった」とし、地裁決定はこれを新証拠と認めた。

実は、検察側の鑑定人も、血痕と袴田さんのDNA型が一致しないとしていたが、検察は「DNAが劣化していた可能性がある」として、鑑定の信用性を否定した。ご都合主義的な証拠解釈との印象が拭えない。

検察は、即時抗告に当たり「決定はDNA型鑑定に関する証拠の評価に問題がある。到底承服できない」とする短いコメントを出した。謙虚に決定の内容を分析し、証拠捏造の疑いの指摘に向き合ったのかは、コメントからはうかがえない。

検察官は、公益の代表者と法律で規定される。罪に問うべき事案があれば刑事訴追し、適切な罰を求めるのは当然だ。一方で、証拠に基づく立証が不十分な人を罪に問わないことも、守るべき大切な公益だ。

大阪地検の証拠改ざん事件をきっかけに、倫理規定である「検察の理念」が定められた。「無実の者を罰することのないよう真相解明に取り組む」「被告人等の主張に耳を傾け、積極・消極を問わず証拠を収集し、冷静に評価する」との記述もある。組織としてその実践ができているのか厳しく問われる局面だ。

次の舞台は東京高裁だ。過去の例では、結論まで1年以上かかることも想定される。一刻も早く結論を出すよう高裁や関係者に求めたい。

今回、再審請求裁判のあり方に改めて課題を投げかけた。「疑わしきは被告人の利益に」の原則が、再審請求にも当てはまるとした最高裁の白鳥決定に照らせば、一度再審開始決定が出れば検察の抗告を認めず、直ちにやり直し裁判に移行させる仕組みも検討すべきだ。

新証拠があれば再審の道は開かれる。検察所有の証拠から新証拠が見いだされることが多いものの、証拠開示の規定がないのも問題だ。裁判所の勧告だけでは足りない。重大事件の再審無罪が近年相次ぐだけに、再審手続きのルール整備が必要だ。

読売新聞 2014年03月28日

袴田事件再審 科学鑑定が導いた「証拠捏造」

逮捕から48年を経て、最新のDNA鑑定が再審の重い扉を開いた。

「袴田事件」の第2次再審請求で、静岡地裁は、死刑が確定した袴田巌元被告(78)の再審を認める決定をした。犯行時の着衣とされた5点の衣類が、袴田元被告のものではない可能性が強まったためだ。

地裁は「捜査機関が証拠を捏造(ねつぞう)した疑いがある」とまで指摘した。検察・警察は、決定を重く受け止めねばならない。

地裁は「これ以上身柄拘束を続けることは、耐え難いほど正義に反する」として、死刑の執行停止と釈放も求めた。袴田元被告は長期間拘置され、認知症のような症状が出ているという。

法務省が袴田元被告を釈放したのは、適切な措置だろう。

事件は、1966年に静岡県清水市(現静岡市)で起きた。みそ会社専務宅が全焼し、一家4人の他殺体が見つかった。

従業員の袴田元被告が強盗殺人などの容疑で逮捕された。無罪を訴えたが、1審で死刑が言い渡され、80年に最高裁で確定した。

再審開始決定の決め手となったのは、弁護側の鑑定結果だ。有力な物証とされた衣類の血痕について、被害者や袴田元被告のDNA型と一致しなかった。

地裁は「鑑定の信頼性は高い。無罪を言い渡すべき明らかな新証拠だ」と結論づけた。

衣類のDNA鑑定は、第1次再審請求の過程でも実施されたが、鑑定不能に終わっている。科学鑑定の進歩が、再審開始決定をたぐり寄せたと言える。

静岡県警の捜査を巡っては、当初から疑問点が多かった。

問題の5点の衣類は、公判が始まってから9か月後、みそタンクから発見された。地裁が今回、発見の経緯が不自然で、血痕などの変色状況から、事件直後に隠されたものではない可能性が大きいと指摘したのはうなずける。

県警が証拠をでっち上げたとすれば、許されない犯罪行為だ。

1審に提出された自白調書の大半は、威圧的な取り調べなどを理由に証拠採用されなかった。袴田元被告を犯人と決めつける不当な捜査が行われた疑いがある。

検察が衣類発見時の写真など多くの重要証拠を開示したのは、第2次再審請求審になってからだ。当初の公判や第1次再審請求の段階で開示していたら、審理結果に影響を与えたのではないか。

公金を使って集めた証拠は、検察の独占物ではない。改めて肝に銘じてもらいたい。

産経新聞 2014年03月28日

袴田事件再審 捜査「徹底検証」の勇気を

静岡県で昭和41年、一家4人を殺害したなどとして強盗殺人罪などに問われ、死刑が確定した袴田巌元被告の第2次再審請求審で、静岡地裁が再審開始を決定した。

静岡地裁は犯行着衣とされた5点の衣類について、DNA型鑑定結果に基づき、「捏造(ねつぞう)されたものであるとの疑問は払拭されない」と言及した。

捏造を疑われているのは捜査機関である。

静岡県警、静岡地検は、何十年前の事件であっても、この厳しく重い指摘について徹底的に検証しなければならない。

過去の事件捜査の洗い出しには多くの困難が伴うだろう。だが捜査機関が信頼を失ったままでは、社会の治安は維持できない。

過去に不正義があったなら、自ら明らかにする姿勢をみせることしか、信頼回復の道はない。

大阪地検特捜部による郵便不正事件と押収資料改竄(かいざん)・犯人隠避事件を検証した最高検は「検察再生」のキーワードに「引き返す勇気」を挙げた。勇気をもって徹底検証に臨むことが求められる。

平成24年に再審無罪が確定した東京電力女性社員殺害事件では、検察側が誤りを認め、東京高検が再審公判で無罪を求める意見を述べた。冤罪(えんざい)が許されるはずもなく、決して褒められるものではないが、勇気ある撤退とは評してもよかったのではないか。

袴田事件も東電女性社員殺害事件も、裁判所の判断を覆したのは、DNA型判定の精度を上げた科学の進歩が突きつけた新証拠の存在だった。逆にいえば、科学の進歩がなければ真相は闇に葬られていた、ともいえるのだ。

社会の安全と秩序を守る捜査機関は、絶大な力を持つ。だからこそ権力の行使については公正で公明であることが求められる。

袴田さんは48年前に逮捕され、初公判から無罪を主張し、死刑確定から33年、再審を求めてきた。あまりに長い。

静岡地裁は「捏造された疑いがある証拠で有罪とされた。拘置を続けることは耐え難いほど正義に反する」として袴田さんの釈放を認めた。この決定に対する検察の申し立ては退けられた。

心神耗弱の状態にある袴田さんの釈放は当然だろう。検察側は再審開始決定に即時抗告を申し立てる方向という。捜査検証を後回しにしてはいけない。

毎日新聞 2014年03月28日

袴田事件決定 直ちに再審を開始せよ

捜査側の証拠捏造(ねつぞう)の疑いにまで踏み込んだ事実上の無罪認定だ。

静岡県で1966年、一家4人が殺害された袴田事件で、静岡地裁が再審開始の決定を出した。袴田巌元被告(78)のこれ以上の拘置は「耐え難いほど正義に反する」との地裁の決定で、袴田元被告は逮捕から48年ぶりに釈放された。

再審に費やした時間は、あまりに長すぎた。検察は決定に不服があれば高裁に即時抗告できる。だが、決定の内容や袴田元被告の年齢を考慮すれば、再審裁判をするか否かでこれ以上、時間をかけてはならない。速やかに再審裁判を開始すべきだ。

再審の扉は、新証拠が提示されなければ開かれない。今回の第2次再審請求審では、確定判決で犯行時の着衣とされたシャツなど5点の衣類のDNA型鑑定が焦点となった。

地裁は、「血痕が袴田元被告や被害者と一致しない」とした弁護側のDNA型鑑定を新証拠と認め、袴田元被告を犯人とするには合理的な疑いが残るとした。「疑わしきは被告人の利益に」の刑事裁判の原則が再審にも当てはまるとした最高裁の白鳥決定に沿った妥当な判断だ。

決定は、5点の衣類が、事件から1年以上経過して発見されたことを「不自然だ」と指摘した。「後日捏造された疑いを生じさせる」として、捜査当局が、なりふり構わず証拠を捏造した疑いまで投げかけた。

証拠の捏造があったとすれば許されない。確定裁判でも45通の自白調書のうち44通の任意性が否定され、証拠不採用になった。証拠が不十分な中、犯人視や自白の強要など不当捜査が行われた疑いが残る。静岡県警は捜査を徹底検証すべきだ。

検察の責任も大きい。第2次再審請求審では、公判で未提出だった約600点の証拠が地裁の勧告を受けて新たに開示され、弁護側が確定判決との矛盾点などを突いた。

裁判の遂行には、公正な証拠の開示が不可欠だ。東京電力女性社員殺害事件や布川事件など近年、再審無罪が確定した事件でも、検察の証拠開示の不十分さが指摘された。被告側に有利な証拠を検察が恣意(しい)的に出さないことを防ぐ証拠開示の制度やルールが必要だ。

一連の再審請求審を振り返れば、裁判所も強く反省を迫られる。81年提起の第1次再審請求審は、最高裁で棄却されるまで27年を要した。自由を奪われ、死刑台と隣り合わせで過ごした袴田元被告の長い年月を思うと、迅速な裁判が実現できなかったことが悔やまれる。

半世紀近い塀の扉を開けたのは最新のDNA型鑑定の成果だが、適正な刑事手続きや公正な証拠開示など国民に信頼される刑事司法の原点を改めて確認したい。

この記事へのコメントはありません。

この社説へのコメントをどうぞ。
お名前
URL
コメント

この記事へのトラックバックはありません。

トラックバックはこちら
http://shasetsu.ps.land.to/trackback.cgi/event/1760/